22.さまよう航路

「NICS」に複数ある休憩室。
その一つでユウヤと二人、休憩を取っていた。

どうしたものか、と思う。

ジェシカたちと特訓を始めたのは良いが、思ったより上手くいかない。
ヒロとバン君は良い師弟関係を築いているようだが、僕とジェシカ、それからユウヤとランははっきり言って特訓そのものがあまり意味を成さなかった。

ジェシカやランがLBXプレイヤーとして完璧だからではない。

ジェシカは自身の記憶力に頼りすぎる部分が目立つ。
ランは感覚的に攻撃し過ぎている。

どちらにも彼女たちなりの弱点があるのだが、本人たちがそれをなかなか聞こうとしない。

このままでは「アングラテキサス」で優勝するのは……いや、「ディテクター」と戦うことそのものに限界が来てしまうかもしれない。

「はあ……」

僕の隣に座っていたユウヤが溜め息を吐く。

ユウヤはランを上手く指導出来なかったことにかなり落ち込んでいた。
彼は責任感が強い。

僕は何か言葉を掛けようとしてユウヤの方を見る。

すると、背後から白い手が伸びて来た。
その手がベンチソファーの背もたれを掴む。
それから亜麻色の髪がさらりと零れ落ちる。

「元気ないね。ユウヤ」

ヨルがユウヤを覗き込みながら、そう言った。
仄暗さを微塵も感じさせない、明るい声で。

「うわっ!」

突然のことに驚いたユウヤは立ち上がろうとし、ガンっと鈍い音をさせて、額と額をぶつけてしまう。

ユウヤとヨルはお互いに額を抱えて、その場に蹲った。

「ご、ごめん! ヨル君!
大丈夫だったかい!?」

「だ、大丈夫! 大丈夫。
私の方こそ、ごめんね。
あ、えっと、お菓子食べる? お詫びの印、かな?」

赤くなった額を抑えつつ、ヨルはポケットから次々とお菓子を取り出す。
ユウヤは反射的にそれを受け取り、首を傾げた。

「これは……どうしたんだい?」

「リリアさんから貰ったんだ。餞別だって。
ジンも食べる?」

「ああ」

にこりとヨルが笑う。

餞別なら逆だろうと思ったが、僕も手を出して受け取る。
ヨルのポケットのどこにそんなに入っているんだろうというほどに、いくつも。

それから、ヨルは僕たちの目の前に回り込む。
彼女は僕たちの前に広がっていた窓に背中を預けた。

奇妙な光景だった。

十年前、あの病室にいた三人がここにいる。

あの時は碌に会話もしなかったというに、だ。

「……本当に元気ないね、ユウヤ。
特訓は上手くいかない?」

ヨルは幼い子供のようにもごもごとお菓子を食べながら言う。
彼女の質問にユウヤは複雑な顔をした。

「そうだね。なかなか…上手くいかなくて。
僕、教えるの下手なのかな……」

俯き、ユウヤが溜め息と一緒に呟く。

「…………さっき、ランたちとバトルしたんだけど」

唐突にヨルが言った。
その言葉にユウヤが俯いていた顔を上げ、ヨルを見る。

「そうなのかい?」

「うん。ランとジェシカ、ヒロと私でダブルバトルをね。
ミネルバと接近戦だったんだけど、強かった。
攻撃が速くて重いんだもの。勘も鋭いから、すぐにこっちの動きが読まれる。
ジェシカも強かった。ペルセウスにジャンヌDの相手は任せたんだけど。
記憶力が、良いのかな。パーツから動きが読まれてる感じ。
隙を突かないと、ペルセウスと共倒れするかと思ったよ。
まあ、私は負けちゃったけど」

そう言って、ヨルは微かに笑う。

僕とユウヤは少し驚いた。
ランとジェシカに対して、正しい評価だと思ったからだ。

相変わらず、彼女はLBXの動きをよく見ている。

「バトルして思ったんだけど、うん。
ユウヤ…それに、ジンも。それほど悩まなくてもいいんじゃないかな。
バン君にも言ったけど、少し話しただけでも分かる。
良い子だし、頭も良いよ。
私のこと、ちゃんと言い当てたしね。
大丈夫。どうにかなると……私は思う」

安心させるように微笑みながら、彼女はそう言い切った。
ユウヤは彼女を見上げて、少しばかり呆然としている。

僕は彼女の笑みに少し楽観的過ぎると思いながらも、悪いことではないと思った。
そうは思うが、ヨルの明るい声に少しだけぞっとする。

「……うん。ありがとう、ヨル君」

ユウヤは弱々しくも、ヨルにそう言った。
彼女はそれに「どういたしまして」と返す。

根本的な問題は解決していないが、多少気持ちは楽になったのは僕も同じだった。

僕たちはそれからランとジェシカに指導するための対策を話し合う。
とはいっても、僕たちは彼女たちに会って、まだ日が浅い。

結局は何でもない雑談に落ち着いてしまう。
前回の「アルテミス」での姿が嘘のような二人の姿。

その姿を見ながら、僕は不意にあることに気づく。

「ヨル。ランたちが君のことを言い当てたというのは、どういうことだ?」

僕が訊くと、ヨルは曖昧に笑う。
青い瞳が少しだけ揺れている。

「ランに私は楽しそうにバトルしないよねって、言われたんだ。
びっくりしたよ。
本当にその通りだったから。
ねえ、バトルを好きになるってどうしたらいいのかな?」

苦笑しながら、しかし笑い話にでもしたいようにヨルは言う。
彼女の青色が微かに淀んでいた。

「ヨル君はバトルが好きじゃないのかい?」

ユウヤが本当に不思議そうにヨルに尋ねた。

「……うん。そうだね。
好きじゃないかな。
バトルだけじゃなくて、LBXも」

「LBXも?
ヨル君は強いのに……」

それはあの河川敷でヨルと…あの時はイオだったが、バトルした僕が持った感想とまったく同じものだった。

ヨルは今度は間を置くことなく、本当に軽い冗談のように言葉を吐き出す。

「うん、なんでだろうね。
私のLBXの師匠はアミちゃんなんだけど、アミちゃんにLBXの良い所、たくさん教わったのに。
強くなるためにLBXを好きになりなさいって教わったけど、好きになる方法が分からないんだ。
何かを好きになるのは、ずっと簡単で分かってると思ったんだけどなあ。
好きになるって、難しいね」

彼女はそう言って、なんでもないことのように寂しげに笑う。
言葉は微かな暗さを孕む。
それでいて、懐かしむようだった。

「はい。この話はここでお終い。
そうだ。二人に少しお願いがあるんだけど……」

手をパンと叩いて、ヨルは強制的にこの話を終わらせる。
そして、かつてのように不敵に笑った。

「お願い?」

「うん。
ランやジェシカやヒロに、私が誰だったかを黙ってて欲しいんだ」

「…………」

明るい声でヨルは言う。
その声と言葉で彼女は巧妙に彼女の秘密を隠した。

ユウヤはヨルがイオだったことは知っている。
だが、鳥海ユイであったことは知らない。

だから、ヨルの言葉は僕にとっては「鳥海ユイ」であったことを黙っていてくれという意味になるが、ユウヤにとっては「イオ」であったことを黙っていてくれという意味に変わってしまう。

「それはどうして?
別に隠さなくても大丈夫な気がするけど……」

「うーん…。
『ディテクター』に集中して欲しいし、私のことは知らなくてもいいんだよ。
それに言うべき時が来たら、自分から言うから」

ヨルは右手を軽く胸に添えるようにして、そう言った。

「そっか。分かったよ、ヨル君。
何か訊かれたら、適当にはぐらかせばいいんだね」

「うん。無理言ってごめんね。
よろしくお願いします、ユウヤ」

ヨルの理由はとても納得のいく理由であり、同時に色々な感情が見え隠れしているように思えた。
僕は彼女から目を逸らしそうになり、どうにか堪える。

そうしていると、ヨルが僕に視線を移した。

彼女は考えの読めない瞳を一瞬だけ泣きそうに緩めながら、戸惑いがちに微笑んだ。

「ジンも……頼める、かな?」

どこか一歩引いた声音。
僕は彼女の言葉に一つ頷く。

「分かった」

僕がそう言うと、ヨルは「ありがとう」と明るい声で言ったのだった。




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