拓也さんからの指示を受け、CCMはこのまま繋げたままの状態にしておくことになった。
部屋の形や私の現状は出来る限り伝えられたはず。
外部からもどうにかしてもらうとして、私の方でもやれるだけのことはしよう。
「でも…さすがに、今日は寝よう」
CCMを抱えるようにして、毛布を被り直す。
いつものように四肢を丸めて、毛布の端を抱え込んだ。
疲れたのか、気絶していたとはいえ、あんなに眠ったのにとろんとろんと眠くなってくる。
夢がすぐそこまで迫ってくる。
降り注ぐ視線も同じように。
チョコレート色の視線ではなく、青みがかった黒い視線が。
お母さんの小さな寝息が、すぐそばにある気がしてならない。
でも、別段それが嫌ではない私がいる。
ずっとお母さんの寝息を子守唄にして眠っていた。
昼間は目を合わせてもらえないので、その時だけはこっそりとお母さんの顔を見ることが出来る。
本当にこの部屋は、お母さんと暮らしていた部屋をそのまま持ってきたみたい。
不思議と幸福を感じる。
ふわふわと熱に浮かされたようになる。
寝息がCCMの向こう側に聞こえなければいいと、そんなくだらないことを思いながら、私は眠りについた。
■■■
「ここね」
私は地図が示す、ヨルがいる場所を見上げる。
私の背よりもずっと高い外壁。
この地区でも一際大きい家に、思わずいくらしたのかしら、と邪推したくなってしまう。
「大きい家ですね…」
「ああ。そうだな」
「当たり前よ。
この家に住む人物は、有名な資産家。
色々な所に出資してるし、そういえば…ヨルが誘拐されたデパートにも出資してたわね」
「そう言われると、色々と納得できるような気がするよ。
でも……そういうのって、信用が大事なはずなのに、こんなリスクの大きいことをどうしてするのかな」
うんうんとユウヤが一人頷いた。
ランは早く中に入ってヨルを助け出したいのか、今にも扉に手を掛けそうだけれど、その前に決めなければいけなこともある。
適当に理由を付けて中に入れてもらうとしても、この大人数では色々と難しい。
人数をある程度絞る必要がある。
一旦、車の中に戻って、そのための話し合いよ。
「『NICS』から正式に連絡をしているから、俺が先導する。
コブラはここで待機だ」
「へいへい。分かったよ。宇崎の旦那」
前の席から拓也さんとコブラからのその言葉に、私は頷いた。
「そうなれば、まずは拓也さんが行くのは決定として、私も決定ね」
私がそう言うと、ユウヤの隣にいたランがぐいっと身を乗り出してくる。
予想通りと言えば予想通りの反応ね。
「ええー! なんで!」
「この家の詳しい間取りを覚えるには、私が行く必要があるでしょう。
いざLBXで侵入する時に、通気口の場所をもう一度探すのは効率が悪すぎるわ。
それに私が行けば、『NICS』からの依頼だって強調できる」
私がそう説明すると、ランは不満そうに頬を膨らませるけど、私の記憶力については分かっているから反対はしなかった。
その代わりと言うように、彼女が勢いよく手を挙げる。
かなり勢いのいい風切り音がした。
「あたしも行く!」
「僕も行きます!
仲間を助けるのはヒーローとして当然のことですから!」
「よしっ! あたしとヒロは決定!
この三人と拓也さんで行く?」
「僕も行くよ。
もしも戦闘になれば、ラン君とは連携が上手く取れるから」
元の人数とあまり違わないようになってきた気がするけど、四人ならいいかしらと思いつつ、残りの二人の方を見る。
私やラン、ヒロにユウヤはA国で知名度なんて無いに等しい。
だから、拓也さんに付いて行っても、『NICS』が大々的に動いているとは伝わりにくいはず。
でも、バンとジンは「アルテミス」のことでそれなりに有名。
彼らが行けば、LBX関係で何か大それたことがあったのか? と考えられなくもないわけで、変な警戒心を持たれる可能性もある。
このまま、このメンバーで行けるのがいいんだけれど……。
「バンとジンは…これでいいかしら?」
「……ああ。構わない。
それに、ヨルとの連絡役は必要だろう」
彼はまだしっかりとヨルの方と繋がっているCCMを少しだけ掲げる。
当のヨル本人は今のところは、やっと起きたらしいベアトリスという少女に連れられて、お風呂に行ってしまった。
引き摺られていく彼女がどこか憐れだったわね…。
「俺も、ジンとコブラと待ってるよ。
頼んだぞ! ヒロ、ラン!」
「はい!」
「まかせといて!」
よし。メンバーは決まったわね。
そうとなれば、ジンとバン、コブラを置いて車から出る。
LBXは常に出せるような状態にして、正門の方に向かう。
拓也さんに呼び鈴を押してもらい、応答を待つ。
《はい。オルコットです》
相手が名乗った時点で私たちは揃って首を傾げた。
「確か、ええ…と『ターナー』じゃなかったっけ?」
ランがヒロにぼそぼそと話し掛ける。
ヒロは地下にいるヨル達を示すように、小さく地面を指差しながら、同じように小声で答えた。
「偽名を名乗ってるってことじゃ、ないですか?」
「ヨル君の話だとこの家の人っぽい感じはするってことだし、そう考えると、家を守ろうとしたのかもね」
「なるほど」
ぼそぼそとお互いの意見を言い合いながら、自動で開かれていく門を見上げて、それを潜る。
屋敷の扉についたもう一つの呼び鈴を鳴らすと、内側から重い扉が開かれる。
開いた扉の先には、気の良さそうな男性が待っていた。
白髪交じりのグレイの髪。
薄いブラウンの瞳。
ヨルの言う少女の特徴とは合致しないけど、この人がヨルを誘拐したのかしら…。
思わず、疑いの目で見てしまう。
優しそうだけれど、要注意ね。
「はじめまして。
よくいらっしゃいました。
私がガブリエル・オルコットです」
「こちらこそ、はじめまして。
宇崎拓也です。
『NICS』から派遣されてきました」
そう言うと、二人で握手をする。
私たちも「NICS」から派遣されたと拓也さんが説明し、一斉に頭を下げる。
「この人がロリ…」
「ランさん! それはまずいです!」
ランが何か口走りそうになり、小声で注意してそれを止める。
危ないわね。本当に。
相手は何も不審には思っていないようだけど…。
会話は変な所がないように拓也さんにまかせっきり。
「NICS」の方から連絡が行っているとはいえ、彼がもう一度昨晩でっち上げた理由を並べていく。
なるべく部屋の隅々まで調べられる適当な理由。
「NICS」が掴んだ情報によると、屋敷内に盗聴器が仕掛けられ、資産の流れや人の動きが監視されている可能性がある。
時間を掛けて調べさせてほしい。
まあ、こんな感じで。
次に来ても怪しまれない理由…のつもり。
もちろん、パパにも了承は取ってあるから、「NICS」に確認を取られても大丈夫。
「では、部屋を一つずつ調べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「ええ。構いません。
ただ私には仕事がありますので、妻に案内させますよ。
使用人は全員、出払ってましてね。申し訳ない」
「いいえ。押しかけたのはこちらですから」
何でもいいから、早く調べさせてくれないかしらと思いながら、奥さんの到着を待つ。
その間にユウヤのCCMにバンから連絡が入って、彼のCCMを通話状態にしておく。
「早く早く〜」
「まだですかね…」
苛々していると、奥の方から奥さんらしき人がやって来た。
オルコット氏に呼ばれた彼女は彼の傍らにやって来ると、私たちに丁寧に会釈をする。
オルコット氏と同じように白髪交じりのブラウンの長い髪。
同色の目。
こっちも特徴とは合わない。
「はじめまして。ガブリエルの妻のエミリアです」
私たちも同じように会釈する。
「では、早速…」とオルコット氏と少し会話してから、案内してくれる。
待ってましたとばかりに先に歩き出したのはラン。
CCMを構えて、いつでもバトル出来るようにする。
屋敷の中はとにかく広い。
しかも、一つ一つの部屋が大きい。
調べるのは骨が折れそうね…。
「なんか、ちょっと埃っぽいよね。この家」
ランが盗聴器を探すふりをしながら、失礼にもそう感想を述べると、エミリアさんは苦笑した。
「昔から建っていた物を買い取ったからでしょうか。
多少、埃が溜まりやすいのかもしれませんね。
主人が気に入って購入したのだけれど、未だに部屋の位置とかが分からなくて、迷ってしまいます」
「そうなんですか。大変ですね」
ヒロが適当に相槌を打つ。
なるほど、奥さんでも知らない部屋があるかもしれないってことね。
家具の隙間や床を確かめながら、地下への入り口がないか探す。
変なスイッチとかあればいいのだけれど、都合よくあるわけもない、か。
「ジン君に確認してもらったけど、ヨル君の方からは返答はないって。
ベアトリスって子と遊んでるみたいだよ」
小声でユウヤが教えてくれる。
まあ、この段階で何かあっても助けられないかもしれない。
遊んでいるなら遊んでいるで、平和で良かったと言うべきかしら。
でも、本当に広い。
しかも、部屋数が馬鹿みたいに多い。
さっきだって、奥さんが「ここは客間よ」と言って開いた場所は、埃を被った今は使われていない部屋だった。
元は本当に客間みたいだったけれど、これだけ広ければ間違いもするわよね。
エミリアさんが特別ドジな感じもするけれど…。
その後も娯楽室だと思ったら空き部屋だとか、使用人部屋だと思ったらリネン室だったとか、そんな間違いを繰り返しながら、一階の端までやって来る。
正直、地下への道が二階にあるとは思えないので、ここが最後の部屋になる。
「ここは私の部屋の一つなんですよ。
衣裳部屋も兼ねてます」
そう言って開いてくれた部屋には大きな窓があって、上品な調度品がいくつも並んでいる。
可愛らしい物も多くて目移りしそうだったけど、気を引き締め直してから室内を物色させてもらう。
衣裳部屋と言ったように、ものすごく広いウォーキングクローゼットがあって、後付けなのか外に突き出すようになっていた。
「すっごい服の量ー。おもしろーい」
ランが思わずと言うふうに声を上げる。
CCMを開きながら、ちょっと急とも思える階段を下りて、ランの後を追って、私も色とりどりのドレスの中に入っていく。
これは何着あるのかしら。
壁が見えない程にドレスがひしめき合っている。
「ちょっと、ラン! 遊ばないの」
「分かってるよ。ジェシカ。
でも、壁には辿り着けないし、ここはないよね」
「そうね。ほら、抜け出すわよ」
一応はぐるりと室内を一周してから出る。
ちょっとぜえぜえ言いながら出て来ると、「あーーっ!?」というヒロの大きな声が聞こえてきた。
何事かと急いで彼の元に駆け寄ると、ヒロが窓の外の何かを凝視していた。
「あ、あれって…もしかしたら、あそこじゃないですか!?」
ヒロの指差す場所には小さい円形の塔のような物が建っていた。
そういえば、ヨルの言っていた地下室は円形だったわよね?
もしかして、あの下に地下室があるのかしら。
「ああ。あれですか?
昔は食糧庫だったとかいう場所なんだけど、今はあの塔の周りを主人が喫煙所として使っているんですよ。
私は滅多に寄りませんけど、そうね…。あそこにも何かあるかもしれませんね」
そう言って、エミリアさんは私たちを塔の場所まで連れて行ってくれる。
中は鍵が壊れているというから入れなかったけれど、歩くことで大体の広さは分かる。
広さはヨルが話してくれたより少し大きくて、この下に地下室を造るとしたら、ちょうどヨルがいるような部屋と同じ感じになるんじゃないかしら。
加えて、塔の周りには不自然な通気口が目立つ。
おそらくはここから地下にいけるはず。
四人で分かったというように頷き合う。
拓也さんはそれに対して、エミリアさんに話し掛けて、今日はこの辺で調査を終わりにしたいという旨を伝えると、疑われずにすんなりと正門まで見送ってくれる。
正門に辿り着くまでに、拓也さんがさりげなくエミリアさんに尋ねた。
「そういえば、オルコットさんにお子さんはいらっしゃるんですか?」
「ええ。息子が一人。
もう随分大きくなりまして、今は別の所に住んでいるんですよ」
「娘さんはいらっしゃらないんですか?」
「娘ですか? いませんよ。
一人息子です。
年を取ってから産んだ子なので、ついつい甘やかしてしまいます」
それは嘘を言っているふうではなかった。
一人の息子を育てた母親の顔。
自分のしたことに誇りを持っているような気さえする。
子供を誘拐する理由なんて一つもなさそうね。
ましてや、地下で幽閉しておく必要がなさそう。
バレれば、身の破滅は免れないようなそんなことをする必要がないように思える。
でも、そうだとすると、「ベアトリス・ターナー」というのは、一体誰なのかしら。
どうして、地下に閉じ込められる必要があるのかしら。
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