32.太陽の下で
「アルテミス」会場のあるアロハロワ島。
北の方ばかり行き来していたから、南の島というのは初めてで。
「オメガダイン」の時や「アングラテキサス」よりもじりじりと肌を焼かれるような感覚がした。
ジェシカが「日焼けが…!」と小声で呟いたのを聞きながら、ダックシャトルを下りる。
私の後ろからジンとユウヤが続いた。
ダックシャトルを下りると、コブラさんはすぐに私たちに「今日は自由行動だ」と言って、どこかに行ってしまう。
隣にいたランは「何しに来たんだか」と呆れていた。
そのすぐ後だ。
「アルテミス」に出場するためにアロハロワ島に来ていた郷田さんと仙道さんに出会ったのは。
二人は相変わらず…らしく、すぐに口喧嘩を始めた。
ここまでは私の知っている通りで、てっきりバン君が止めるのかと思ったけれど、ユウヤが止めに入ったのにはさすがに驚いた。
そしてランたちが自己紹介をし終えて、二人の視線が漸く私へと向く。
二人に会うのはイノベーター事件以来。
あの事件以来、二人に会う機会はなかった。
お世話になったのは確かだけど、私の場合、彼らにどう接すればいいのだろう。
特に仙道さんに関しては私が「鳥海ユイ」ではないと分かる以前から、あまり良い印象を持たれていなかったから、尚更だった。
冷ややかに見下ろされたことを思い出し、どう対応したものかと思う。
「げっ! 雨宮ヨル!」
「………へえ」
私の存在に気づくと、郷田さんは顔を引きつらせ、仙道さんは顔を少しだけ強張らせる。
私は「うーん…」と考え込むように目を泳がせてから、一歩前に出て言った。
「お久しぶりです。郷田さん、仙道さん」
とびきりの笑顔をつくって笑うと、二人の引き攣った声が聞こえてきた。
■■■
郷田さんたちの引き攣った声を聞いたのが、三十分ほど前か。
まだバン君たちは郷田さんたちと話している頃だろう。
私はといえば、仙道さんの視線のあまりの厳しさにジェシカに「会場でも見てきたら?」と言われてしまい、その通りにしていた。
仙道さんは…こう言っては申し訳ないけれど、その視線はどうということはなかったのだけれどなあ。
CCMで時間を確認してから、ふう…と溜め息を吐く。
そして、私は「アルテミス」の会場を見上げる。
ギラつく太陽に、薄暗いような青い空。
背景に良く映える「アルテミス」会場。
それを見て、前回の「アルテミス」のことを思い出した。
よく出場出来た、というのもあるし、上手く演技出来ていたのか、と未だに後悔することがある。
あの時、私はどういう気持ちでこの会場を見上げていたんだっけ。
記憶と感情がバラバラだ。
なんだか、追いついていない。
酷く高い所にいるようなふわっとした感覚に陥りながら、会場の外を見て回る。
「アルテミス」会場は外から見る以上のことは分からなかった。
とはいえ、もう「NICS」経由で内部の地図は見ているから、本当にジェシカに気を遣わせてしまったとまた申し訳なくなる。
「うーん…」
何か手土産とか…と考えてみるものの、「アルテミス」会場の周りにはお店はなし。
当日には限定LBXやパーツの販売があるみたいだけど、それは今は関係ないか。
まだ全然お祭りっぽくない会場だったけれど、人はそれなりにいる。
あんまりぼうっとしてるとぶつかりそうだなと思いながら、前から来た子を避けた。
缶ジュース片手に会場を見物している、私と同じくらいの身長の子だった。
別にそれは不思議でもないけれど、容姿が…どっちかなと疑問に思う。
じいっと観察するために目で追っていると、あ…と声が出掛けた。
その子の目の前から来た二人組とぶつかりそうになる…ように見えた。
見えただけで、ジュースを飲みながらも、上手く二人組をかわした……はず。
二人組の片方の肘がその子に当たらなければ。
缶ジュースが零れて、地面に赤い液体が広がる。
ばしゃん、と。
弾けるみたいに。
瞬間的に昔のことを思い出しかけて、ばしんと自分の頬を叩いた。
物理的な痛みが記憶を霧散させる。
こういうことはあまりやらないけれど、目の前の状況が状況だけに今回ばかりは仕方ないと割り切る。
私の足元に空っぽの缶が転がってきた。
拾い上げてみると、トマトの絵が描かれている。
ついでに二人組の靴にジュースがかかるのが見えた。
「あっ! 何すんだよ、この餓鬼!」
「は? オレはちゃんと避けたって。
そっちが当たって来たんじゃん」
「お前が当たって来たんだろう!
謝れよ!」
怒るようなことかな。
そう思える程に、とても単純に目の前で感情が爆発した。
上から見られれば、威圧されて負けてしまうことが多いのに、その子は二人組に負けていなかった。
寧ろ飄々としていた。
私はふむ、と頷きながら、缶を服のポケットに突っ込む。
そして、遠巻きに見始めた数人の間を潜って、騒動の中心に向かった。
「見てましたけど、そちらの不注意でしたよ。
素直に謝った方が良いと思います。
謝りましょう。一緒に謝っても良いです」
癖だなと自嘲してしまうぐらいに、するりと言葉が出て来た。
私の言葉に二人組は余計に怒ってしまったようだった。
拳が振り上げられるのか、ぐっと硬く握られようとした拳が見えた。
瞬時にジェシカたち…特にジンに、どう言い訳すればいいか、怪我の隠し方をいくつも考える。
転んだというのが苦しいけれど、一番無難な言い訳か。
今日は浮遊感が強いからか、行動に感情が本当に追いつかない。
何故かジンの切ないような、寂しそうな瞳が頭に浮かんだ。
「おっ。LBX持ってんじゃん!
LBXプレイヤーなら、バトルでどっちが謝るか決めようぜ!」
いつの間にか視界から外れていたその子が言った。
続いて、自分のLBXを取り出す。
猫の頭をしたそのLBXは一目で良いLBXだと分かった。
よく整備されている、優秀な機体だ。
二人組は一瞬その行動に怯んだように見えたけれど、笑みを浮かべた。
「いいぜ、やってやるよ!
俺たちが勝ったら、土下座ぐらいしろよな!」
「良いよー。お兄さんたちが勝ったら、ね。
多分無理だけど」
「なんだとっ!?」
本で読んだことを目の前で見ているように、火に油が注がれる。
もちろん、私も火に油を注いだ一人だろう。
どうしようかと思っていると、ぽん、と徐に肩に手を乗せられた。
そして、ある意味当然と言えば当然とも言える言葉を言い放った。
「じゃあ、お前がオレとタッグを組むってことで」