10.気まぐれな王様


CCMでダクトの場所を確認しながら、僕は人気のない通路を注意深く進む。

「オメガダイン」には無事に侵入出来た。

あとはダクトからLBXを侵入させて、メインコンピュータにアクセスし、Mチップの開発データを探して調べるだけだ。

「ここだ…」

CCMと場所を照らし合わせて、立ち止まった。
そして、ポケットからリュウビを出そうとする。

「怪しいなあ」

突然、背後から声が聞こえた。
僕はポケットから手を抜き、CCMを背中に隠して振り返る。

「こんなところで会えるとは……灰原ユウヤ」

「どうして僕を……!?」

不意に名前を呼ばれて、驚いてしまう。
僕の名前を呼んだのは、壁に背を預けた猫背の青年だった。

彼は飄々とした顔をして、僕を値踏みするように見ている。

「『アルテミス』に出ていただろう?
なかなか面白いバトルだったなあ、あれは」

「……っ!」

自分の中の弱い部分を触られたような気持ち悪さが込み上げる。
僕の中であの時の記憶は、何故か靄がかかったようにはっきりとしない。
けれども、果てしない痛みと苦しみがあったのは確かで、僕が相手のLBXに酷いことをしたというのも知っている。

あれが「面白い」と呼ばれるのは、気持ちが悪い。

僕は思わず彼を睨み付けた。

「俺は風摩キリト。
『オメガダイン』のテストプレイヤーだ。
君はここで何をしている?」

風摩キリトと名乗った青年の問い掛けに、僕はCCMを更に見えないように隠す。

「………見学だよ」

「山野バン、海道ジン、そして灰原ユウヤ。
『アルテミス』ファイナリストが三人揃って『オメガダイン』を見学とはねえ」

彼は楽しそうに、趣味の悪い笑みを浮かべて、そう言った。
その言葉に僕は一瞬たじろぐ。

彼は僕の目的が分かっているのか……!

「………」

「まあいい!
君たちが何を企んでいようと、俺の知ったことじゃない。
見逃してやるよ」

「えっ…!?」

「ただし…!」

予想に反した言葉に僕が驚いていると、彼はDキューブを目の前に掲げる。
それが意味することは明白だ。

「俺とバトルして勝てたらね!」

「待ってくれ! 僕にはそんなことをしている時間はない!」

「知ったことじゃないって言ったろう!」

彼は問答無用とばかりにDキューブを投げ、ジオラマを展開させる。

「さあ、勝負だ!」

「……っ!」

風摩キリトは手を広げ、自信に満ちた邪悪な笑みを浮かべてそう言った。
そして、自分のLBXを僕に見せびらかすように取り出す。

「灰原ユウヤ! 俺がカスタマイズした最高のLBXを見ろ!」

「ジョーカーか……?」

「ジョーカー・キリトカスタムさ!」

その割にはカスタマイズがジョーカーらしくない。
塗装は赤く、大きな羽にパワーを重視した両腕。
ストライダーフレームでスピードを重視しつつ、パワーの強化出来るようなカスタマイズをしたのか。

ジョーカーは風摩キリトの手から離れると、重い音を響かせてジオラマに着地する。

どうやっても彼に引き気はないらしい。
やるしかないのか……。

「………リュウビ!」

僕はCCMを構えて、リュウビをジオラマの中に放つ。

「ほお、リュウビねえ」

先に動いたのはジョーカーの方だ。
武器を構えて、切りかかって来るというよりも、それを振り下ろした。

僕はそれをリュウビの盾で受け止める。

受け止めるけれど、叩きつけられるように飛ばされ、そのまま一撃、二撃とリュウビが攻撃するより先に攻撃される。
三撃目をどうにか見切って避けるけれど、その一撃はリュウビの背後にあった岩を破壊し、砂を巻き上げる。

砂に紛れるようにして攻撃を加えられ、盾で衝撃を受け流しても流し切れない!

そのまま強力な一撃を盾に喰らい、大きく飛ばされる。
勢いを殺し切れずに、リュウビは岩山に背中から激突した。
岩を大きく抉り、リュウビのケージがどんどんと減っていく。

重力に従って落下するリュウビにジョーカーが迫る。
落ちている間に体勢を立て直し、次の攻撃に備えるしかない!

「くっ……!」

武器を叩きつけてくるジョーカーの攻撃をギリギリで避ける。

相手のジョーカーには隙がない。

「強い……!」

「ふんっ! このぐらいでビビる灰原ユウヤじゃないよねえ?」

煽るような口調で風摩キリトは言った。

僕は彼を鋭く睨みながら、今度はリュウビの方から攻撃を加える。
無闇に武器を振っている訳ではないのに、全く攻撃が当たらない。

どうする? どうすればいい?

「もっとやる気で来いよ!」

僕の攻撃をジョーカーは身軽に避け続ける。
滑らかな動きと重い攻撃。

それに、こちらの動きを読まれている。

「……それなら!」

ジョーカーがリュウビの攻撃を避けた瞬間に、次の動作に移る。
下から盾で一撃を加え、ジョーカーを後ろに弾き飛ばす。

ダメージは与えられないけれど、これなら……!

ジョーカーに一瞬隙が出来る。
その隙を見逃すわけにはいかない!

ジャンプし、上から武器を叩きつけるようにして振り下ろした。

けれども、ジョーカーの姿は目の前に無い。

「何っ!?」

「残念でした!」

ジョーカーはリュウビのすぐ背後に迫っていた。
その武器を振り下ろされる前にCCMを操作して、間一髪でジョーカーの攻撃を避ける。

「ふふっ! そうじゃなくっちゃ!
このジョーカー・キリトカスタムはジョーカーをカスタマイズした俺の自信作だ!
攻撃・防御・運動性。
全てのスペックを極限まで高めている!」

その言葉に嘘はないのだろう。

一撃が普通のジョーカーよりも重い。
受け止めるか、避けるのが精一杯だ。

「どうした?
君の力はこんなもんじゃないはずだよ!!」

ジョーカーからの攻撃を盾で受け止め、後ろに飛ぶと同時にジャンプし、ジョーカーから距離を取る。
隙がないかと探すけれど、カスタマイズや操作しているプレイヤーの腕がいいからか、なかなか隙が見つからない。

「もっと本気を出してくれないと、戦う意味がないじゃないか!」

「戦う意味」?

それはどういう意味なのだろうか?
彼は僕と戦いたいから、ただ戦っているんじゃないのか?
別の意味があるというのか?

ジョーカーの攻撃を受け止め、金属の擦れ合う嫌な音をさせながら、思わず考えてしまう。

彼の、風摩キリトの目的は何だ?

「いいねえ! その調子だ!」

彼はリュウビの動きを楽しそうに目で追う。

バトルを楽しんでいるようにも見えるけれど、それには何か違う喜びがある気がする。

漸くジョーカーの動きに目が慣れてきた。
感覚的にもジョーカーの動きについていけている。

背後を取っては取り返し、機体には攻撃させない。

「すごい! すごいよ!
灰原ユウヤ! 君と戦えて嬉しいよ!」

喜びながら、容赦のない攻撃がリュウビを襲う。

距離を取って投擲された武器を弾き返す。
ジョーカーはその武器をダガーに持ち替えて、リュウビに襲い掛かって来た。

その攻撃を盾で受け止める。
盾は大きく傷を付けられ、ギリギリと大きく抉られる。

けれど、これならいける!

「何っ!?」

盾でダガーごとジョーカーの機体を上に放り投げる。
そして、右腕でジョーカーを殴り飛ばした。

大きく後方へと飛ばし、ダメージを受けて赤い火花がジョーカーから飛ぶ。

「最高だ……! 本当に最高だ――」

風摩キリトがそう言った。
そして、その言葉に被るようにして、リュウビのものでもジョーカーのものでもない短い銃声が聞こえてくる。

それも短い間隔で、三発。

どこからの音か瞬時に判断出来ないでいると、突然ジオラマ内部に白い煙幕が発生する。

「! 何だっ!」

風摩キリトが叫ぶ。

煙はジオラマの中だけでなく、外にまで出て来て、喉にいがいがとした微かな痛みが走る。

涙目になりながら、CCMの画面でジオラマの中の様子を見ようとする。
CCMの画面は真っ白で何も見えない。

これじゃあ、ジョーカーもリュウビも何も出来ない!

おそらくはお互いに状況が掴めないまま、混乱してどうすることも出来ないでいると、その煙の奥に風摩キリト以外の人影が見えることに気づく。

あれは誰なんだ?

そう思った時、風摩キリトとは違う声が叫んだ。

「そこまでだ!」




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