《『必殺ファンクション』!!》
その声と共に爆炎が起こって、目と口を腕で覆う。
久しぶりの強い光に少しだけ目が眩んだ。
ごしごしと目を擦りながら扉を見ると、扉の全部は破壊されずにその端に小さく穴が開いている。
私は屈んでその穴をトリトーンたちと覗き込んだ。
破片がパラパラと零れてくる先を見ると、長く暗い階段が続いている。
《抜けられそうか?》
「大丈夫。
ジンたちとは外で合流するのでいいの?」
《うん。外で待ってるよ》
「分かった。
行こう。イレーナ」
「………私がこの階段を上れると思うの?
何年、足の筋肉を使ってないと思ってるのよ。
しかも、ここ暗いし、寒いし……」
「そうは言われても、上るしか手段はないから。行くよ」
ここで逃げられると困るので、イレーナを先に穴の外に行かせる。
私はさっき見つけた本の目的のページを破って、LBXたちと穴を潜った。
立ち上がると、両肩にエルシオンとトリトーンが乗る。
頭の上にミネルバも乗るので、三体もいると少し重い。
《ライトで照らすか?》
「いいよ。バッテリーの無駄だし、暗闇に慣れるのは早いから」
「ヨルはね。
私の目は遅いのよ。
先導しなさい。先導」
「はいはい」
イレーナに服の裾を掴まれながら、壁に手を添えて階段を上る。
でも食事を運べることから考えても、そんなに距離があるとは思えないけど……。
《これってさ、あの塔に出るんだよね?
そこで待機してた方が良くない?
扉はぶち破ればいいんだしさー》
《その前にヨルさんのLBXとCCMを探すべきじゃないですか?
証拠にもなりますよ!》
《じゃあ、俺とヒロとランでヨルのLBXとCCMを探そう!
ジンとユウヤ、ジェシカは地下室への扉を見つけてくれ》
《分かった。バン君》
《まかせてよ》
《それだと、私たちは塔の所に向かえばいいってことよね?》
「………塔に出るのは…どうだろう」
あの部屋は確かに塔の地下にあったのかもしれないけど、塔は屋敷から離れているという。
食事を持って来るにしても不自然になるし、他の人に見つかる可能性も捨てきれない。
外部の人に見つかれば厄介だ。
ならば、屋敷の内部に入り口を作るべきではないか。
そう考えていると、ガンっと壁にぶち当たる。
額と鼻に衝撃が走り、遅れて痛みがやって来る。
衝撃でミネルバが落ちて来たので、ギリギリのところで受け止める。
移動しているから、上手く操作出来なかったのかもしれない。
痛い。すごく痛い。
「いっ……た〜い!
なんでいきなり止まるのよ!」
「……行き止まりだからだよ」
半分ぐらいは私の不注意だけれど。
イレーナがぶつかって来たので、背中も少し痛い。
痛いけど、立ち止まってる訳にもいかないので、トリトーンにライトを点けてもらって壁を観察する。
目の前には私がぶつかった壁。
場所としては踊り場みたいになってはいたけれど、背後に伸びている階段以外は何もない。
試しに色々な所で見たことのあるように、壁を叩いてみるけれど、特に音が変わっているようには感じない。
《ちょ、ちょっと!
出られないってこと!?》
「それはないはず。
セシリーさんが来れないし……。
隠し扉とかかな」
そう思って、壁や床を叩いたり撫でてみたりしていて、気づいた。
石で出来た床は一見すると綺麗だけれど、その隙間が黒い。
他の部分は灰色というか白い色をしているのに、歪な小さい半円を描くように一定の範囲だけ黒い。
《ヨル?》
ジンが不思議そうに私の名前を呼ぶ。
私はその声には答えずに、指を伸ばして、隙間をカリカリと爪で削る。
黒い塗料のようなものが剥がれ落ち、爪の間に入り込む。
なんだろう、これは。
知っているような気がするけれど、考えたくもない気がする。
歪な半円も気になる。
円を半分に切っている壁の隙間は黒くない。
円自体は歪だけれど、それは綺麗に半分に壁によって切られている。
「…………」
「ちょっと! 黙らないでよ!
私、この空間で知ってるのヨルしかいないのよ!」
勢いよく扉を叩きながら、イレーヌが叫ぶ。
声は反響し、少しくぐもったような音になって私に届いた。
「考え事するときぐらいは黙らせてよ……」
私は呆れながら立ち上がると、彼女と同じように何かないかと探す。
何かあるとすれば、確実に私たちの身長よりも上だろう。
「ちょっとバランスが悪くなるから、退いていてくれる?」
《分かった》
トリトーンたちに退いてもらってから、背伸びして、腕を精いっぱい伸ばす。
石を一つ一つ撫でたり叩いたりして確かめる。
一段ずつ、出来るだけ素早く丁寧に。
そうしていると、少しだけ音の違う石があるのに気付いた。
叩いてもそれほど痛くない。
軽い音が響くだけ。
「……これか」
このままではバランスが悪すぎるので一旦壁から離れて、イレーヌに二段ほど階段を下がるように指示する。
トリトーンたちにも同じように下がってもらって、壁から距離を取る。
一瞬のダッシュで壁に足を掛けて、反動を利用してジャンプ。
そのまま石を勢いよく殴る。
ガコンと石が中に入り込む音がして数秒経ってから、黒い染みのあった所の扉が横に動いた。
その奥にまた階段が続いている。
「よくやったわ! ヨル!」
「……ありがとう」
床を見ると、歪な円が一つ見えた。
半円ではなく円。
それを知っている気がする。
脳の底にこびりついた、記憶。
頭から血が出ると、こんなふうに広がっていたような気がする。
アスファルトの上とは違うかもしれないけれど。
《どうかしたか? ヨル》
「……ううん。なんでもない」
いつの間にか肩に乗っていたトリトーンに首を振る。
足元の円から目を離して、階段を見上げる。
「早く行きなさいよ!」
背中からイレーヌが声を掛けてくる。
もう暗闇には慣れてきただろうに、自分から前に行く気はないらしい。
私は溜め息を吐きつつも、慎重に階段を上っていく。
何かさっきのギミックのようなものはないかと探しながら、足元もよく観察して上る。
地下の部屋にいた時は地上がすごく遠くに感じられて、まるで別世界のようだったのに、今はすぐそこに外の世界がある。
慎重に階段を上って、また踊り場のような場所に辿り着く。
目の前は勿論行き止まりだ。
方向感覚が狂っているのでジェシカから聞いた屋敷の地図が頭に入っていても、どこに繋がっているかは分からない。
天井に扉があるわけではないから、屋敷の床を探しても扉がないというのは分かるけど、それだけで探せと言うのは無理な話だと思う。
「さっきと同じようなやつを探せばいいのよね?」
「うん。多分、私たちの身長よりも高い位置にあるはず…」
「背伸びしろってこと?
下手すると階段から落ちる、わ…よっ!」
そうは言いつつも、ぴょんぴょんと跳ねながら壁を叩く音がする。
それも危ないと注意しようと思って振り向こうとすると、私の足も少しだけ階段の方に出てバランスが悪くなる。
危ないと思って急いで足を引っ込めるけれど、ふと思う。
階段はそんなに長くはない。
傾斜も緩やかだけど石は所々削りが甘くて、怪我をする可能性は高い。
ここから落ちれば死ねるかもしれない。
例えば私がこの位置で腕を伸ばして、体勢が崩れたせいで落ちる。
もしくはイレーナみたいに跳ねて、着地を誤ったせいで落ちる。
そうすれば、この下で頭から血を流して死ねるんじゃないのだろうか。
あの位置で、あれがもしも血だまりの後なのだとしたら、ここで背伸びをしたのだとしたら……。
そう思って、背伸びをして手を伸ばす。
バランスが途端に悪くなって、足元がぐらぐらする。
でも、今度は少し押しただけで簡単に石が動く。
さっきと同じようにガコンという音がする。
「…………」
「…………何も起こらないけど?」
一分程待ってみるけれど、どこも動く気配がない。
「ダミーだったとか?」
「もっと顔を赤くするとか慌てるとかすれば可愛げがあるものを……。
でも、どうするのよ!
さっきから全然喋らないそのLBXに助けてもらうわけなの?」
「あんまり壊すのはどうかと…。
ここ全体が壊れると困るから。生き埋めは辛いと思うよ」
ジンたちの方はもう屋敷の中に入って、地下室への入り口を探している途中だろう。
屋敷を好きに動き回る訳にはいかないから誰かが付いているはずで、私たちと会話していれば怪しまれる。
とはいえ、LBXはちゃんと動いているので、会話自体は向こうに伝わっているはずだ。
「とりあえず押してみよう」
おそらくはここが開くだろうという壁を力いっぱい押してみる。
隣で私に倣うようにイレーナも押しているけれど、びくともしない。
「もう! なんなのよ!」
隣の彼女が壁から手を離すと、足を振って、彼女からすれば渾身の力で蹴る。
すごく軽い音がして、外に出て始めにやることは体力を戻すことなんじゃないかなと思いながら扉を押していると、不意に固い感触がなくなる。
「……へっ?」
思わず、間抜けな声が出てしまう。
突然のことに対応できず、体が前のめりに倒れていく。
久しぶりの白い光が目に痛い。
そう思ったのは一瞬のことで、次の瞬間には赤や青、紫や緑といった様々な色が視界に映る。
それに呑まれ、ふわふわとした柔らかい感触がして、息が出来なくなった。
■■■
「地下室への入り口って言っても、どこを探せばいいんだろう?
この前見た時は、特に変な所はなかったけど……」
ユウヤが後ろに不安そうな顔をして付いて来るエミリアさんに配慮しつつ、小声でそう言った。
LBXの反応は確かに屋敷の下にあり、近くにいるのは分かる。
そこまでは分かるがまだ地下から完全に出ていないのか、地下室よりも電波が安定しない。
「屋敷の中で、入り口……地下だから…」
「心当たりがあるのか?」
「ちょっと待って。
少し引っ掛かってるの。
確かそれっぽい部屋が……この先のエミリアさんの部屋のクローゼット、階段がとても急だったのよ。
あれって、もしかして、階段から先は地下になってるってことじゃないかしら?」
ジェシカはそう言いつつ、既にその部屋に向かっているようだった。
僕とユウヤもその後に付いて行く。
「普通は服を地下室に置くかな?」
「普通は置かないわ。
湿気とかがあるから、あそこはそれ用の処理がしてあるわけでもないし…。
でも、逆に怪しいと思うわ。
なんで、あの時気づかなかったのよ」
ジェシカは自分自身に憤りながらも、本人の許可も得ずに部屋の扉を開ける。
その部屋は僕は見ていなかったけれど、女性が使う部屋というよりは元は書斎のような印象を受けた。
ジェシカが先導し、クローゼットの扉を開ける。
広いウォーキングクローゼットはジェシカの言う通り、階段が設置してあり、何段か地下に下りる形になっている。
色鮮やかなドレスがひしめき合い、壁が見えない。
「ヨルー! いたら返事しなさい!
あー、もう! ドレスが邪魔!」
「ヨルくーん!」
綺麗に揃えられたドレスを掻き分けながら、壁伝いに地下への入り口を捜す。
CCMを確認すると、トリトーンの反応はすぐそばにある。
ここで間違いない。
しかし、ドレスの量が尋常ではない。
言われてみればではあるが、何かを隠しているように感じてしまう。
「何してるのよっ! この馬鹿者!
なんで埋まるかな!」
壁伝いに入り口を探していると、LBXの向こう側から何度も聞いた声が聞こえてきた。
その方向に急いで視線を向け、ハンガーから何着ものドレスが落ちるのも気にせずに、その場所を探す。
ごそごそと何かが蠢く音。
布を通した霞んだ声が聞こえてくる。
「ヨルっ!?」
彼女の名前を呼ぶ。
ドレスのカーテンを掻き分け、やっとその場所に辿り着く。
出来ていたのは色とりどりの布の山。
それがもぞもぞと蠢いているのだ。
中から微かに声が聞こえる。
くぐもっていても分かる、透明で涼やかな声。
その布の山の後ろでは、赤や青の布が舞う。
埋まっているのを助けようとしているのか、布の山を崩そうとしているのだろう。
「いたぞ! こっちだ!」
ジェシカとユウヤに向かって叫ぶ。
こちらに駆けて来る足音を確認しながら、僕は布の山に自分の腕を入れる。
肌触りのいい布の隙間に僕は漸く見つけた。
「え、何? もしかして、その中に埋まってるの?」
「うわっ! 大変だ!」
ジェシカとユウヤが僕の両隣で急いで布を退かしていく。
隙間からは白い光を反射して光る亜麻色の髪。
僕の手は彼女の小さな手を掴む。
その手に力を込めて、立ち上がり上に向かって引っ張る。
ずるりと布が動き、亜麻色の髪が零れ落ちる。
「ぷはっ! し、死ぬかと思った……」
そして、やっと彼女の姿をこの目で捉える。
布の山に片腕を埋めつつも、そこにちゃんと雨宮ヨルがいた。
眩しいのか、何度も瞬きをしながらも彼女は僕の姿を捉えたらしい。
少し困ったように微笑みながら、彼女は冷静にまるで何もなかったかのように言った。
「ええ、と…久しぶり? かな。
ジン。
元気だった?」
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