25.息もできない
「いい? ユイ。
LBXを上手になるコツはね、LBXを好きになることよ。
ユイのバトルはなんていうか、楽しそうじゃないのよ。
もっと楽しみなさい」
LBXを初めて、最初にそう言ったのはアミちゃんで。
私の手にはクノイチに完敗したクイーンがいた。
「ヨルってさ、楽しそうにバトルしないよね」
それを久々にランに指摘された。
自分でも分かってる。
私はバトルを楽しんでない。
煙を掴むような、もやもやとした気持ちで、必死でバトルしているだけなのだ。
「好き」になることは、簡単なはずなのに。
嫌いになることの方がずっと、ずっと難しいはずなのに、どうしてか好きになれない。
そして、何回戦目かのバトルを終えて、ジャバウォックの整備をしていた時。
「……バトルを、楽しんでいるか? ヨル」
まっすぐに紅い眼で私を見て、心配するようにジンが言った。
私が言ったことが気になったのもあったのだろうし、何よりジェシカたちを羨ましく見ていたのに気付いたのだと思う。
変に取り繕うと逆にボロが出ると思ったので、正直に私は答えた。
「前に言った通りだよ。
難しいね」
苦い気持ちで私がそう答えると、彼は余計に苦しそうな表情をした。
だから、私は出来るだけ笑って、呪文のように言ってみせる。
「大丈夫だよ。きっとね」
■■■
「君のバトルには熱さがない!」
「…………」
同じようなことを、遂に今日会ったばかりの人に指摘されてしまった。
まあ、ランにも指摘されたのだから、驚くほどのことじゃない。
でもすっと指先が冷たくなっていくのを感じながら、CCMを構えたままの状態で、「はあ…」と曖昧な返事をする。
「アングラテキサス」は順調に進んでいた。
私たち四人も順調に勝ち進んでいる。
ジェシカと私はこれで十回戦目。
ヒロとランが私たちの後に続く形になっている。
「君のバトルは見せてもらったよ。
なかなかやるようだが、熱さが全く足りない!」
白バラを手で弄びながら、次の相手…ビリーさんは言った。
会場の至る所で聞いた話では、「アングラテキサス」の常連で相当な実力者らしい。
私も自分のバトルをしつつだったからあまり見てはいないけれど、どのバトルも短時間で終わらせていたのは知っている。
私はジャバウォックをいつでもジオラマの中に入れられるようにしながら、ぼんやりと彼の話を聞く。
無意識にCCMを握ったり、緩めたりしているのに気付いて、止めた。
嫌な感覚だなあと思いながら、私は沈黙し続ける。
「あのヒロという少年は君の仲間のようだが、彼のLBXの技術は目を見張るものがあったよ。
俺はヒロと戦ってみたい!
だから、君を倒させてもらう!」
「……そうですか」
ぼそりと私は呟いた。
どうでも良いとは言わないけれど、彼の言葉はあまり長く話を聞いていたくないと思った。
………楽しくないバトルをされるよりも、楽しいバトルをして勝った方が良いに決まってる。
だから、彼の言葉が痛い。
身体の内側に泥が溜まっていくような感じがする。
少しだけジオラマが見えにくくて、目を細めた。
私はジオラマの中にジャバウォックを下ろす。
そうすると、ビリーさんは多少不機嫌そうにむっと顔をしかめて、自分のLBXをジオラマに放った。
二丁拳銃を装備したジョーカー。
明らかに遠距離攻撃を得意としているLBXであり、ホープエッジでは不利。
ジオラマは工場地帯。
パイプが複雑に絡み合っていて、姿を隠す場所は多い。
障害物があるから、二丁拳銃のジョーカーに対しては有利なはず。
でも、明らかに分が悪い。
《バトルスタート》
その声と同時にジョーカーが弾を撃つ前に、ジャバウォックを走らせる。
先に懐に入って、ホープエッジで一撃。
上手く腕の関節を狙えればいいけれど……。
そう思って、バランスの悪さを晒しながら、ジャバウォックはジョーカーに向かって走る。
位置があまり離れていないのが幸いした。
この距離なら、撃たせずに済む。
「甘いね!」
ビリーさんが叫ぶ。
その言葉の通り、ジャバウォックの動きの方がジョーカーよりも遅かった。
ホープエッジが届くよりも先に銃口が突きつけられる。
「………っ!」
銃が火を噴く。
ジャバウォックのカメラで捉えた銃口の光。
回避は間に合わない!
「もらった!」
ビリーさんの勝ち誇った声が響く。
銃口が突きつけられた頭に当たれば、そうなる。
でも……。
「ジャバウォック!」
ホープエッジを持つ手を丸めさせ、弾丸をフレームに掠らせるようにしながら、右回転。
機体を地面にこすり付けるようにして弾丸を避けると、ジョーカーに背を向けて、近くの障害物に向かって逃げる。
「逃がすものか!」
ジョーカーの弾丸は正確だ。
駆動部を狙って、正確に撃ってくる。
止まった的に弾を当てるのは難なく出来るのに、動く的を撃つのはそれよりも遥かに難しい。
私がそうで、だからジョーカーの攻撃は素直にすごいと思った。
パイプの間を逃げながら、ジャバウォックの損傷を確認する。
右腕の関節にダメージ。
他はフレームが軽微だけど損傷している。
バランスの悪さで動きが読み切れなかったと思うべきかな。
「ちょこまかとっ」
苛立ったような声。
でも、ジョーカーの弾丸はぶれない。
二丁拳銃だから、弾丸が途切れることはなく、パイプの間を縫って飛んでくる。
アミちゃんみたいにホープエッジで弾くことも考えたけれど、肝心の弾の動きがまだ読めない。
「いつまでも逃げられると思うな!」
ジョーカーが全く見当外れの方向を撃つ。
「?」
何をしようとしているのか分からない。
当然のように弾丸はパイプに当たり、そして向きを変えて、ジャバウォックの左腕を撃ち抜いた。
一瞬、ジャバウォックの手が緩みそうになるけど、どうにかホープエッジを握り直す。
「跳弾…!」
跳弾を利用した攻撃。
それがジャバウォックの左腕を貫いた。
バチバチと左腕が音を立てるけれど、ホープエッジは落としていない。
大丈夫。どうにか動くから、まだ使える。
「……っ」
次々と跳弾が雨のように降ってくる。
ここにいたら、このまま蜂の巣だ。
体勢を低くして、跳弾の間をすり抜けて走った。
でもパイプが張り巡らされている、このジオラマが今はジャバウォックに圧倒的に不利だ。
「…………つまらない」
逃げ惑うジャバウォックを背後から狙い打ちながら、心の底から、本当に楽しくなさそうにビリーさんが呟いた。
声には、どこか怒りも混じっている。
「つまらない」という一言に頭の中が冷たくなっていくような感覚がした。
「こんなバトルはもう終わりだ。
続けていても意味がないね。
君とのバトルは本当につまらない」
溜め息を吐くようにそう言ってから、ジョーカーはジャバウォックに再び狙いを定める。
本当に簡単な作業とでもいうように、ジョーカーが銃の引き金を引いた。
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