21.ジャバウォック


「イノベーター事件」に関わった人物たちの情報は完璧に頭の中に入っている。
あの事件はA国でも騒がれたし、何より「NICS」にバンたちを招く以上は調べておく必要があったから。

私はちらりとジオラマから視線を目の前のヨルに移す。

彼女はCCMを構えながら、さっとジオラマの中を見渡していた。

「雨宮ヨル」。

彼女が「イノベーター事件」でバンたちと行動を共にしていたのは確か。
けれど、バンたちに比べて圧倒的に情報量が少ない。

バトルの映像もないし、どんなバトルをするのか興味があるわ。

LBX四体がジオラマに立つ。

ジャバウォックの武器は……槍、かしら?
槍にして大きく、少し重そう。
シルエットは独特で、子供が描く城のように見える。

最初に動いたのはジャバウォック。
その次にペルセウスが走り出す。

ジャバウォックはミネルバに、ペルセウスはジャンヌDに。

ペルセウスがこっちに来るってことは、ジャンヌDにミネルバの援護をさせないつもりね。

「ちょっ! 早っ!」

ミネルバが慌てて武器を構える。

予想はしてたけれど、ジャバウォックのスピードが思ったよりも早い。
援護射撃をしようと思ったけれど、ペルセウスが迫ってくる。
銃口をペルセウスに向け、移動する場所を予測。

懐に入られる前に仕留めるわ!

「せー…のっ!」

ヨルのその声と同時にジャバウォックの武器が振り下ろされる。
槍はミネルバの機体をかすめて、大きな音を立てて地面にめり込んだ。

「どうゆう威力してんのよ! その槍!」

砂煙がミネルバとジャバウォックを包む。

先にそこから脱出したのはミネルバ。
でも、体勢が崩れていて、ヨルはそこを見逃さなかった。

もうもうと砂煙が上がる中、ミネルバの構えが解かれる一瞬を狙って、ジャバウォックがミネルバの横から槍を突きだす。

「ラン!」

「させませんっ!」

ジャバウォックを撃とうと狙いを定めかけたところで、ペルセウスが一気に距離を詰めてくる。
振り下ろされた剣はギリギリで避けられたけど、僅かに装甲をかすめた。

「そう簡単に負けないよ!」

ランは自信に満ちた声で言った。

ペルセウスから距離を取りながら見ると、ミネルバが当たるギリギリのところで槍を避け、その柄を掴んでジャバウォックの動きを止めている。

「……みたいだね」

ランに対して、ヨルは静かに呟く。

「おりゃ!」

引き合いになっていた槍をミネルバが離す。
直後にミネルバの強烈な蹴りがジャバウォックに入る。
装甲が砕けはしなかったけれど、ジャバウォックは大きく吹き飛んだ。

ミネルバのパワーは私たちのLBXの中でも別格。
加えて、ミネルバは接近戦が得意。

これは勝負あったわね。

そうなれば、と私はペルセウスに意識を集中させる。

「行くわよ! ヒロ!」

距離は十分に取れたわ。

遠距離に持ち込んでしまえば、ジャンヌDの方が明らかに有利。
動きを止めず、ペルセウスにはジャンヌDに一歩も近づけさせない!

「くっ! 近づけない……!」

ペルセウスは剣で弾丸を防いでいるけれど、じりじりとケージは減っているはず。

このまま攻め続ければ、私の勝ちよ!

「避けて、ジェシカ!」

「え?」

勝利を確信した時、ランが叫んだ。
直後、ジャンヌDの背後にジャバウォックが背中から突っ込んでくる。

ミネルバに攻撃された時の衝撃を利用して、ジャンヌDの攻撃を止めたの!?
ジャバウォックのダメージを覚悟で!?

そのことに驚くと同時に、ジャンヌDの背後を確実に取っていたことに驚く。

さっきまでミネルバと戦っていたと思ったのに……。

「ヒロ!」

「はい!」

ジャバウォックが突っ込んできたことで、ジャンヌDは倒れ込む。

その隙を突かれて、ペルセウスがジャンヌDに向かってくる。
ジャバウォックはすぐに体勢を立て直してミネルバに。

ジャバウォックはミネルバの大ぶりの攻撃を武器で受け止め、弾き返した。
重い武器のはずなのに、ジャバウォックは正確に次々とミネルバに攻撃を加えていく。

私は倒れ込んだ体勢のまま、ペルセウスを撃つ。
けれど、体勢が悪くて上手く当たらない!

でも……!

「負けないわよ!」

私はジャンヌDを起き上がらせ、振り下ろされる剣を銃で受け止める。
もう片方の剣で切られる前にペルセウスを倒すわ!

「そんな…!?」

「これで私の勝ちよ!」

引き金を引く。
引いたはず。

そのはずなのに、何かが飛んで来て、ジャンヌDの拳銃を弾き飛ばした。

ジャンヌDとペルセウスよりも少し離れた場所で、ジャバウォックの槍が地面に刺さる。

急いで視線を槍が飛んで来た方に向けると、武器を投げた体勢のままのジャバウォックがいた。
武器を離したジャバウォックは無防備。

そこにミネルバの拳が叩き込まれる。
同時にペルセウスの剣がジャンヌDに振り下ろされる。

「よっ…しゃあ!」

「よしっ!」

ランとヒロが声を上げる。
同時にジャンヌDとジャバウォックがブレイクオーバーした。

「そんなあ……」

まさか、こんな方法で負けるなんて……。
ヨルの実力は分かったけど、悔しい。本当に悔しいわ。

私がそう思いながらヨルを見ると、彼女は細く長く息を吐いていた。

「…………」

息を吐いただけ。
悔しがる様子もなく、あっさりしているというか、何というか……。

そして、ヨルのその様子を見ていたランが首を傾げる。

まだミネルバとペルセウスは立っていたけれど、二人とも勝利の余韻が残っているのか、お互いにバトルを始めようとしない。

「ヨルってさあ、あれだよね。
さっきバトルしてた時から思ってたけど…」

「? どうかしたんですか? ランさん」

ヒロがランに尋ねる。

ランは「うーん…」とか「えーっと…」とか唸りつつ、何でもないことのようにヨルに向かって真正面から言った。

「勘? だとは思うんだけど、いまいちよく分かんないんだよなー。
よく分かんないけど、ヨルってさ、楽しそうにバトルしないよね」



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