02.昼の世界の出来事

人混みの中から、亜麻色の髪を必死で捜す。
小柄なその身体は一度人に紛れてしまうと見つけるのは難しい。

「ヨル……!」

名前を呼んでみるが返事があるわけもない。
建物の端まで来てしまった。
ヨルの姿はどこにもない。
見つけられないことに焦り、ふつふつと腹の底から見つからないことへの怒りが溢れてくる。
CCMで時間を確認する。
幾度か深呼吸して、怒りをどうにか抑える。

そろそろバン君たちと合流しようと来た道を引き返した。
その間にも、無意識に亜麻色の髪を捜しながら。


息切れしながら、予め決めておいた合流場所に戻ってくる。
そこには僕以外の全員が既に集まっていて、深刻な顔をして立ち尽くしていた。

「ジン! ヨルはいたかっ!?」

「こっちにはいなかった。
他のみんなは…」

訊くまでもないが、一応確認する。

「俺とヒロの方にはいなかったよ。
ランたちも同じだ」

「CCMの信号ももう一回確認したけど、反応はなし。
CCMの電源が切られているか、壊れてしまったのかもしれないわね」

そう言って、ジェシカが悔しそうに唇を噛む。

ヨルがいなくなった、という連絡が入ったのは三十分程前のことだ。
セールの波に呑まれ、そこから抜け出した時に気づいたのだとジェシカとランから話を聞いた。
最初はどこかで時間を潰しているのではないかと、周囲を探してみたが彼女はいない。
電話してみたが、それにも出ない。
CCMの識別信号を調べてみたが、反応がない。
これは何かあったのではないかということで、僕たち全員に連絡が入ったという訳だ。

そして、デパート中を探し回ったが、依然としてヨルは見つからない。

インフォメーションセンターで呼び出してもみたが、これもダメだった。
あえて彼女が怒りそうな内容にしてみたのだが、それも効果はなかった。

「ごめんなさい。
私が目を離したから……」

ジェシカがそう言って、目を伏せる。
彼女が買い物をしている最中にいなくなったから、責任を感じているのだろう。

「ジェシカのせいじゃないよ」

ランが彼女の肩を軽く叩く。
ユウヤもそれに頷いた。

「そうだよ。ジェシカ君。
誰のせいでもない」

「でも、ヨルさんはどこに行ったんでしょうか?
もしかして、『ディテクター』に…!?」

「でも、LBXが暴れてるって情報は入って来てないんだろう。
『ディテクター』って決めつけるのは、まだ早いんじゃないか?」

バン君の言う通りだ。
拓也さんやコブラからLBXが操られているという情報はない。

それに調べてみたが、この周辺に大量のLBXを操作出来るほどの大型コンピュータはない。
ヨルをスレイブ・プレイヤーにするならば、ここではない次の場所か。
もしもそうならば、次の場所はどこだ。

いや、それよりもこれが『ディテクター』の仕業ではなく、別の誰かに連れ去られたとなれば、そちらの方が問題だ。

「ジン。
コブラがデパートの方に頼んで、防犯カメラの映像を見せてくれるそうよ。
行ってみましょう」

CCMを右耳に当てながら、ジェシカが道案内をするように先に進んでいく。
「STAFF ONLY」と書かれた扉の前で待っていたコブラと合流して、彼の先導で警備室へと向かう。
その途中、彼は頭を掻きながら、疑いの視線を僕らに向けて言った。

「本当にいなくなったのか?
迷子とかじゃねーのかよ」

「ヨルだって小さな子供じゃないんだから、迷子になったら、CCMに連絡ぐらいくれるわよ。
CCMの反応がない、電話が通じないとなれば、何かあったって思うのが自然でしょ」

コブラが疑うのも無理ないが、ジェシカの話を聞いて納得したらしい。

「まあ、確かにな。
CCMについては『NICS』本部で調べてるが、今のところは手掛かりなしだ。
ほら、着いたぜ」

彼が開けた扉の先には、『シーカー』本部のような多くのモニターがあった。
モニターには防犯カメラの映像が流れ、デパート内のほぼすべての場所にカメラが設置してあるのが解る。

室内に全員が入り、モニターをいくつか借りて、ヨルの姿を探す。
顔認証で映像の中から彼女を見つけ出す。
その中からジェシカやランといた映像は省いた。

「見つけた!」

叫んだのはランだ。

彼女の指差す画面を見ると、そこにはヨルと彼女を背負う大柄の男性の姿。
男性に見覚えはない。
ヨルの方は眠っているのか、気絶しているのか、腕はだらりと垂れ下がっている。

二人の姿は一見すると、疲れて眠る子供とそれを背負う親のように見えなくもない。
彼らは何ら疑われることなく、正面玄関から外に出て行った。
映像の時間が二十分前の出来事であるなら、今から追いかけてもあまり意味はないだろう。

「……ヨルは誘拐されたってことに、なるのかしら。
でも、『ディテクター』なら、LBXを使うわよね?
姿とか見せないんじゃないかしら?」

ジェシカの意見は尤もだろう。
『ディテクター』なら、もっとやり方があるように思える。
そもそもこの時点でスレイブ・プレイヤーにしてしまい、自分の足で歩かせれば、より簡単な気がする。

「ああ。
しかし、そうなると、何が目的で誘拐したんだろうか」

「何って…お金とかじゃないんですか?」

「お金だとしたら、もっと違う子を狙わないかな。
連絡先や家柄がはっきりしている子を狙うと思う。
ヨル君を狙う理由にはならないんじゃないかな?」

ユウヤの意見に僕も頷いた。
しかし、そうなると、何故ヨルだったのかが解らない。
いや、解りはするが、口に出すのは憚れる。

「ヨルじゃなければいけなくて、お金が目的じゃない…か。
なんだろう?」

バン君が首を傾げた。
ランやヒロ、バン君は解っていないようだが、それは逆に幸福なのではないかと思える。
しかし、可能性を提示しないわけにはいかないだろう。
僕は微かに深呼吸をしてから、口を開いた。

「殺人か、あるいは…」

「もしくは…あれよね、人身売買で…その、ねえ」

僕の後に続いて、ジェシカが言葉を濁しながらも、僕の考えたことと同じようなことを口にした。
彼女の目が泳ぎ、僕へと向けられる。
言いたいことは解るが、僕も言いたくはないので無言を貫くしか出来ないのだが……。

「さ、殺人!?」

ヒロが大きな声を上げる。
彼の声に反応して、モニターを見ていた警備員の何人かがこちらを見た。
それに気づいて、ヒロは急いで自分の口を手で塞ぐ。

さすがにここで話すのはあまり良くないかと思い、僕たちは連れ立って外に出た。
コブラにはその場に残ってもらい、映像を『NICS』の方に送ってもらうようにする。

とりあえず、デパートの外へ。
中で話すよりは良いだろうと判断し、そこで話し合う。

「もしも、殺人目的だとしたら、早く見つけ出さないと……!」

「まだ殺人って決まった訳じゃないじゃん。
それに、ジェシカの言おうとしたのは、何なの?」

「わ、私が言おうとしたのは…あれよ!
ロリコンな人に売られちゃうとか…」

「人間を売り買いするんですか!?」

ヒロがまた大きな声を上げた。
ランやバン君も驚いたような顔をしている。

身代金目的の誘拐でなければ、殺人や人身売買…あとはあまり考えたくはないが、強姦目的というのも考えられなくはない。

「……するのよ。
もちろん、犯罪だけどね。
今は少ないけれど、年間何百人も事件に巻き込まれてるわ。可能性がないわけじゃない。
それに、ヨルはその……亜麻色の髪や青い目とか、身長とか体つきとか…そっち方面の人に…人気がありそうだもの」

全く否定出来なかった。

僕には想像も出来ないことではあるが、そういうことは実際にあるのだ。

年齢の割に身長が低く、その上容姿はそちらの方面の人たちに人気がありそうではある。
そういう目的ならば、誘拐される十分な理由になるのではないか。

「それって、ヤバイ?」

「ヤバイどころじゃないわ。
早くヨルを見つけないと…!
犯人が車で逃げたなら、ナンバーから解るかもしれない。
そっちから調べてみましょう」

そう言って、ジェシカはCCMで『NICS』へと連絡を入れる。

僕は自分のCCMを取り出し、ヨルのアドレスを呼び出す。
そのまま耳に当てて、無機質なコール音を聞き続ける。

ヨルは出ない。

どこにいる。どうしている。
解らないと不安になる。
傷付けられていないか、酷いことをされていないか。

それが原因で、自分から死のうとはしていないか。

一度は止めたが、彼女の中には未だその可能性があるはずだ。
そんなことはしないと、信じてはいる。
信じてはいるが、何をされているか解らない以上、傷ついて、そうしてしまう可能性を捨てきれない。

「………ヨル」

呟いてはみるが、僕の声が彼女に届くはずもない。





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