13.時計は逆に進む


ちらりとリリアさんの方を見ると、目立つからと何故か黒髪に染められた長い髪が見えた。
その姿に溜め息を吐く。

それから何をするでもなく窓の外を見ていると、不意にリリアさんが右耳に手を当てた。

寝不足で据わった目を更に鋭く細め、もう完全に悪い人の顔だ。
たまたま横を通った人は急いでいたようだけれど、リリアさんの方を向いて、少し引いていた。

「ヨル」

名前を呼ばれて、リリアさんの方に向き直す。
リリアさんは右耳に手を当てたまま、ロシア語で唐突に言った。

真剣な顔で、低いよく響く声で。

「トイレに行ってきなさい。
出来れば、後ろの車両の。
それで良いって言うまで、出て来るな」

「…………は?」


■■■


あまり不審に思われないようにしながら、展望車両を目指す。
一般車両を超え、食堂車を超えても、何も怪しい人や物はなかった。

「それらしい人たちはいないね」

「ああ」

ユウヤの言葉に僕は頷く。
携帯端末を触っている人はいたが、LBXを操っている様子はなかった。

貨物車両を切り離すとすると、やはり展望車両に強盗団はいるのだろうか。

そう考えながら、僕たちは次の車両へと移る。
扉が開き、その車両に足を踏み入れると、猫背の人物がジオラマの横に立っていた。

「待っていたよ」

その人物が唐突に言った。

そして、僕たちに向かって振り返る。

「風摩キリト!」

振り返ったその姿には覚えがあった。
「オメガダイン」でユウヤと戦っていた、あの青年だ。

「どうしてここに!?」

バン君がそう訊くと、彼はにやりと粘着質な笑みを浮かべて言った。

「そんなことはどうでもいい。
さあ、俺とバトルしよう!」

そして、CCMを構える。
その目は好戦的で、バトル以外の目的はなさそうに見えるが、彼が車両外のLBXを操っているのか?

「今はそんなことをしている場合じゃないんだ!」

「おやおや、逃げるのかい?」

こちらの事情を知っているのか、風摩キリトは僕たちを煽るようにそう言う。
それに対して、僕たちはどうするべきかと身構える。

「うわっ!」

お互いに睨み合いが数秒続き、突然リニア全体が大きく揺れた。
それが何秒も続く。

バランスが取れず、倒れそうになるが、どうにかその場に踏み止まった。
揺れは段々と収まり、今度は身体を押さえつけられている感覚が襲ってくる。

これは……リニアがスピードを落としているのか?

何が起こっているのか分からず視線を彷徨わせるが、すぐに重い感覚が取れ、元通りの感覚が戻ってくる。

「さっきのは一体……」

「……分からない」

ユウヤの呟きに、僕はそう答えるしかない。
揺れが収まりほっとしていると、目の前にいた風摩キリトは不敵に笑った。

「さあ、バトルを始めようか。
海道ジン、今日は君だ!」

「何を勝手な……!?」

ユウヤの次は僕か。

僕にバトルを挑む理由はなんだ?

疑問に思ったが、さっきの揺れのこともある。
それほど悠長にしてはいられない。
風摩キリトの目的が僕とのバトルならば……。

僕はバン君の一歩先に出る。

「分かった。相手になろう」

「えっ!?」

「ジン君っ!?」

僕の行動に二人は驚いて、声を上げる。
その反応は尤もだろう。

驚くバン君とユウヤに僕は小声で言う。

「君たちは先に行け」

僕が短くそう言うと、バン君は驚いていたようだけれど、すぐに身構え直した。

「………分かったよ。ジン」

それでいい。
しかし、展望車両に向かおうとしたバン君とユウヤを風摩キリトは手で制した。

「おっと! どこに行くんだい?
これが終わったら灰原ユウヤ、その次は山野バンだ」

「なんだと! 何故そこまで俺たちを…!
まさか、お前……強盗団の仲間か!?」

「何?」

バン君にそう言われ、風摩キリトは顔をしかめた。
呆れたようにしながら、CCMを少しだけ下ろす。

「外で動いているLBX……あれは君のものか?」

「ああ?
ふっ……だとしたら?」

彼は僕たちを鼻で笑い、そして挑発するように言った。

「俺が強盗団だったらどうするつもりだい?」

「LBXを悪用する奴は許さない!」

「はあ……しらけたな。
俺は君たちと戦うために来ただけだ」

バン君の言葉が風摩キリトは気に入らなかったらしい。
呆れたように溜め息を吐くと、自分からCCMを閉じてしまう。

その口ぶりからして、彼は強盗団ではないのか。

「それじゃあ、外のLBXは一体…」

バン君がそう行ったところで、彼のCCMが鳴った。
バン君はポケットからCCMを取り出すと、通話ボタンを押す。

すると、切羽詰ったような拓也さんの声が聞こえてきた。

「はい!」

《バン! さっきのLBX反応はやはり強盗団のものだ!》

「やっぱり強盗団が!?」

「ん? 本当にいるのか?」

風摩キリトが半信半疑というように言った。

CCMからは何かを強く殴るような音が連続して聞こえてくる。
拓也さんの方に何かあったのだろうか。

《バン。俺は閉じ込められて動けない。
お前たちで強盗団のLBXを止めるしかない!
おそらく、狙いは高性能CCMだ。
貨物車ごと切り離し、奪うつもりだろう。
そっちは頼む! 俺は『NICS』に連絡して指示を仰ぐ》

「分かりました!」

バン君はそう言って、拓也さんとの通信を切る。
そして、目の前にいた風摩キリトを睨み付けた。

彼はその視線に笑みを浮かべると、すっと僕たちに道を譲る。

何か裏があるのかと勘繰ってしまいそうになるが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

僕たちは風摩キリトの横を通り抜け、展望車両に急ぐ。

展望車両の扉が開くと、そこには二人の男が扉を塞ぐように立っていた。
スポーツマンが着るようなジャージ姿。
明らかにリニアのスタッフの服装ではない。

「君たち、ここからは立ち入り禁止だよ」

「今、すごく大事なミーティング中なんだ。
ごめんねえ」

男たちは申し訳なさそうに僕たちにそう言った。

僕はその声音に違和感を覚える。
経験したことのある、それでいて、それよりも軽い…いや、しっかりとした違和感。

「あの、通してください!
緊急事態なんです!」

「いや、本当にダメなんだって……」

「強盗団がその後ろの車両にいるんです!
早くなんとかしないと…!」

バン君がそう言うと、男たちは顔を見合わせる。
その表情は明らかに動揺していて、僕の中で違和感が確かな形を持つ。

「何言ってんの! そんなのいる訳ないだろう?」

慌てて、長身の男がそう言った。
僕はその動揺ぶりに露骨過ぎると思い、その口調が不自然過ぎると思った。

彼女ならば、もっと上手く嘘を吐くだろうにと、その時不意に思ってしまう。

「お前たち、強盗団だな」

「えっ!?」

僕が確信を持ってそう言うと、バン君は驚いたように声を上げる。
彼の目には一瞬にして怒りが浮かび、強く扉の前の二人を睨んだ。

「馬鹿なこと言うなよっ…!」

「LBXを使って、貨物車両を切り離すつもりなのか!」

「へ、変なことばかり言うガキ共だなあ〜。
良いから戻れって!」

慌てたように彼らは乱暴な口調で、僕たちを追い払おうとする。
その慌て振りが、自分たちが強盗団であるという何よりの証拠だろう。

彼らのLBXを戦って止めなければならないのかと思っていると、彼らの背後の扉が開く。

「バレちゃあ、しゃあねー!
っく、タコが!」

「キッドさん!」

現れたのは同じような服装をした男だった。
他の二人の態度からして、彼らのリーダー…か。

三人は異様なまでに自信に満ちた気味の悪い笑みを浮かべ、僕たちに近づいてきた。

「はじめまして。
俺たちがLBX強盗団ワイルドバッジです」

彼らに押し戻されるようにして、僕たちは隣の車両にまで追いやられる。
背後にはさっきも見たジオラマがあり、僕たちはそれを挟むようにして向かい合った。

「へっへへへへ!
どうしても止めたけりゃ、こいつで勝負だ!
ハカイガー!!」

そして、CCMを構えた強盗団は彼らのLBXをジオラマに放った。
ハカイガーが三体。
武器はそれぞれ違うが、どれも遠距離型だ。

僕たちもCCMを構え、それぞれのLBXをジオラマの中に放つ。

「エルシオン!」

「トリトーン!」

「リュウビ!」

そして、バン君のエルシオンを中心にトリトーンとリュウビがジオラマの中に降り立った。




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