28.世界のつくりかた
「ヨルも! 決勝、あたしの分まで頑張ってよね!
応援してるよ!」
ランはそう言って、勢いよく私の背中を叩いた。
彼女の表情は負けたというのに明るくて、どこか吹っ切れたようだった。
さっきのバトルが、彼女とユウヤのことをよく理解していたジンがいたことが、そして彼女自身がランに良い影響を与えたんだと思う。
私はランの言葉に笑顔で頷く。
一瞬だけ、ジンの紅い瞳が視界に映ったけど、どんな表情をしていたのかまでは見ることが出来なかった。
「それにしても、決勝はジェシカとヒロ。それにヨルかあ。
あたしもバトルしたかったなー!」
ランが本当に残念そうに言う。
ヒロとランのバトルはヒロの勝利で終わった。
とはいえ、バトルの内容はどちらも申し分ない。
ランは武器の扱いを分かっていたし、ずっと良いバトルをしていた。
実にランらしい武器の使い方。
ミネルバに合った武器の使い方をしていた。
彼女はちゃんと、ジェシカとジンが言ったように……ユウヤの言ったことを理解している。
言葉とか理屈じゃなくて、心で、ちゃんと。
私が知りたいことも、そういうことなのかな。
ジンは答えは出せないと言った。
微かに険しい表情をして、苦しそうに言ったのだ。
……あんな表情をさせたいわけじゃないのに。
私はヒロとジェシカがどっちが勝つか、と言い合っている横で、ぎゅっと自分の胸を掴んでみる。
そこはジェシカがユウヤを諭した時に触れた場所で、ここに心があるのだろう。
さっきのバトルを見て、羨ましいとは思った。
でも、明るい感情がここにはあるのかな。
もやもやとした霧を掴んでいるようで、私がこのまま決勝に進んでいいのか、不安になる。
ビリーさんに勝ったのが、私で……良かったのか。
………決勝戦、楽しいバトルが出来るだろうか。
暗い表情を隠したまま、そんなことを考える。
決勝戦に向けて、会場がより熱っぽい空気を纏っていく。
それを肌で感じながら、私はもう一度自分の胸を掴んだ。
■■■
《ルール無用のLBXバトル「アングラテキサス」!!
熱く激しい予選を戦い、決勝に残ったのはこの三人だよ!!》
決勝に沸く、洪水のような歓声の中、マダム・ブルホーンが順番に私たちを紹介していく。
マダム・ブルホーンの紹介にジェシカが恭しく礼をしたのが見えた。
次に私の名前が呼ばれる。
ビリーさんを倒した期待の新人とか、優勝候補がどうとか……。
自分には似合わない紹介をされるのを聞きながら、私もジェシカに倣って礼をする。
最後にヒロの名前が呼ばれた。
堂々と胸を張って、彼も観客に向かって礼をする。
二人の後ろにはそれぞれバン君とジンがいた。
《それでは、彼らが戦う決勝の舞台を見せてあげるわ!》
その言葉と共に、会場が大きく一回振動する。
《試合形式はバトルロワイヤル!
最後まで立っていた者が優勝よ!》
下からせり上がって来たジオラマは、私たちよりも高い場所で停止した。
何の変哲もない少し大きなジオラマ。そう見えたけど……。
《ふふふっ。このジオラマには素敵な秘密があるわよお。
それが何かはやってみてのお楽しみ。
優勝者にはアルテミスの出場権が与えられる!
ジェシカ、ヨル、ヒロ!!
頂点目指して、激しく潰し合いなさい!》
マダム・ブルホーンの言葉が終わると、歓声は一気に増していく。
「ジェシカさん! ヨルさん! 僕、負けませんから!
正々堂々、良いバトルをしましょう!」
「もちろん! 私も負けないわよ!」
二人の言葉に私は大きく頷くことで応える。
あとは各自でLBXの最終調整をするだけ。
それぞれ離れた場所で、最終調整をする。
決勝は好きな武器を使っていいことはジンから聞いている。
ホープエッジには慣れてきた。
でも、ジェシカとヒロと戦うのなら、普段の武器の方が良い。
それは分かっているけれど、ジャバウォックはジョーカーとのバトルで左腕を損傷している。
パーツは替えたけれど、微妙にダメージが残っている。
普段の武器でこれを補えるだろうか。
「…………」
別の武器は……あるけど、使っていいの?
「ヨル」
ぐるぐると考えていると、後ろから名前を呼ばれた。
■■■
ユイだった時にバトルした時は、わたわたと慌ただしくバトルしていたから、あまり気づかなかったけれど……。
ヨルのバトルには、どこか切羽詰った感がある。
何かに迫られるようにバトルをする時があるな、とビリーとのバトルで感じたんだ。
「………バン君」
ジャバウォックを手に載せたまま、ヨルがこっちを振り向く。
ジャバウォックの両腕は外されている。
何か別のパーツに替えるのか?
「ヨル。決勝で使う武器は決まった?」
「えっと……今、考えてるところで、違う武器はあるんだ。
でも変な武器だし、使おうかどうか、迷ってる」
ヨルは苦笑しながら、そう言った。
これから決勝で、ヒロとジェシカとのバトルで、二人とも全力を出してくる。
きっと楽しいバトルになるはずだ。
ヒロは目を輝かせて、「勝とうぜ! ペルセウス」とペルセウスに言った。
本当に楽しそうだ。
LBXはもう一人の自分で、友達みたいなもので、誰だって笑顔になれる。
そのはずなのに、ヨルはあまり楽しそうじゃない。
それじゃ、ダメだ。
だから、俺はヨルに目線を合わせて、口を開いた。
「ヨル。
俺、思うんだけど、もっと自由にバトルしてみたら、どうかな」
自分の考えを素直に言うと、ヨルが目を丸くした。
当たり前だよな。
俺だって、突然こんなこと言われたら、そういう反応をする。
「私、らしくないバトル、してるかな?」
あはは、と取り繕うようにヨルは笑う。
「うーん……そうだな、そういうんじゃないんだ。きっと。
ヨルのバトルは、俺もさっき気づいたんだけど、追いつめられている気がするんだ。
らしくとか、真似にならないようにとか、そういうことに。
でも、俺はそういうことは二の次で良いと思うんだ。
ヨルの言う楽しいっていうことも、後で考えれば良いんじゃないか。
ヨルは考えすぎなんだよ」
難しく考えすぎている。
そういえば、ユイがヨルだと分かった時もカズが同じことを言っていたっけ。
「……それじゃあ、きっと何も感じられないよ。
楽しいんだって、思わなくちゃ」
自分に言い聞かせるように、ヨルは言った。
「それでもいいんだよ。全部後から考えよう。
最初はさ、自由にバトルしてみよう!
精いっぱい、本気で戦うんだ。
まずはそこから始めてみよう」
バトルの中には色々な思いがあるはずで。
「楽しい」もその中にきっとあって、ヨルなら見つけられるはずだ。
俺はそういった思いを込めて、言い切った。
ヨルは俺のことをじっと見つめる。
息の仕方を忘れたんじゃないかというほど見つめられる。
それから、掌の中のジャバウォックに視線を落として、そっと握った。
「………私、自由にバトルして、良いの?」
小さな声でヨルは言った。
「ああ、もちろんだよ!」
俺はヨルの言葉に大きく頷いて、言う。
そうすると、ヨルは泣きそうな笑顔を浮かべた。
「……ありがとう、バン君」
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