26.勝りたるもの


「…………」

息を吸って、吐く。
細く、長く、一度だけ深呼吸をする。

「つまらない」というビリーさんの言葉が、一瞬だけ頭を過ぎったけれど、そんなものは今はいらない。

それに「つまらない」なんて、私が一番よく知ってる。
言葉が重くて、身体も重い。

でも、そんなこと、ほら、前みたいにすれば良いんだ。
すごく遠い場所に、どこかは分からないけれど、そういう私の感じられない場所に追いやるんだ。

勝とう、勝つんだ、勝たなきゃ……だって約束したから。

約束は守らなければいけない。
良い子になるんだから。

ジョーカーの拳銃から発射した弾丸は二発。

一発目はジャバウォックの左手に握っていたホープエッジに当たる。
小さく火花を散らして、ホープエッジがジャバウォックの手から離れ、綺麗に真上に飛んだ。

二発目はジャバウォックの機体を捻らせて、ギリギリのところで避ける。
弾は跳弾せずにパイプに穴をあけた。

「何っ!?」

ビリーさんが声を上げる。
彼の動揺がLBXにも伝わって、ジョーカーが動きを止めた。

この機会を逃す訳にはいかない。

避けたタイミングで、落ちてきたホープエッジを空中で取る。
左腕がバチっと嫌な音を立てた。

大丈夫。まだ動く。

私はジョーカーを見据えて、すうっと目を細めた。

短い距離だけれど、障害物のない直線上にジョーカーがいる。
大丈夫、どうにかなる。

「ジャバウォック!」

体勢は低く、パンドラの動きを思い出して、ジャバウォックを走らせる。

ジョーカーは動揺していたけれど、すぐに武器を構え直した。
向かってくるジャバウォックを正確に狙ってくる。

ジャバウォックの装甲はそれほど厚くない。
だから、ジョーカーの弾丸の嵐にそれほど長くは耐えられない。

チャンスはこの一回限り。

機体への被弾はどうだっていい。
かすり傷は気にするな。

距離を詰めろ。
バランスを保て。

ジョーカーの弾丸の間をすり抜けて、ホープエッジを構える。
火を噴こうとする右手の銃口が見えた。

距離がまだ足りない。

ホープエッジを銃口に向かって投げる。
投げたホープエッジはジョーカーの弾丸に弾かれ、ジャバウォックの後方へと飛んで行った。

その間に更に体勢を低くして、ジョーカーの懐に入り込む。
そして、損傷の激しい左手をその銃口に押し当てた。

ジャバウォックの腕ごと、ジョーカーの武器が爆発する。
爆発はジョーカーの腕も巻き込んで、どちらもバラバラに砕けた。

「この…っ!
よくもジョーカーを…!」

ジョーカーのもう一丁の銃が向けられる。
その動作はさっきよりも少しだけ遅れていた。

隙を与えちゃいけない。
向けられた銃よりも早く、ホープエッジを構え直す。

勢いをつけて、ホープエッジを力任せにジョーカーに叩きつけた。

こんな戦い方、この武器でするべきじゃない。
もっと軽やかに、急所を狙って、流れるようにするべきだ。

ホープエッジは装甲を貫き、バチバチと音を立てて、ジョーカーの動きがぎこちなくなっていく。
銃は向けられているけれど、指先は震えていて、そのまま動かない。

震えるジョーカーの指先から武器が落ちる。
続いて、ポーンというブレイクオーバーの独特の音。

《3番ステージウィナー、雨宮ヨル。
これで十勝目。決勝進出となります》

機械音声でそう告げられる。

それにほっと溜め息が零れて、それから深呼吸を一つした。
そうすると、頭の中が多少なりすっきりしていくような気がして、次に何かどろっとした気配を感じる。

「………」

嫌だな、と思いながら、ジオラマの中のジャバウォックを拾い上げる。

ビリーさんもジョーカーを苦々しげに拾い上げた。
でも、すぐにふっと笑って、私の方に近づいてくる。

「最初はどうなるかと思ったが、最後の方は良いバトルだったよ。
決勝戦を楽しみにさせてもらうとするよ。
ただし、俺に勝ったんだ。決勝戦で腑抜けたバトルをしたら、承知しないぜ」

「……はい。頑張り、ます」

声音は悔しそうで、この人は私がただ逃げ回っているだけだったのに、ちゃんとバトルしてくれたんだと漸く考えることが出来た。

「決勝戦、頑張りたまえ」

彼はそう言うと、実に爽やかにこの場を後にした。
私は徐々に冷静になっていく頭に違和感を抱えながら、さっきのバトルを思い出す。

楽しかったかな。
負けられないとは、思ったけど……。

……まあ、目の前がくすんでいるから、それが答えなんだ。

ビリーさんの後に続いて、私もバトルステージを後にする。

「お姉ちゃんが、いれば……」

無意識に私はそう呟いていた。

もういないから、何を言ってもどうにもならないけれど。

「つまらない」と言われない方法を。
楽しいと思える方法を教えてくれるかもしれない。

良い子になる方法を訊いた時みたいに。

キイ、とバトルステージの扉を開く。

暗い表情をしてはいけない。
ジャバウォックの損傷は少し酷いけれど、勝ったんだから。
勝ったのなら、明るい、嬉しそうな表情を作らなきゃ。

「ヨル」

そう思って、そういう表情を作ったところで、目の前から名前を呼ばれた。
顔を上げると、そこにはジンとジェシカがいて、私は目を丸くしてしまったと思う。

「ジェシカ……、ジン」

表情をつくったばかりだからか、曖昧な声で二人の名前を呟く。
それでも、すぐにどうにか笑顔をつくる。
扉をもう少しだけ押して、私はバトルステージの外に漸く出た。

扉の正面からは避けて、二人に近づく。
ジェシカの表情は晴れやかで、勝ったことはすぐに分かった。

「決勝進出おめでとう、ヨル。
私も勝ったわよ!
今度は負けないんだから!」

「見てなさい!」と、楽しそうにジェシカは言った。
明るい、キラキラとした青い瞳。

それを見て、何も言えなくなる。

ああ、私、やっぱり……悪い子だ。

どろっとした黒い泥が身体の内側に溜まって、気持ち悪い。

「…どうかしたのか? ヨル」

ジンは扉の前で固まる私に気づいて、そう声をかけた。
紅い瞳が何かを読み取ろうとしているのが分かる。

「? ヨル?」

ジェシカも私の反応の無さに首を傾げる。

「ねえ、ジェシカ。ちょっと訊いても良い、かな」

「ええ。もちろん、何かしら?
あ、ジャバウォックの替えのパーツのこと?」

ジェシカの言葉に首を横に振る。

私、上手く笑えてるかな。
いや、多分、それは大丈夫。

だって、これだけはお姉ちゃんよりも上手な自信があるから。

「ねえ、ジェシカ。
……どうして、そんなに楽しそうなの?
どうやったら、そんなに楽しそうにバトルが出来るの?」




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