01.セントエルモの火

「…来年もあるよ。大丈夫。
イオはもっと強くなって、『アルテミス』に戻ってこれるから」


その言葉を今更になって思い出していた。

ユイの記憶データは一応は持っている。
いつでも…私が望めば、あの声を聞くことが出来る。

出来るけれど、最後にお姉ちゃんの声を聞いて以来、私はデータを開いていない。

だからか、少しだけ記憶の中の声が霞んでいる気がして、選手用通路を歩く間に何回も思い出した。

甘い声を。優しい眼差しを。
……嘘ばかりが並んでいるようで、暗い気持ちになりながら。

目の前を歩くアスカは楽しそうで、ズンズンと長い通路を進んで行く。

そのうち、通路の出口が見えて来る。

区切られた太陽の光が眩しい。
嵐のような歓声が聞こえてきた。

そうすると、お腹の奥でどろどろと泥が湧き出してくる。

「……………」

一歩一歩をどうにかして踏み出す。

でも、あと一歩のところで、踏み出せない。
あと一歩でこれからバトルをするステージだというのに、その一歩が踏み出せない。

ちょうど通路の影の端で動けなくなる。

足元に泥が絡み付いていくような錯覚。

動かない自分の足を意味もなく見つめていると、不意に影が落ちてくる。

「ヨル! 何してるんだよ! お前がいないとバトルが始まらないだろ!」

影を落としたのはアスカだった。

アスカは大げさに怒りながら、ぐいっと私の手首を掴む。

「うわっ……」

そうすると、不思議なことに足が動いて、影の中から出ることが出来た。

嵐のような歓声が一斉に私たちに襲ってくる。
太陽の光に目が眩む。

その中をアスカはぐいぐいと私の手を引っ張って、私の足がもつれるのもお構いなしで進んでいく。


LBX世界大会「アルテミス」。

一年前、私はここにいた。

そして、私はその舞台にまた立とうとしている。




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