01.幻想的序曲
デパートの中に設置されたベンチに座って、ぼけっと目の前を通った女の子を見る。
絹のように艶やかな長いブロンドの髪。陽の光を浴びたことのないかのように白い肌。チョコレート色の瞳。
その甘い色と目が合った。お互いに数秒見つめ合う。
私の方はしばらくじいっと見つめていたけれど、女の子の方が先に目を逸らしたので、私たちの見つめ合いはそれで終わった。

「ヨルー! 何見てるの?」

私がまだ女の子の方に視線を送っていると、遠くの方から駆け寄ってきたランが不思議そうに訊いた。
その後ろにはジェシカがいて、彼女も私の視線の先を追う。

「なんでもないよ。ちょっと綺麗な子がいただけ。
ランの用事はもういいの?」

「うん! でも、ジェシカがまだ買いに行くって…」

ランが呆れたように言った。
その言葉に私も思わず笑顔が引きつりそうになる。
もう何件お店を回ったのだろうか。色々な物が見られるので飽きはしないけれど、体力の方が持たない。
実際の買い物はあまりしていないとはいえ、もうそろそろ休憩した方がいいんじゃないだろうか。

「何よ。別にいいじゃない。
次はセールだし、絶対に行くわよ! それにこれで最後にするわ」

「えー…本当に?」

ランが私に抱き着きながら…どちらかというと抱きしめながら、疑うような声音でジェシカに言う。
私はランよりも背が低いので、その胸に少しだけ顔を埋めるような形になる。
その胸の膨らみが少しだけ羨ましかったのは秘密にしておこう。
私の方が悲しくなるから。

「大体さ、久しぶりの休みだからって、買い物ばっかりじゃつまんないよ。
バトルしようよー! LBXバトル!」

私の頬を伸ばしたり突いたりしながら、ランが「バトル! バトル!」と叫びだした。
私は彼女より年上なのに、なんでずっと小さい子のように扱われるんだろう。
疑問に思いつつ抵抗しないでいると、ジェシカが額に手を当て、今度は私たちを呆れたように見た。

「分かったわよ。次のが終わったら、バトルしてあげる。
その代わり、絶対に付いて来なさい!」

「本当!? やったー! 付いて行くよ。ジェシカ!」

さっきまでとは違って、とびきりの笑顔。
私から手を離すと、すぐにジェシカの後に付いて行く。
私もその後に付いて行こうとして、その前にさっきの女の子が歩いて行った方を見た。

その子の後姿は探してもみつからない。

なんとなく気になる。
気になるけれども、本人の問題だろうからどうでもいいかと思った。

私は随分先に行ってしまったランとジェシカを追いかける。
歩幅が違うので、少し離れてしまうと追いつくのが難しい。

「ヨルー!」

私がいないのに気づいてくれたのか、彼女たちが立ち止まって待っていてくれていた。
どうにか彼女たちに追いつく。

「どうしたの?」

ランが心配そうに覗き込んでくる。
私はそうさせたのがとても申し訳なくて、少しだけ無理して笑顔を作った。

「なんでもない。待たせてごめんね。
あ、そういえば、バンたちはどうしたのかな?」

無理をしていることが早々にバレてしまわないように、話題を逸らす。
ジェシカは私の問い掛けに溜め息を吐いてから、不満げに人差し指で床の方を指差した。

「待ってるわよ。下で」

「……逃げられたんだ」

私が言うよりも先にランが口を挟む。
逃げたというのは賢明な判断だろう。
興味がない人にとってはそれほど面白いものではないのだから。

「ええ。いつの間にか、ね。
ヒロやジン、ユウヤも…まったく、少しは付き合いなさいっての」

怒りながらも足取りは確かで、ずんずんと目の前に見えてきた人の波へと向かっていく。

身長の低い私には世界が少し大きく見える。
目の前の人だかりは誇張も何もなく波であり、濁流みたいなものだ。
あの中に入るのは出来れば遠慮したい。

「あの中に行くんだね…」

「ジェシカだけ置いて、あたしたちも逃げる?」

「それはさすがに。
それにバトルはいいの?」

「そうなんだよねー。
ジェシカは怒ったら、本当にバトルしてくれないよね。
バトルは惜しいし、行くしかないかー。
よし! あたし、行ってくるね!」

二人でこそこそと話しながらも、ジェシカには悟られないように足は動かす。
そうすると、目の前にはあの人の波が。
ジェシカはもうあの中に入っているようで、探し出すことは出来なかった。
ランは数回深呼吸をすると、「ふん!」と意気込んでから、波の中に突入していった。
私も同じように深呼吸してから、意を決して波の中に向かう。

私の体は小さいからか、簡単に波の中に入れて、そして流される。
とりあえずはジェシカを探して手伝わなければ…とは思うけれど、流されて、すぐに外に出させられてしまう。

「あう…」

外に出されて、思わず膝をついてしまった。
一度出されると、ジェシカみたいに目標があるわけでもないので、次に突入するのが億劫になってしまう。
のろのろと立ち上がり、背後の人の波を見る。

「…待ってよう」

ジェシカとランには悪いけれど、ここにもう一回は無理だと諦める。
あとで、彼女たちの言うことはなんでも聞こう。
そう思って、波から遠ざかる。
隣の店との間が少しばかり空いていたので、そこにちょっとだけ身を寄せた。

ジンたちと合流しようかとも考えて、CCMを開こうとするけれども、それは叶わなかった。

後ろから腕を掴まれたのだ。
振り払うよりも先に強い力で押さえつけられ、何か叫ぶ間もなく、ずるずると奥へと引きずり込まれてしまう。
LBXもCCMも操作出来ない。
何か布のようなもので口を塞がれ、呼吸がしづらくなる。

「……っ!」

まだ動く足を振り上げようとするけれど、それも叶わない。
バチっという電気の爆ぜる音。
見慣れた青い光が首筋のあたりで光るのが見えた。

それがどんな形で、どれほどの威力があるのかを思い出す前に、私の意識はそこで途切れた。



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