17.ようこそ、ここへ


「あーーっ!!」

大きな声に思わず驚いてしまった。
私を差す指はワナワナと震えている。

「ドラゴンタワーであたしとぶつかった奴!
あんたが『雨宮ヨル』だったの!?」

「あはは……。
また会ったね。あの時はぶつかってごめんね」

渇いた笑みで私はそう言った。
バン君たちが「おかえりなさい」と温かな声で迎え入られているのを見ていただけなのに、いきなりこの状況。

この子にぶつかったのは私がやったことなので良いのだけれど、これはどうしたらいいか分からない。

「えーと、紹介するよ。
前にも話したけど、彼女がヨル。
『イノベーター事件』で俺たちに協力してくれたんだ!」

バン君が私を助けるように言ってくれる。

「うん。はじめまして、雨宮ヨルです」

明るい声を意識する。
自分の名前を言って、ぺこりと頭を下げた。

何回も名乗っているのに、まだ慣れないなあと思いながら顔を上げると、ラン…ちゃん? はじっとりとした目で私を見ている。

「えー……本当に『雨宮ヨル』?
想像よりも小さいし、なんか……。
うーん……でも、まあ、いっか!
ドラゴンタワーでミネルバを助けてくれて、ありがとう。
あたしは花咲ラン!
ランでいいよ。よろしく! ヨル」

ランは自分の中で決着をつけたのか、さっぱりしたようにそう言った。

……口の中でもごもごと「小さい」とまだ呟いていたランだけれど、それは聞かなかったことにする。
いや、これでも去年よりは伸びているのだ。
バン君やジンたちの方が身長が伸びているから、あまり変わっていないように見えるだけで。

密かにもやもやとしていると、ランの後ろから金髪の女の子が顔を出す。

「私はジェシカ・カイオスよ。
バンたちから貴女の話は聞いてるわ。
『NICS』にようこそ!
歓迎するわ。ヨル」

「僕は大空ヒロって言います!
リニアでは、ヨルさんはピンチの時に颯爽と現れるヒーローのようだったと聞いてますよ!
よろしくお願いします!」

「……え、と、ありがとう?」

ヒロの言葉に思わず、苦笑いしてしまう。
好きなものがあるということは良いことだけれど、これは対応に困る。

「ランに、ジェシカにヒロだね。
三人共、よろしく」

さっきまでの苦笑いを引っ込めて、私は言った。

私はリリアさんの手伝いをしていたし、疑われるかと思っていたので、すんなりと受け入れられて、ほっとする。
バン君たちが私のことを話してくれていたおかげだろう。

「イノベーター事件」の時は……暗い思いがもっとたくさんあったけれど、今回はそれほどじゃない。
ほんの少し気持ちが楽だった。

「おい! お前ら!
すぐにミーティングだ!」

心の中で密かに安堵していると、コブラさんがそう言った。
語気は強く、焦っているのが分かる。

その口調に、リリアさんが視線をすぐに鋭く細めたのが視界の端に映る。

「どうしたんですか?」

私たちを代表するようにヒロが訊く。
コブラさんは真剣な表情で私たちに向き直って言った。

「『ディテクター』の次の狙いが分かった」

「え! 何ですか、それは!?」

「ディテクター」の狙いが先に分かったことは、今までなかった。
ブレインジャックが起こることで初めて事態を把握出来ていたはずなのに……。

私たちが驚いていると、コブラさんは私たちに「ディテクター」の狙いを言う。

「A国大統領の暗殺だ!」


■■■


場所を「NICS」の指令室に映して、私たちはミーティングを行うことになった。
目の前には緑色の縁取りをした画面が浮かび、様々なデータが映し出されている。

「カイオス長官、大統領の暗殺って……?」

「これが大統領宛に届いた」

カイオス長官がコンソールを操作して、画面上に大統領の名前が書かれたメールを出す。

書かれている単語があまり良い意味の言葉ではないことを、辛うじて拾い上げる。
私がメールの内容を目で追おうとすると、ジェシカがメールの内容を読み上げてくれた。

「《我々「ディテクター」の世界征服を阻むA国大統領クラウディア・レネトン。
お前を平和記念演説の壇上にて、暗殺することをここに宣言する。》」

「犯行声明か…」

ジンが端的にそう言った。

「平和記念演説って?」

「大統領の就任一周年を記念して行われる演説のことよ。
一週間後に平和公園で行われるはずだけど……」

「……政府の反応は?」

ジェシカの言葉に続くようにして、ジンがカイオス長官に尋ねた。
カイオス長官は苦々しげな表情で口を開く。

「暗殺など不可能だという判断だ。
会場の警備は万全。空には哨戒ヘリ。海には最新鋭艦や潜水艦も配備される」

確かにその話を聞く限りは、警備は万全そうだ。
今のレーダーは優秀だと聞くし、リリアさんがそれとなく自慢していたのも思い出す。
問題はなさそうだけど……でも、相手は「ディテクター」。

今までの事件も不可能と思うようなことをやって来ている。

「じゃあ、『ディテクター』はどうやって……」

「LBXを使った暗殺。
その可能性が一番高いらしい」

「えっ!?」

コブラさんの言葉にみんな一斉に彼の方を振り向く。

「マングースからのメールに『ディテクター』の行動を予測した山野博士のシュミレーションデータが添付されていた」

彼はそう静かに言うと、コンソールの方に近づき操作する。
画面にはどこかの航空写真。

これはごく最近、見たことがある。
有名な観光地であり、ここは確か……。

「これが平和公園のあるアロハロワ島。
平和公園はここだ」

地図には「PEACE PARK」と平和公園の場所が示される。

「あの……アロハロワ島って、今年の『アルテミス』が開催される所ですよね?」

「ああ。平和記念演説と同じ日に開催だ。
『ディテクター』はLBX世界大会『アルテミス』に暗殺者を送り込み、会場からLBXを操作して大統領を狙う。
それが山野博士の予測だ」

「LBXを使って、大統領を暗殺……」

「でも、『アルテミス』の会場からどうやって?
この距離じゃ、LBXの武器で狙撃するのは不可能だわ」

ジェシカの言う通りだ。
平和公園と「アルテミス」の会場では距離がありすぎる。

これじゃあ、CCMで操作することも不可能だ。
まさかイギリスの通り魔事件であったようなことをする訳もないだろうし、出来たとしても、対策ぐらい立てているだろう。

博士は平和公園内に直接LBXを潜入させると考えているらしいけれど、どうやってもCCMの操作範囲からは外れてしまう。
それは拓也さんが指摘したし、政府は「アルテミス」会場全体にジャミングを掛けるようで、それではスパークブロード通信も使えない。

「それなら、暗殺は無理ですよね」

ヒロとランが顔を見合わせて、頷き合う。
それを遮ったのはバン君だった。
彼は彼の父親と同じように、真摯な眼差しで地図を見つめて言った。

「いや、父さんが予測しているんだ。
『ディテクター』はきっとやる。
ジン! ユウヤ! 俺たちで『アルテミス』に出よう!
俺たちは去年の『アルテミス』ファイナリストだ。今年の出場権を持っている!」

「会場内で暗殺計画を阻止するのか」

「ああ! やろう! ジン、ユウヤ!」

バン君の提案に二人は頷く。
それを確認してから、カイオス長官は椅子から立ち上がった。

「よし! これより『NICS』は大統領暗殺計画を阻止すべく、作戦行動に入る。
私は大統領に会い、平和記念演説の中止を打診してみる。
バン、ジン、ユウヤ。『アルテミス』会場での警戒は君たちに任せる。
準備を進めてくれ!」

「はい!」

「あたしたちは? 何か出来ることはないの?」

「それなら、『アルテミス』に出れば良いんじゃない?」

不満だというランの言葉に、ジェシカは思わぬ方向から提案を投げかける。

そうか、サポートメンバーか。
私は去年の「アルテミス」を思い出す。

私は無縁だったけれど、「アルテミス」には一チーム三人まで出場することが出来る。

それが分かり、「アルテミス」に出場することが出来ると意気込むランの横で、ヒロは何故か暗い顔をして俯いた。

「どうしたの? ヒロ」

「……バンさんたちに比べたら、僕はまだ力不足です。
今のまま『アルテミス』に出場するなんて……」

「もっと強くなりたい……デヨ?」

「うわあ!?」

突然下からオタクロスさんがランとヒロの間に割り込んできて、二人が仰け反る。
オタクロスさんはそんな二人のことは気にせず、持っていた杖を弄びながら、私たちを見上げた。

「もっと強くならねばと悩んだ、センシマンと同じ心境じゃな。
では! 修行デヨ!
確かにお前らとバンたちでは潜って来た修羅場の数が違うデヨ!
ならば、修行しかないデヨ!」

「修行って、山にでも籠るのか?」

「もっと良い方法があるデヨ」

そう言うとオタクロスさんは軽い動きでコンソールの上に乗っかると、それを操作して、画面をまた違うものに切り替える。
そこには「ANGRATEXAS」と書かれていた。

「アングラ、テキサス?」

どこか「アングラビシダス」と似た響きを呟く。
「Blue Cats」の地下の煙草の煙と甘ったるいお酒の匂いを思い出す。

少しだけ、懐かしいなと思った。
楽しい記憶がある訳ではないけれど。

「そうデヨ。この国で、いや! 世界で最も危険なルール無用のLBX大会デヨ!
お前らはそれに出場して、見事優勝してみせるデヨ!」

「世界で最も危険なルール無用の大会……。
……分かりました! 出場します!」

「よっしゃー! 燃えて来たー!
もちろん、ヨルも出るよね!?」

ランが明るい声で言う。

きらきらとした煌めく瞳を私に向けて。
元気に笑って、もう一度当然のように私に言った。

「ヨルも出よう! ね?」

「ん……?」

思い掛けない言葉に、曖昧な笑みで固まってしまった。





prev | next
back

- ナノ -