23.星は流れる
「ここが…『アングラテキサス』の会場?」
ジェシカが呆気にとられたように、そう呟いた。
じりじりと太陽の光が降り注ぐ。
そして太陽を遮るように、「アングラテキサス」の会場はそびえ立っていた。
上から熱を孕んだ歓声がもう微かに聞こえて来ている。
それを聞いて、「アングラテキサス」に本当に出場するのかと、漸く実感が湧いてきた。
「アングラビシダス」の時は弱かったし、何より檜山さんに「出るな」と言われてたなと、そんなことを思い出した。
「いよいよ特訓の成果を見せる時が来ましたね!
武器の選び方、距離の取り方……バンさんからみっちり教わりましたから!」
「へえ、ちゃんとやったんだ!」
「え?」
「真面目ねえ、ヒロは」
ヒロの熱の籠った言葉に二人はそう返す。
予想外の反応にヒロは戸惑っていた。
「あの…コーチとの特訓は……」
「あたしはあたしの戦い方でいくよ」
「私はそんなの必要ないの。
強いから」
二人は当然とばかりに言うと、悠々と会場の方に向かって歩いて行ってしまう。
私は今日までの二人の姿を思い出して、確かにあまり熱心ではなかったと納得する。
でも、私も私でそれほど真面目だったとは言い難いのも確かで。
やったことと言えば、空いた時間にランやジェシカとバトルして、まだ入院中であるアミちゃんに電話をしてアドバイスを貰ったぐらい。
あとはいつも通りの、日本にいる時からの習慣を守っているだけだったし……。
「そんな〜。師匠と弟子の特訓は盛り上がるイベントなのに……」
「そうなの?」
落ち込んでいるヒロを覗き込むようにして訊いてみる。
すると、彼は拳を握って語り始めた。
「はい! ヒーロー物には欠かせないイベントなんですよ!
感動間違いなしの名イベントです!」
キラキラと頭上に輝く太陽に負けないぐらいに目を輝かせて、ヒロは大きく頷く。
私はアニメとか特撮にそれほど興味がなかったけれど、ヒロが楽しそうだったから、「なるほど」と一つ頷いた。
そして、ちらりと背後にいたジンたちを見る。
バン君はヒロのコーチだから良いとして、ジンとユウヤの表情は暗い。
特にジンは会場にどんどんと進んで行くジェシカに厳しい視線を送っていた。
■■■
ジェシカやランに追いついて、会場に辿り着くとなんとなく懐かしい感じがした。
空が開けているだけで「アングラビシダス」の会場とそうは変わらないなと、一人頷く。
「一人で頷いて、どうしたの? ヨル」
「ううん、何でもないよ。
ちょっと知ってる場所に似てて……」
「えっ、何それ」
私の言葉にランの顔が少しだけ引き攣る。
その反応は尤もで、私も自分で言っていて、変だなと思う。
そうしていると、ざわざわとしていた会場に横暴さ溢れる声が響き渡る。
《ようこそ! 命知らずのLBXプレイヤーたち!》
声と同時に空中に画面が浮かび上がり、貫禄たっぷりの女性の姿が映し出された。
《お前たち! やっとこの日が来たわねえ!
ここは『アングラテキサス』!
荒くれ者たちの無法の荒野よ!
私はこの大会の主催者マダム・ブルホーン。よーく憶えておきな。
私はLBXバトルが大好き! 血を沸騰させてくれるような熱いバトルがねえ!!
さあ、戦いなさい! 潰しなさい!
優勝した者には褒美として、『アルテミス』への出場資格をくれてやるわ!!》
その声と共に歓声が沸き上がり、地響きのようなものが伝わってくる。
すごいと微かに思っていると、また違う画面が映し出された。
《それではルールを説明いたします。
予選は1〜10までのバトルステージで行われます。
どのステージで戦うのかは、各プレイヤーのCCMにステージナンバーが送信されますので、それに従っていただきます。
プレイヤーは指示されたステージでバトルを繰り返し、十人を倒したプレイヤーが決勝に進出することが出来ます。
ただし、決勝に進出出来るのは三人。早い者勝ちとなります。
バトルに一度でも負けたら、ジ・エンド。引き分けの場合も同様です。
十人勝ち抜きのLBXガンスリンガーバトル、まもなく開始いたします》
「LBXガンスリンガーバトルか……」
ヒロが噛みしめるように呟く。
私も頭の中でその言葉を反芻した。
この大会のルールだと、強さと同時にバトルのスピードも要求される。
相手が自分と同じような実力だった場合、これは不利になると考えて良い。
……バトルの組み立て方も重要になる分、やりにくいかもしれない。
「みんな! オタクロスから伝言があるんだ」
考え込んでいると、バン君が私たちの方にCCMを持ってやってくる。
四人でその小さな画面を覗き込むと、オタクロスさんの姿が映し出された。
《四人ともよく聞くデヨ。
これからお前らにはある条件で戦ってもらうデヨ》
「条件?」
《決勝に勝ち残るまで、自分の武器は使用禁止!
コーチのLBXが使っている武器を使うべし!》
「うええー!!」
オタクロスさんの言葉にランとジェシカが声を上げる。
二人の反応に遅れるようにして、私も驚く。
……おそらくは二人とは違う理由で。
「コーチの武器で戦う……」
「慣れていない武器で、より厳しい戦いを経験させるつもりなんだね」
バン君の言葉に続いて、ユウヤがそう言った。
慣れていない武器は戦い難いというのは当たり前の話で、それを本番でやるとなると、かなり厳しい。
……とはいえ。
「この場に師匠がいない私はどうすれば……?」
「それなら問題ない」
私の疑問に答えたのは、ジンだった。
彼は私に近づくと、手を出すように言う。
言われた通りにすると、ジンは私の手に見慣れた武器を置いた。
「……ホープ・エッジ?
すごい、良く出来てる。
少しパンドラのとは重さが違うけど……」
パンドラの武器であるホープ・エッジ。
それと似たような武器……オリジナルかな。
「オタクロスから事前に預かっていた。
特に何も言っていなかったが、君にということだろう」
「そうなんだ」
……うん、後でお礼を言おう。
そう決めて、ホープ・エッジをジャバウォックに持たせる。
普段の武器は重く、その分それでバランスを保っていたけれど、ホープ・エッジは逆にすごく軽い。
CCMの操作を普段よりも正確に行わなければ。
「ちょっとバランスが悪いけど…大丈夫」
試しに少しだけ動かしたけれど、初動以外はどうにかバランスを保てた。
これなら問題ないはず。
「うーん! かっこいい!」
「もう、剣なんて装備したことないんだけど……」
「何よ、これ〜! ジャンヌDは機動力重視の機体なのよ!
こんなに重い近接用の武器を持たせちゃ、台無しだわ」
コーチの武器の感想はそれぞれ。
私はと言えば、アミちゃんの真似になるのではないかと不安だった。
でも、いつもの武器は使えない。
言われたことは守らなければいけないから。
《皆様、準備はよろしいでしょうか?
予選ガンスリンガーバトルをスタートいたします!》
その開始の声と共に、CCMにステージナンバーが送られてくる。
6番ステージ。
ジェシカは1番、ランは4番、ヒロは9番。
一回戦で誰かと当たるかとも思ったけれど、綺麗に分かれた。
「行くぞ! ヒロ」
「はい!」
「決勝一番乗りはあたしだからねっ!」
「あ! 待って、ラン君!」
二人は我先にとコーチと一緒にそれぞれのステージに走っていく。
私も自分のバトルステージに向かうとする。
「じゃあ、先に行くね。ジェシカ、ジン」
「ええ。負けないわよ、ヨル」
ジェシカはそう返してくれて、ジンは無言のまま小さく頷いた。
それを確認してから、バトルステージに向かう。
オリジナルじゃないけれど、アミちゃんの武器を使うんだ。
一回戦では負けられない。
「……よし」
小さく拳を握り、バトルステージの扉を押した。
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