20.方舟を探す


ぼとぼと。

広げた手の上にお菓子を落とされる。

「餞別だ。
受け取りなさい」

それって、本来は私の方が渡すんじゃないかな。
首を傾げそうになったけれど、こくこくと頷いて受け取る。

それにしても、日本のお菓子ばかりなのはどうしてだろう。

どこにこんなに入っていたんだろうと思うほどのお菓子が落とされて、最後にクッキーを一枚落ちて終わった。

昼前にロシアに帰ると言ったリリアさんはその言葉の通り、今からロシアに帰ってしまう。
去年から随分とお世話になり、あまり離れるということがなかったので、少しだけ寂しい気がする。

「ロシアに帰って、それからのことは決まってるんですか?」

「上に報告して、また駆けずり回って情報を集めて、色々と確かめるんだろうな。
山野博士にも会う予定だ。
何か彼に伝えておくべきことはあるか?」

「えっと……バン君が心配していますって、伝えてください」

私が言うとリリアさんは頷く。

「分かった。後は上手くやりなさい」

私と同じ亜麻色の髪を翻して、さっさと行ってしまう。
まあ、あまり言葉が多い人ではないから、こんなものかなと思う。

私は掌のお菓子をぎゅっぎゅと服のポケットに入れると、「NICS」の施設内に戻る。

午前中はほとんど「NICS」の施設の案内で終わってしまった。
「ディテクター」についての情報交換に、スレイブプレイヤーを操っていたチョーカーも見せてもらった。

もうジンたちは特訓を始めている。
私も行って、練習しよう。

まだジャバウォックの操作も怪しい部分がある。
不安要素はなるべく消しておきたい。

そう思ってジンたちのいるはずの部屋に入ると、私は思わず首を傾げてしまった。

「……あれ?」

「あ! ヨル! リリアさんの見送り終わったの?」

部屋に入った私にランはそう訊いてきた。

「うん。終わったよ。
ランたちはもう特訓終わったの?
始めてから、まだ三時間ぐらいしか経ってないよね」

部屋の中にはバン君とヒロ、それからジェシカとランはいるけれど、ジンとユウヤがいない。
そしてジオラマが三個あるけれど、誰もLBXでバトルしている様子がなかった。

それから部屋に入った時に少しだけ空気が軋んでいるような気がした。

私の質問にバン君は何故か複雑な表情をする。
それに首を傾げていると、ジェシカが答えてくれた。

「今は休憩中なのよ。
というか、さすがに三時間連続でLBXを操作するなんて出来ないわ。
指も動かなくなるし、思考は鈍るし」

「……そうか。うん、そうだよね」

私はすぐに笑顔を作って、「ごめんね」とジェシカに返す。

「ああ、そうだ。
さっきリリアさんにお菓子を貰ったんだけど、食べる?」

「お菓子! 食べる食べる!」

「はい! いただきます」

私がごそごそとさっき一生懸命閉まったお菓子を取り出すと、ランとヒロが私の手からお菓子をひょいと取る。

「日本のお菓子ばっかりだな」

「あら、本当ね。
どうしたの? これ」

「リリアさんから貰った」

「……朝見た時は何ともなかったけど、どこにこんなに入ってたんだ?」

ランがぼそりと言ったことに、それは私も思ったと苦笑する。

バン君とジェシカがお菓子を取るのを待って、私も一つ手に取る。
余ったお菓子をポケットに詰め、手に取ったお菓子の包装を破いた。

適当に口に放り込んでから、食べたのがチョコレートだということに気づく。

「休憩中なのは分かったけど、ジンとユウヤはどうしたのかな?」

「ジンとユウヤなら、話したいことがあるって部屋の外に行ったよ。
擦れ違わなかったのか?」

もごもごとお菓子を食べるバン君に私は首を振る。
私は二人で何の話をしているんだろうなと思いながらも、次の質問をする。

「特訓はどう? 順調?」

あまり躓くことはないだろうなと思って訊いたのだけれど、反応は予想外のものだった。

まずランとジェシカが不満そうな顔をする。
それからバン君が苦笑して、ヒロが「うーん…」と唸った。

「……ええっと、順調じゃない?」

「違うわ! そもそも私にコーチなんていらないのよ。
強いんだから」

「ユウヤの教え方、あたしには合わないの!
攻撃のタイミングが〜とか、もっと冷静に〜とか! いちいち言ってくるんだもん!」

「あ、あははは……」

拳を握りながら主張する二人に対して、バン君が渇いた笑みをこぼす。

……ジンとユウヤの言い方にも何かあったのかもしれないけれど、これがどっちもどっちというやつなんだろう。
バン君の反応を見る限りは。

私は二人の発言を羨ましいなと思いながら、聞いていた。

笑顔、崩れてないかな。

「まあ、それが特訓だから、仕方がないよ。
そうだ。
気分転換に私とバトル、してみる?
私となら何も気にしなくていいから」

ランやジェシカの気持ちを助長させるだけかなと思いながら、そう提案してみる。

「いいですね!
僕もヨルさんとバトルしてみたいです!」

「あたしも! いやー、自由にバトル出来なくて、窮屈だったんだよね」

「私も賛成。
ジャンヌDの力、見せてあげるわ!」

予想外に賛同が得られてほっとする。

気分転換ということで一試合だけ。
バトルの形式は少し悩んだけど、私とヒロ、ランとジェシカに分かれてのダブルバトル。

ミネルバのバトルはドラゴンタワーの時に見たけれど、ペルセウスはそもそも機体すらよく見たことがない。
バトルする前に少しだけ作戦会議を行う。

「それしても、ヨルが来てくれて良かったよ。
ヨルが来るまで少し空気が悪かったから。
『アングラテキサス』、どうなるかな……」

ヒロと作戦を立てる私にランとジェシカに聞こえないようにして、こそっとバン君はそう言った。

「……そんなに気にしなくても、きっと大丈夫だよ。バン君。
ランとジェシカは昨日少し話しただけだけど、悪い子じゃないって分かるから。
自分で全部気づくよ」

私は出来るだけ笑顔で言う。
そしてバン君にもう一度微笑んでから、ヒロの方に視線を戻した。

ペルセウスを触らせてもらって、大まかな作戦を話し合う。

「ランさんはヨルさんの方に攻撃を仕掛けてくると思うんです。
そうなると、ジェシカさんがそれを援護する形になるんじゃないでしょうか?」

「そうだね。
ランの性格からして、ペルセウスよりもジャバウォックを狙うはず。
ジャンヌDの機動性は厄介だし、ミネルバの攻撃は無視出来ない。
ペルセウスは良いとしても、ジャバウォックの装甲はミネルバほど厚くないから接近戦は避けたいけど……」

ミネルバの動きはかなり素早い。
攻撃への対処も早く、装甲が厚いからある程度のダメージは無視出来る。

ペルセウスがいるとはいえ、分が悪いなあ、と思う。

LBXの性能そのものがジャバウォックよりも上ということもあるけれど、ランの能力自体が私よりも上というのがある。
それにミネルバは一度バトルを見ているから良いけれど、ジャンヌDのバトルは初めて見る。
大体の動きは想像が出来るけれど、上手く動けるかは分からない。

とはいえ、私は良いとしても、ヒロを負けさせるわけにはいかない。

大まかな役割を決めて、私とヒロはジオラマに向き直る。

ジオラマは草原。
遮蔽物がなく、地形に主だった特徴がないから、変に作戦を立てなくていいからやりやすい。

「よーし、行くぞ!
ミネルバ!」

「ジャンヌD!」

「ペルセウス!」

「ジャバウォック!」

それぞれのLBXがジオラマの中に放たれる。

ティンカー・ベルよりも重い音をさせて、ジャバウォックがジオラマの中に立った。



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