07.親友
ヨルを自習室の扉の前で待たせて、ソフィアと二人で中にいたシンシアに謝りを入れる。
「分かりました。待ってますね」
心底落胆した表情をさせるシンシアに、ソフィアは多少は申し訳なさそうに謝った。
「うん。ごめんねー。すぐだから、すぐ!」
ちょっと軽いけれど、まあ、いいかしら。
ソフィアに懇願するような、すごく残念そうな表情をするシンシアに私も謝る。
「私からもごめんなさいね。終わったら、すぐにここに向かわせるわ」
■■■
娯楽室に入ろうとすると、ヨルが少し顔をしかめたけれど、すぐにそれを元に戻した。
私は換気扇を止めてから、ボタンを操作して、今度は窓を開ける。
多少寒いかもしれないけれど、これで少しはいいかしら。
私は鼻をすんすんと鳴らして匂いを嗅ぐけれど、慣れ過ぎているのかしら。
それとも、私たちと日本人のヨルでは匂いの感じ方が違うのかしら、これが嫌な香りだという感覚が湧かなかった。
「ちょっとだけ場所を開けてもらってもいいかな?」
私がそうしている間に、ソフィアは強化ダンボールのジオラマを囲んでいた子たちに声を掛けていた。
彼女たちは楽しそうにLBXバトルをしていたのに、ソフィアを見ると笑顔で「いいですよー」とその場所を明け渡した。
嫌な顔一つされないのは、やっぱり彼女の人徳かしら。
ソフィアがほぼ無意識に私に差し出したスクラップブックを受け取りながら、私は審判として位置に着く。
「よし! やろう。
一対一でいいよね。ルールはスタンダードで」
「はい。大丈夫です」
ソフィアの提案したルールをヨルが了承する。
寮でするLBXバトルのほとんどはソフィアの言うようなルールで行う。
三対三に慣れてしまっていると、このルールでは仲間のサポートがなかったり、サポート専門のために負け癖が付いてしまう子もいるのだけれど、ヨルは大丈夫らしい。
お互いにCCMを開いて、フィールドにLBXを放つ。
ソフィアのLBXはオレンジ色に塗装されたジョーカー。
ヨルのLBXはエメラルドグリーンに塗装された、ストライダーフレームのオリジナルのLBX。
武器もオリジナルなのか、ドライバーのようなものを握っている。
「お! 珍しいね。オリジナル?」
「はい。ティンカー・ベルっていいます」
「なるほど。『ピーター・パン』か。
小さい頃、劇場で観たなー」
「……寝てそうだわ」
爆睡する姿が容易に想像出来る。
私が素直に感想を言うと、ソフィアが不満そうに頬を膨らませる。
バトルを見ようとして集まっていた数人の寮生も
「今ならいざ知らず、昔はちゃんと観てたって!」
「そうかしら。昔なら昔で、劇場で暴れ出しそうだけど…」
自分が主人公だ! と言って騒ぎ出しそうなものね。
昔から主人公になるのが好きというか、悪を挫くのが当たり前というか…。
いい加減に見えて、どこか正義感が滲み出るのがソフィアなのよね。
………ソフィアのお母さんの苦労がよく分かるわ。
「やらないって!
さあさあ、とっととバトルしよう!」
このままでは分が悪いと思ったのだろう。
彼女はCCMを構える。
私も「はあ」と溜め息を吐いてから、右手をすっと上に上げる。
ヨルがそれを不思議そうに見ていた。
何かおかしなところはあるかしら? と思って、これも寮独自のルールであることを思い出した。
「この手を下ろしたら、バトルスタートよ。
ちなみにバトル終了も手を上げることでするわ。
この寮ではこうやってするの。
内輪ルールなんだけどね。私が審判を務めるわ」
「そういうことですか…」
ヨルが納得したように頷いた。
こういう独自のルールが寮の中には意外と多い。
外部の人間を入れると余計に解るけれど、寮というのはすごく閉鎖的だ。
そのせいでリーゼリッテもここを出ることになったし……。
少しナイーブになりながらも、双方準備は出来たようなので、右手を下ろしながら「バトルスタート!」と宣言する。
「先手はもらった!」
先に動いたのはジョーカー。
ジョーカーはストライダーフレームの割に、その武器の重量は若干重くなっている。
バランスを取るのが難しく、動かすにも少しタイムラグがあるので、扱いづらいLBXの一つということになっている。
専用武器である「ジョーカーズソウル」がティンカー・ベルの首を狙う。
首はスタンダードレギュレーションとしては判定は限りなくグレーなのだが、ここでは一応は「あり」ということになっている。
ソフィアも加減は知っているので、相手のLBXの首が斬れることはないはず。
「………っ」
行動が遅れたティンカー・ベルがどうするのか。
ヨルは表情一つ変えずに、LBXを前へと走らせる。
ジョーカーとティンカー・ベルの間合いが狭まるのが予想以上に早くなるけれど、ソフィアはそれを予想していたのか、「ジョーカーズソウル」をそのまま振るうのではなく、ティンカー・ベルの背後に鎌を滑り込ませた。
「逃げても無駄!」
迫っていた距離を離すように、ジョーカーが後ろに機体を移動させる。
同じように「ジョーカーズソウル」も引っ張られて、後ろへ。
そのまま鎌がティンカー・ベルの首に接触する。
そう思った時、ティンカー・ベルが前に倒れ込んだ。
「あっ…!」
倒れ込んだティンカー・ベルの頭上を通り過ぎた「ジョーカーズソウル」がジョーカー自身の首へと迫る。
「うわっと!」
間一髪、武器を上へと投げ出すことで自傷は避けた。
でも、その代わりに前ががら空きになる。
ティンカー・ベルはその隙を狙ったのだ。
「おおっ!」というどよめきが起こる。
あの攻撃を躱せる人間はいるけれど、大抵はジョーカーよりも速く動いて避けるのに対して彼女は倒れ込むことで避けた。
その後に隙は出来るけれど、ジョーカーが武器を離したことで、逆にチャンスに代わる。
「………」
無言のままに、立ち上がったティンカー・ベルは武器を構えてジョーカーに向けて走った。
ドライバーのような武器が、パチンと音を立てて入れ替わる。
銀色のナイフ。
それがジョーカーに刺されば、大ダメージとなってしまう。
「この…!」
ナイフがジョーカーに届くまでに、軽い身のこなしで上から降って来た「ジョーカーズソウル」を構え直すとティンカー・ベルのナイフを受け止める。
刃物が合わさる嫌な金属音がする。
ジョーカーはその武器の長さでナイフを弾き返して、ティンカー・ベルの脇に軽く斬りつけて、より後方へと引かせる。
その隙にジョーカーが間合いを詰めた。
「『必殺ファンクション』!」
《『アタックファンクション デスサイズハリケーン』》
次に攻撃されるよりも先にジョーカーの「必殺ファンクション」が放たれる。
ジョーカーが回転することで黒い竜巻が生まれ、ティンカー・ベルが吸い込まれていく。
それを見て、私はこれでバトル終了かしらと右手を挙げる準備をする。
相手を弾き返してからの「必殺ファンクション」。
ソフィアの攻撃パターンの一つ。技の威力も高く、ジョーカーの方が動作が速い。
大抵はこれで相手を「ブレイクオーバー」に出来る。
実際に、私もこれで何度も「ブレイクオーバー」されている。
ジョーカーの攻撃パターンも癖も性能も全部分ってるのに、なんで勝てないのかしら。
不思議だわ。
そう思っていると、ティンカー・ベルが予期せぬ行動に出る。
パチンと武器をまたドライバーに変えたのだ。
「『必殺ファンクション』!」
《『アタックファンクション エレクトルフレア』》
バチバチと武器が青白い電気を帯びる。
台風の中に吸い込まれる中、足を土にめり込ませながら、ティンカー・ベルが勢いよく武器を投擲した。
電気を纏い、風に煽られることなく、まっすぐに竜巻を貫いていく。
投げた瞬間にバランスを崩して、ティンカー・ベルも竜巻の中に消えていく。
その中がどうなっているのかは分からないけれど、ヨルのCCMを覗くと、各部が損傷しているのが目に入るケージも減っていくのは分かった。
「…………」
ヨルはそれを無言で見つめていた。
黒い竜巻が消えて行き、「デスサイズハリケーン」が収束していく。
立っていたのは、ジョーカー。
でも、その隣のギリギリの場所にはティンカー・ベルが投擲した武器が地面を抉っていた。
当たってさえいれば、ジョーカーの方が先に倒れていたのだろうけれど……。
「か、勝った〜…!」
「…負けました。
強いですね。ソフィアさん」
やっと緊張が解けたというように言ったソフィアに、ヨルが笑顔で称賛を贈る。
「いやいや。ヨルも十分強いって。
それにしても、かなり早く終わったなー」
「だったら、早く自習室に行きなさいな」
「アリシアとヨルのバトルも見せてくれたっていいじゃない」
「い・い・か・ら!
得意でしょ? 情報学」
「専門だからねー」
「なら、ちゃんと教えてきなさい」
預かっていたスクラップブックを渡してから、ぐいぐいと娯楽室からソフィアを追い出す。
追い出す直前、ソフィアが首だけを少し後ろに傾かせた。
ヨルはそんなソフィアや私をじいっと見ながら、不思議そうに首を傾げた。
「アリシアもそこそこだから、楽しんでね。ヨル」
「はい。きっと楽しいです。
ソフィアさんは勉強、頑張ってください」
ヨルの素直な返事に、ソフィアに比べてどれだけ良い子かと頭を抱えたくなった。
ソフィアもこれだけ素直なら……。
結局ソフィアを自習室まで押して行き、私は娯楽室まで戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。いつものことだから。
次は私とバトルね」
私もCCMを開き、ウォーリアーを取り出す。
「土、抉れてるけど、大丈夫?
ちょっと予備を出してきましょうか?」
よく壊すソフィアさんに付き合って、私は慣れているからいいけれど。
「いいえ。このままで大丈夫です」
本当に大丈夫そうにヨルは言った。
彼女は強化ダンボールの中からティンカー・ベルを拾い上げると、簡単にメンテナンスをしてから、また強化ダンボールの中に戻した。
審判はさっきソフィアとヨルのバトルを見ていた子が務めてくれるというので、私も反対側からウォーリアーを強化ダンボールの中に放つ。
ふと見上げると、その一連の動作を見つめているヨルと目が合った。
「どうかした?」
私が尋ねると、ヨルが私のウォーリアーを指差して言った。
「いいえ。ストライダーフレームだとどうなるかなって」
「ああ。なるほどね」
私が納得すると、彼女は「それだけです」と小さく笑ったのだった。
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