35.ツクヨミトークガールズ
「もう寝ましょう」といつもより早い時間に、ジェシカはバンたちを部屋に返した。
LBXの整備ももう終わっていて、明日はどんなふうになるのかなあ、と色々と想像し合っていたところだったので、まあ丁度いいと言えば丁度良かった。
男子と女子、それぞれの部屋に引き上げる。
部屋に入ると、まずヨルとジェシカが上着を脱いだ。
あたしも「よっ…と」と言いながら、寝る時にだらっと出来るようにサスペンダーを外す。
ジェシカとあたしはそこで寝る準備が整うけど、ヨルは少し時間が掛かる。
ヨルは上着を畳んでから、黒いリボンタイをしゅるしゅると外す。
スカートのファスナーを軽く下ろして、ちょっと溜め息を吐く。
それからぷちぷちとブラウスのボタンを二個外すのを見てから、ジェシカが口を開いた。
「ヨル、ちょっと話があるの」
有無を言わせぬ口調に、ヨルはボタンから手を離しながら、断ることなんて考えてないんだろうなってぐらい簡単に頷いた。
「それじゃあ、ちょっと話し合いましょうか」
思わず「裁判長ー!」と言いたくなるような冗談の通じなさそうな雰囲気で、ジェシカがヨルを見る。
あたしはその間に座るような形になっていた。
場所はブリーフィングルーム。
それぞれの前には飲み物が入った紙コップがある。
大して中身減ってないけど。
「うん、いいよ」
「どうぞ」とヨルは笑顔で言った。
あたしは「口挟めるのか?」と思いつつ、二人の会話を見守ることにする。
「ランから聞いたんだけど、ヨル、貴女、夜中に嘔吐してるそうじゃない」
「うん。してるね」
「うわっ、あっさり」
思わず声に出てしまった。
それぐらいあっさりと、ヨルは夜中にこっそりしていたはずの行為を認める。
どうしたんだろう。
今日はヨルの口が軽い気がする。
「ランが来たのを察知できなかった私の不注意でもあるし、建物の構造上『NICS』でもダックシャトルでもいつかバレると思ってたから。
寧ろほっとしてる。
匂いとか…吐瀉物とか、うん」
「気にしてるなら、相談してくれれば……。
いざって時に倒れたら、話にならないわ。
専門医に一度見せた方がいいわよ」
ジェシカが昼間から考えていたんだろうなということをヨルに話す。
ヨルはそれにうん、と頷きながら、首を横に振った。
「お医者さんにはね、日本にいた時に診てもらったんだ。
原因もなんとなく分かってる。
それに吐く回数は減って来てるから、大丈夫。
私、倒れたこと、ないでしょ?」
自分を指差して、ヨルは言った。
あたしはジュースを飲みながら、それに「元気だよね」と返す。
「そうだよね」とヨルは嬉しそうにした。
あたしはそこでヨルの声がなんかふわふわしていることに気づいた。
疲れた時とかに感じる、あのふわふわ。
だからかー。
ヨルの口調が妙に軽い気がするのは。
日に当たりすぎてしまったせいかもしれない。
「ラン、簡単に同意しない!
医者に診せたなら…まあ。
……それで、原因っていうのは?
差支えなければ、話してくれるかしら」
その質問にはヨルは簡単には頷かなかった。
そりゃそうだ。
あたしだって、自分でも結構さっぱりした性格だって自覚してるけど、何回も吐く程の原因なら言いたくない。
ジェシカだって、それは分かっているはずだ。
それを敢えて訊いたのは、ヨルの体調とか心とかを心配しているからで。
仲間が体調を悪くしてたら、心配するのは当たり前だから。
「えっとね、私…家族がいるんだけど」
「そりゃあ、いるよ」
あたしは呆れながら相槌を打つ。
いなければ大問題だと思う。
「それで、両親も姉も亡くなってるんだけど、それが原因だと思う。
思うと言うか…多分、それだよ。
私、大好きだから、家族のこと」
「亡くなったのが原因で吐くようになったの?」
ジェシカがヨルに訊き返す。
ヨルはそれに「うーん…」と考え込む。
原因は分かってたんじゃなかったのか?
「いや、どうだろう。
酷くなったのはお姉ちゃんが亡くなった後だけど、言われてみれば、前から吐いてたような…?」
自分のことなのに、記憶がはっきりとしないらしい。
どことなくオーバーなリアクションで首を傾げるヨルに、あたしも同じように首を傾げる。
食べると吐くのかなとか、ジンと確認した時にはとか、記憶を漁っているらしく、ぶつぶつと呟く。
「自分のことだよね?」
「うん。
でも…小さい頃って、お母さんを待ってるぐらいで、学校はそれほど行ってなかったし、毎日同じようなものだから、一日の境目が曖昧で…」
「………」
一日の境目が曖昧って…。
あたしは何を言ったらいいか分からなかった。
あたしなんて、寝て起きたら、それで次の日なんだから、悩む必要がない。
どうもヨルとあたしとは感覚が違うなと思っていると、ジェシカも首を傾げている。
いや、険しい顔をしているのかな。
「まあ、さ…とりあえず、今は治療中ってことで良いんだよね?」
「うん。だから心配しないで。
それに処理は慣れてるから、大丈夫。
これからはごはんももっと食べれるように、ちょっとずつ量も増やしてみるから」
「そう…そうね、それなら…」
ヨルの意見にジェシカも妥協する。
食べる量を増やすっていうのはあたしも賛成で、ふむふむと頷いた。
ヨルは食べる量が少なすぎると前から思っていたから。
今回はとりあえず妥協して、話し合いはお開きになった。
■■■
「あれ、ジンさん。何してるんですか?」
気づけば、寝ぼけ眼のヒロがそこに立っていた。
僕は背を預けていた壁から離れ、彼の方を向く。
「いや、少し眠れなかっただけだ。
もう部屋に戻るよ」
そう言って、ちらりとブリーフィングルームの方を見る。
僕は溜め息を吐きながら、その場を後にした。
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