11.虚構の方程式


白煙が灰原ユウヤと風摩キリトの間に置かれたジオラマを包んでいる。

その白煙に紛れて、ダクトから一体のLBXが音も立てず、灰原ユウヤの側に飛び降りた。
竜のような尾を静かに揺らし、尾とは不釣り合いな細い足で彼に近づく。
LBXは手に持っていた小さな機械を灰原ユウヤの靴に付けると、音を立てないようにその場を去った。

煙の中、飛び降りたダクトにまた入り込み、暗闇の中に姿を消す。

その様子をCCMで確認していた人物は重い溜め息を吐く。
そして、

「……いやだな、こういうの」

そう小さく呟いた。


■■■


「バン君! ジン君!」

白煙の向こうに立っていたのは、ジン君にバン君、それから……その背後に黒いスーツにサングラスの人たちだった。
その雰囲気は異様で、明らかに異常事態だと分かる。

「『オメガダイン』はこれより政府によって封鎖される。
関係者以外は即刻、ここから退去したまえ!」

「邪魔をするな!」

突然のことに、風摩キリトが叫ぶ。
でも怒りが溢れていた目は一瞬にして、驚いたように見開かれた。
その視線の先には、悠然とこちらに向かって歩いてくる人が一人。

その人は僕たちの前で立ち止まると、堂々とした様子で風摩キリトに話し掛ける。

「君は『オメガダイン』のテストプレイヤーだったね。
ここはテストルームではないよ」

「まさか……副大統領!?
ちっ、仕方ない。勝負はお預けだ!」

彼は吐き捨てるように僕にそう言った。
どちらかというと余裕のない声に、彼にとってはあまり良くない状況だということが分かる。
……僕たちにとっても、だろうけれど。

「今日のことは他言無用に願いたい。
国家の安全保障に関わるのでね」

副大統領にそう言われて、ジン君とバン君が顔を見合わせる。
そんなこと納得出来ないと思ったけれど、僕たちにどうすることが出来るのか?
僕は身構えながら、ジン君とバン君の判断を待つ。

二人はしばらく考えると、こくりと一つ頷いた。

「でも……!」

ここまで来て…と、僕は思ってしまう。
二人の元に駆け寄ると、ジン君は悔しそうな目をして、顔を上げた。
その瞳に僕は何も言えなくなる。
悔しい思いをしているのは僕だけじゃないんだ。

「……行こう」

ジン君は小さな声で言った。

「この子たちを出口まで案内してあげたまえ」

僕たちはその言葉と同時にこの場を去る。
バン君はちらりと視線を後ろに向け、風摩キリトと副大統領を見た。

僕もそれに倣うように、少しだけ視線を送る。

戦うことに意味を求めた風摩キリトは悔しそうに、険しい表情で僕たちを見ていた。


「無事で良かった。
お前たちが連れ出されたのを見た時は、冷や汗をかいたがな」

拓也さんはそう僕たちを労った。
僕は拓也さんの言葉に後悔するしかない。

もしも、風摩キリトと戦わなければ……。
ジョーカーを倒されば……と思わずにはいられなかった。

「すみません。
任務を失敗した上に、見つかってしまって……」

「政府に介入されたんだ。仕方がない」

「でも、『オメガダイン』を封鎖ってどういうことでしょう?」

「うむ……」

拓也さんもそれについては考えあぐねているようだった。
そうしていると、拓也さんのCCMが鳴る。

彼がCCMを耳に当てるのを横目に見ながら、僕は考え込んでしまう。
風摩キリトのこともだけれど、脳裏に白い煙が掛かる。

「……あの煙はどこから?」

突然のあの白煙。
それから、短い銃声。

あれは僕を助けたと考えるべきか、それとも……。

「どうかしたのか? ユウヤ」

ジン君が心配そうに尋ねてくる。
僕は少し考えてから、風摩キリトとのバトルのことを話した。

バン君とジン君は僕の話に難しそうに顔をしかめる。
僕も同じように顔をしかめているんだろう。

「そうか……もしかして、ランの時と同じなのかな?」

バン君は腕を組みながら、ぼそりとそう呟く。

確かに考えられなくはないけれど、あれは僕を助けると言うのとは違う気がする。
もっと違う目的があったように思える。

僕たちが頭の中で疑問を混ぜ合わせていると、突然拓也さんが大きな声を上げた。

「はい……えっ! アラン・ウォーゼン!?
どうして、貴方が……」

予想もしていなかった名前に僕たちは驚いてしまう。
その名前は「オメガダイン」の報告書にあった名前であり、「オメガダイン」の総帥だったはずだ。
でも、その総帥が僕たちに連絡を取るというのは、どういうことなんだろうか。

「アラン・ウォーゼン!?」

「『オメガダイン』の総帥から!?」

拓也さんは静かにと言うように片手を挙げ、僕たちを制する。
僕たちはそれに頷き合い、困惑しながらも静かに相手の出方を待つ。
そして拓也さんがCCMから耳を離したところで、バン君が拓也さんに訊いた。

「はい…はい……分かりました」

「どういうことなんですか?」

「……俺たちに会いたいそうだ」

「えっ! アラン・ウォーゼンが!?」

そのことに僕たちは驚いてしまう。

Mチップは安全と主張している「オメガダイン」にとって、僕たちと会うことは得策ではないはずだ。
それなのに、どうして?

「訳が分からない……。
これまで『NICS』の面会の申し入れを断り続けておきながら、急に『会いたい』とは……」

「罠かもしれない」

「罠?」

「だが、会うしかあるまい。
上手くすれば、メインコンピュータのあるシークレットゾーンに入れるかもしれないからな」

拓也さんのその言葉は尤もだ。
これを逃したら、もうメインコンピュータを調べられないかもしれない。

アラン・ウォーゼンに会うしかない。


■■■


僕たちはアラン・ウォーゼンに案内されて、シークレットゾーンに足を踏み入れた。
「オメガダイン」がテロと無関係であるという証明として、僕たちはここに入ることが出来た。

でも、そこにはメインコンピュータはない。

「製造ライン……?」

メインコンピュータの代わりに何かの製造ラインが、そこにはあった。
他に怪しい物は何もない。

「そうです。ここが『オメガダイン』の心臓部、Mチップの製造ラインです」

「どういうことだ? メインコンピュータがあるんじゃなかったのか!?」

拓也さんが小声でそう呟く。

Mチップは「オメガダイン」が造っているというのは周知の事実のはずだ。
それをシークレットゾーンにして、隠す必要があるのだろうか。

「ご満足いただけましたか?」

アラン・ウォーゼンは威厳に満ちた声で言った。

その顔は勝ち誇ったような、優越感に浸っているというような感じがして、どうにも何か裏があるようにしか思えない。
だからといって、シークレットゾーンはここだけで、他にどこを調べていいかも分からない。

まさか、アラン・ウォーゼンの前で堂々と施設内を調べられるはずもない。

僕たちは大人しく、引き下がるしかなかった。


すっきりとしない気持ちで外に出る。
「オメガダイン」への疑惑は消えないというのに、それを証明できないのはすごく悔しい。

「結局、手掛かりは掴めなかったですね」

バン君が落胆しながら言うと、それと同時に拓也さんのCCMが鳴る。

「………カイオス長官からだ。
宇崎です。……はい……はい…分かりました。
エジプトでのテロはヒロたちが無事解決したそうだ」

CCMを耳から離して、拓也さんが安心したように言った。
その言葉に僕たちもほっとする。

無事に解決出来て、本当に良かった。

「そうですか!」

「やりましたね!」

拓也さんも満足そうに頷き、僕たちに向かって言った。

「よし。俺たちも一旦Nシティに帰って、作戦の練り直しだ」

「はい!」

手掛かりは掴めなかったけれど、僕たちはNシティに戻るために歩き出す。

背後では「オメガダイン」の施設が煌々と輝いていて、それが妙に不気味だった。




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