29.黄金の鍵

青い瞳は強く揺蕩っていた。

覚悟を決めたようにバン君を見上げると、少しだけ彼と話してから、漸く自分の作業に取り掛かる。

「よし! これでいいわね!」

ジェシカはジャンヌDの調整を終えると、誇らしげに立ち上がった。
ジャンヌDは普段通りの二丁拳銃。
ヒロとヨル相手ならば、それでいいと判断したのだろう。

おそらくは彼ら二人も普段通りの武器で来るだろうから、それでいい。

それを確認してから、他の二人もLBXの整備が終わったことも確認する。
決勝はバトルステージに部外者が入ることは出来ない。

バン君に声を掛け、僕たちはバトルステージを後にする。

観客席からバトルステージを見下ろした。

眼下には余裕の表情を見せるジェシカ、どこか楽しげなヒロ。
それから……緊張しているのか、硬い表情でジオラマを見るヨルの姿が見えた。
しかし、彼女の表情からは暗い感情が少しだけ消えたように思えた。

明るい表情をしているわけではない。
けれども、バン君と話す前ほどの迷いはないのが分かる。

僕はその彼女の姿に胸を撫で下ろすと共に、手を添えるようにしていた手摺を強く握った。

《それでは、レディー……》

「ジャンヌD!」

「ペルセウス!」

「ジャバウォック!」

それぞれのLBXがジオラマの中に降り立つ。
ジャンヌD、ペルセウス、それから……最後にジャバウォックが。

しかし何故か、ジャバウォックだけ形が違う。

ジオラマを揺らすような重い音が響く。
落ちた途端に土煙を軽く巻き上げ、姿を見ることが出来ない。

《バトルスタート!》


■■■


ジオラマの中で土煙が舞う。

バトルがスタートしたのは良いけれど、私もヒロもその場から動けずにいた。

どうして、ジャバウォックがジオラマに降りただけで、土煙が舞ったのか。

この中では撃っても外す可能性が高い。
無駄撃ちは避けたいわ。
ちっ、と舌打ちが出そうになるけれども、どうにか抑える。

ジャンヌDに武器を構えさせたまま。
ペルセウスに攻撃されたら……ということも考えて、そっちにも注意を払う。
とはいえ、ヒロの方は土煙が晴れるのを大人しく待ってはいなかった。

「行け! ペルセウス!」

土煙がやや薄くなったところで、ペルセウスがその中に突っ込む。

その土煙の中、向こう側に見えたヨルは不意に笑った。

見たことないような、自信に満ちた笑い方。
そして、次の瞬間、土煙の中からジャバウォックが先に顔を出した。

「なっ……!?」

頭は確かにジャバウォック。
でも、全体の形が違い過ぎる!

土煙を払い退け、その大きな爪がジャンヌDのフレームを霞めた。
ペルセウスはその攻撃を避けるけれど、それでもジャンヌDよりも後ろに吹き飛ばされる。

ズシっと重い音を立てて、フクロウのそれのように鋭い青と黒に塗られた爪がジオラマの地面を大きく削る。

そう、爪。

普段のジャバウォックの武器も通常よりも重い武器だけれど、それの比じゃない。
一撃でジオラマの地面を削った。
あれをまともに受ければ、ペルセウスもそうだけれど、ジャンヌDも一発でブレイクオーバーだわ!

「なんなのよ! その武器は!?」

言ってはみるけども、ヨルはもう一度微笑んで見せるだけ。

「うわっ……!
見事な悪役スマイルですね」

隣にいたヒロからそんな言葉が出た。
微妙に目を輝かせるのは止めなさいと言いたかったけれど、そんな暇はない。

今のジャバウォックはストライダーフレームの形は残しつつも、脚部が少し強化されている。
パーツそのものを替えているのか。
見た覚えはないけれど、カラーリングは同じだから、元から用意してあったのかしら。

パーツを替えた原因は明らかにあの爪。

地面を削ったあの一撃。
威力は凄まじいけれど、ストライダーフレームのままでその衝撃を受けるのは無理がある。

連続での攻撃には向かない。
加えて、あの武器では近距離では強くても、遠距離では不利。

それが分かれば……!

「好き勝手には暴れさせてあげないわよ!」

とにかくジャバウォックと距離を取る。
まずはそれから!

遠距離からの射撃が出来るジャンヌDを自分から攻めてきたペルセウスより先に狙ったのは、ヨルもそれを分かっているからだわ。

牽制のためにペルセウスに二、三発撃ち込む。

「あっ! ペルセウス!」

「!」

ヒロも驚いたけれど、ヨルも何故か驚いて、それからにやりと笑った。

ジャバウォックは突然向きを変え、ペルセウスに向かって鋭い攻撃を繰り出す。
突き出された爪をペルセウスソードで受け止めたけれど、遥か後方の岩に激突した。

「ジェシカ」

バチバチと火花を散らすけれども、ペルセウスがブレイクオーバーしていないことを確認してから、ヨルが口を開く。

笑みを浮かべて、挑発するように言った。

「行くよ」

ジャバウォックがジャンヌDに狙いを定め直す。

でも、ジャバウォックがペルセウスに攻撃している間に十分な距離は取れた。
ここからなら、障害物に身を隠しながら、少しずつだけれど攻撃できる。
ペルセウスは岩にめり込んでいるような状態だし、しばらくは動けない。

「いいわ、かかってきなさい!」

正確に。
相手の武器を見て、その弱点を考えて攻撃する。

ジャバウォックの攻撃は十分に見た。
特殊なギミックは多分、なし。
武器の重さは私の知っている中でもトップヘビー。
それを補うだけのパーツとなると、普段よりも動かす方にもコツがいるはず。

まずは動きを止めなくちゃ!

足元を狙って、撃ち続ける。

近寄らせたらこっちの負けは確実。

ジャバウォックはギチギチと音を立てて爪を動かすと、ジャンヌDに向かって走ると同時にジオラマの地面を抉り始めた。

地面の欠片を掴むと、不恰好な動きでそれを投げてくる。
銃弾が欠片に当たって弾かれる。

「ひ、卑怯よ! そんなの!」

「『アングラテキサス』なので、関係ありません」

ヨルは冷静な声でそう言った。

更に距離を詰められる。
巨大な爪が振り上げられるのが見え、私はその爪の部分を狙って撃つ。
少しでもバランスを崩せれば、このバランスの悪さならどうにかなるはず!

「よし!」

狙いは当たった。

ふらりと機体が後ろに傾く。
その隙を狙えば……!

ジャバウォックの額を捉えて、撃とうとした時。

右側から、巨大な爪がジャンヌDを襲った。

「ジャンヌD!」





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