19.大人と子供


「ヨル。お前は少し残りなさい」

後はオタクロスさんがやってくれるというので、ランたちと部屋を出ようとしていた私をリリアさんが引き留めた。
私はランたちに「後で行くよ」と言って、この場に残る。

ここには私と大人たちだけになる。

慣れたつもりだったけれど、大人はやっぱりまだ少しだけ苦手だ。
背後から首を生温かい手で締められているように錯覚する。
それぐらい、息苦しい。

そして、さっきまで私たちの話を黙って聞いていたリリアさんは漸く口を開いた。

「とりあえず、明日の昼前には一旦ロシアに戻る。
連絡はいつでも取れるように。
それから……お前、『アングラテキサス』になんか出て、大丈夫なのか?」

最後の言葉は呆れたような、心配するような声だった。

「大丈夫ですよ。
公式大会ではありませんし」

私はそうリリアさんに向かって答えた。

私がランの「『アングラテキサス』に出よう」という誘いに、すぐに答えられなかったのには理由がある。

私は去年のことで「アルテミス」の運営委員会から、ペナルティを受けている。

一年間の「アルテミス」への出場権を有する公式大会への出場禁止。

それが私へのペナルティ。
考えてみれば当たり前で、決勝に乱入し、バレてはいないだろうけれど会場全体を停電させてもいる。

ペナルティがない方がおかしい。

リリアさんはそれを心配したのだろう。

「まあ、あんまり気にすることないんじゃないか。
それはお前に対してじゃないんだろう?」

そう言ったのはコブラさんだ。

彼の言ったことは正しい。
正しいけれど……どうして、そのことを知っているのか。

だって、私がイオだったことを知っていなければ、コブラさんはこのことを言うことが出来ないはずだから。
ペナルティは私ではなく、イオに対して課されたものだから。

私は一瞬だけ彼を睨んでしまう。

「おっと! そう睨むなよ。ヨル。
お前のことは宇崎の旦那やバンたちが知ってる程度には知ってるぜ。
自分のやったことの重大性が分かってないわけじゃないだろう?
もちろん、このことは俺だけでなく、カイオス長官も知っている。
責めてくれるなよ」

「責めませんけど、事前に何か言って欲しかったです。
……ジェシカたちは知っているんですか?」

相談されれば、嘘しか言わなかっただろうけれど。

慣れは凄い。

見知らぬ人に自分のことを知られるのは嫌だったけれど、声は少し不貞腐れたような愛嬌のあるものが出て来る。

「教えていない。
長官には私が口止めさせてもらった。
教えるかどうかは、自分で決めなさい。
『ディテクター』の件に関して、お前のことはあまり関係ないだろうから」

答えたのはリリアさんだった。
その答えにカイオス長官は頷く。

口止めしてくれたのは、本当に良かった。
私ははあ、と小さく溜め息を吐く。

「分かりました。
今のところ、話すつもりはありません」

きっぱりと、良く通る声で言った。

私の言葉にリリアさんは「分かった」と頷き、他の大人たちも適当に頷いた。
私の判断には何も言わないでくれている。

それは……嬉しかったけれど、これが普通の大人なのかなと思うと、どうしようもない想いが否応なくどこからか湧き出て来る。

用はこれだけかなと思って尋ねると、今まで黙っていたオタクロスさんが徐に私に近づいてくる。

「お前のCCMに電波探知プログラムを入れるデヨ。
CCMを出すデヨ。ほれ」

「あ、はい」

慌てて自分のCCMを出すと、それをオタクロスさんに渡した。
彼は高い下駄の音を響かせて私のCCMを持って行くと、CCMに電波探知プログラムを入れてくれる。

そして、「ほれ」と言って私にCCMを投げる。

私はCCMを開いて確認すると、確かに電波探知プログラムが入っている。

「ありがとうございます。オタクロスさん」

私がお礼を言うと、オタクロスさんは「気にすることないデヨ」とのらりくらりと言った。

……さっきから目を合わせてくれないけれど、まあ、仕方がないかなと思う。
一年前、私はそれだけのことをしたから。

「あ、えっと、ランたちの所に行ってもいいですか?」

「行っていいよ。
仲良くしなさい。
私はまだカイオス長官や宇崎さんと話があるから」

リリアさんが途端に悪い人の顔をする。
その顔に拓也さんの顔が引きつったのを私は見逃さなかった。

そして、彼女らしいと言えばらしい犬を追い払うような動作を私にする。

「それでは、失礼します」

そう言って、大人たちに向かって頭を下げる。
そのまま笑顔を崩さずに、リリアさんの方に少しだけ目配せしてから部屋を後にした。

ぷしゅーと背後の扉が閉まる音を耳で聞いて、その扉を目で見て、しばらくコツコツと歩いて漸く笑顔を崩す。

「………疲れた」




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