Girl´s HOLIC!

06.浮上


一ヶ月に何通も手紙を書く。

メールでも電話でも簡単に話は出来るのに、手紙で。
学校の人には「変わってるね」と言われたり、「料金が勿体ない」とも言われたりするけれど、私はとても気に入っている。

リゼの大学寮での出来事の顛末を短くまとめる。
今日は二通。
A国に留学しているジンには、更にここ最近の生活やそれを含めて色々なことを書いて、もう一通にはそれに加えて、今度会うのでその時のことを少しだけ書く。

「……よし」

宛名を確認して、二つとも鞄に入れる。
出掛ける時に出そう。
切手もその時に。

今日はどんな切手を貼ろうか。
この前貼った記念切手は気に入ってもらえたみたいだから、今回も記念切手から選んでみようかな。

そう考えながら、ギシギシと音のする階段を下りる。
途中に積まれている本の山にぶつかると危ないので、そこには注意する。
こまめに掃除してはいるけど、本の数が多いのであまり綺麗に見えないのが、この家の残念な所だと思う。

一階に下りると、本の山の中から探し物をしているリゼの姿があった。
この家にも慣れてきたのか、少し前までは部屋の中でも服装をきっちりしていたけど、今は長袖のシャツにショートパンツのラフな格好で、綺麗な金色の髪も後ろで結んでいる。

「どこか行くの? ヨル」

お目当てらしい分厚い本を片手に彼女が私に訊いてきた。

「うん。大学寮に行くんだ。
また必ず行くって、約束したから」

「あー…アリシアに会いに行くのか。
一応訊くけど、私の面目とか考えてないよね?」

「? 考えてないよ。
こっちに来てから勉強で忙しくて、LBXバトル、あんまり出来てなかったから、楽しみなんだ」

どうにか高校に飛び級は出来たけど、それもギリギリで、私の現在の成績はあまり芳しくない。
友達もあんまりいないから、LBXの話で盛り上がるということもあんまりない。
宿題や復習、少しだけ早いけど大学に向けても準備しなくちゃだから、している暇がなかったというのもある。
LBXの整備と設計は一応毎日していたけど。

今は飛び級が一般的で、私ぐらいの年齢でも平気で大学に通っている子はたくさんいる。
現にジンは大学の方にも出入りしているらしい。
彼には追いつけないけれど、私も頑張らないといけない。

頑張ろう。頑張らなくては。

追いつきたい。彼に限らず、日本にいるバン君たちにも。
今はまだ、ずっとずっと遠いから。

「そう。
いやー、うん。歳を取ると余分なことばかり考えるわ。
いけない! いけない!
ヨル、ごめん。あんまり気にしないで。
遅くなるようなら連絡しなよ。
迎えに行くから」

リゼは笑顔でそう言って、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。

「うん。じゃあ、行ってきます」

彼女に笑顔でそう言ってから、私は家を出た。

まずは近くの郵便局。
そこで十五分程悩んで、ふわふわとした可愛らしいクマがプリントされた記念切手を買う。
男の子にクマというのは可愛すぎるかと思ったけれど、それもまたいいかと、手紙をポストに入れた。

赤いポストの底に手紙が落ちていくのを確認してから、大学寮に向かう。


この前も通った大きな門を今度は一人で潜る。

あの時とは違って、寮への道を歩いていると、寮生の人と擦れ違う。
男子寮と女子寮の分かれ道で待ち合わせをして指を絡め合う男女、忙しそうに道を駆けて行く人、CCM片手にLBXの話をしている二人…とにかく色々な人がここに暮らしているんだなと実感する。

あの中の何人がリゼを疑っているんだろう。

家族が…友達が疑われている、誤解されている。

自分が疑われるのも誤解されるのもどうでもいいように思えるけれど、私に対して誠実な眼差しを向けてくる彼女が誤解されているんだと思うと、お腹の底から黒々としたものが這い出てくる。

気持ち悪くなって、守らなければと思った。

私は本当に彼女の役に立ったのだろうか。
無理矢理大学寮に連れて行ってもらって、本当に正しかったのだろうか。
間違えてはいなかっただろうか。

「……考え過ぎかな」

リゼが納得したんだから、私もそれで良いはず。
私も納得しようとする。

そうしている間に、女子寮の玄関が見えてきた。
アリシアさんに連絡はしているので、寮母さんに言えば寮内に入っていいと言う。

その言葉通り、寮監室の小窓から寮母さんに声を掛けると、すんなりと寮内に入れてもらえた。

寮生の人に擦れ違いながら、そのまま娯楽室へと向かう。
不思議そうな顔をされるけれど、この前挨拶した人も何人かその中にはいたので、「お久しぶり」と話し掛けてくれる人もいた。

私の方も「お邪魔してます」と一礼して、それを何回か繰り返して、娯楽室に辿り着く。

他の部屋よりも少し豪華な扉を開けると、むわっとした熱気が溢れてきた。
匂いが籠っているというか、正直ちょっと苦手な匂いがする。
シエラさんがさせていたみたいな、色々と混じり合った匂い。

入るのに躊躇して、扉の隙間から中をそおっと覗くと、ビリヤード台や談話室と同じような椅子やトランプの置かれたテーブル、部屋の隅には昔どこかそれにで見たかもしれない玩具たちが埃を被っていて、それからLBXバトル用の強化ダンボールが置いてある。

昼間だけど室内は少し暗い。
理由は簡単で、食堂や談話室では大きめに取られている窓がこの部屋のは小さいのだ。
加えて、その窓がかなり上の位置にある。

陽の光の代わりに、暖色の明かりに照らされた部屋の中には数人の寮生。
その中にアリシアさんを見つけて、どうしようかと思っていると、彼女の方が私に気づいて近づいて来てくれる。

ふんわりとした笑顔で彼女は私に言った。

「いらっしゃい。ヨル。
どうしたの? 中に入らないのかしら?」

「あ、その…ちょっと、匂いが…」

「匂い? ああ。香水ね。
ごめんなさい。慣れ過ぎて、気づかなかったわ。
今、換気するから、少し待っていて」

アリシアさんはそう言って娯楽室の中に戻っていくと、換気扇を回した。
扉の隙間から私はその一連の動作を見ていたのだけれど、不意に背後から声を掛けられる。

「ねえ。ちょっといい?
中に入りたいんだけど…」

「あ、すみません。
今退きます」

急いで退くとその人は早足で中に入って、アリシアさんに声を掛ける。
その顔は少し不健康に痩せていて、心配になる。

「アリシアさん。ソフィアさんが時間になっても自習室に来ないんですけど…」

「ああ…また寝てるんだと思うけど、起こしてきましょうか?」

「すみません。頼みます。自習室で待ってるので、お願いします」

「上級生の部屋を訪ねるのは、勇気がいるものね。
まかせて」

アリシアさんはそのまま笑顔で外に出て来ると、私にもその笑顔を向けてくれた。

「私はソフィアを起こしに行くけど、どうする?」

どうする? と訊かれても、私は彼女の傍にいるのがいいので、答えなんて決まっている。
それに換気しているとはいえ、この部屋の匂いは私にはまだ耐えられない。

「私もソフィアさん、起こしに行きます」

「そう? じゃあ、一緒に行きましょう」

とてとてとアリシアさんの後に付いて行く。
すぐ上の階の一番端にあるソフィアさんの部屋の横のボードには、今度は緑色の紙が貼ってある。

『土曜日の十四時に情報学を教えてください。 シンシア』

…なるほど。これか。
ソフィアさんの部屋の扉をノックするアリシアさんの横で、改めてボードをよく観察する。

緑色の紙は思っていたよりも質が良いようで、他の紙よりも厚みがある。
こんな紙、普通はメモに使うかな。

それをじいっと見つめていると、アリシアさんが部屋の中に入ったので、私も扉から部屋の中を覗く。
部屋の中は意外ときちんと整頓されているけれど、机の上だけ書類や本が溜まっていて汚い。
新聞やゴシップが付箋を貼られ、積まれているのも目に入る。

アリシアさんはそれらに少しだけ視線を送ってから、ベッドの上で気持ちよさそうに眠るソフィアさんへと視線を移す。

「はあ…」


溜め息を吐きながら、たっぷりソフィアさんを見つめて、それからすうっと音もなく掛かっていた毛布を握る。
そして、勢いよくそれを引っ張った。

「むぎゃ!」

変な声と派手な音と一緒に、ソフィアさんはベッドから転げ落ちる。
腰を打ったようで、腰を擦りながら、未だに眠そうな目をして立ち上がった。

「ちょっと。なにー?
もう朝?」

「もう昼です! シンシアから勉強を教えるように頼まれてるでしょう?
早く起きて、教えに行きなさい」

「あー…確かに、そんなこと、ボードに貼ってあったっけ。
面倒だわー。
……ん? なんで、ヨルがいるの?」

ソフィアさんの目が私に向けられる。
私は慌てて頭を下げて、挨拶をした。

アリシアさんがまた溜め息を吐いて、私がどうしてここにいるかを説明した。

「LBXバトルをしに来たのよ。昨日言ったでしょう?」

「ああー。そうだっけ。そっちの方が面白そう。
よし! 一回バトルしてから教えよう」

彼女は勝手に決めて、決めた途端に動き出した。
机の上からCCMとLBX…ジョーカーと、スクラップブックらしきものを取り出すと髪を手櫛で整えてから、呆れるアリシアさんの横を通り抜けて、部屋から出て来た。

私を見て、にやりと笑って一言。

「私は強いぞー」

楽しそうな、無邪気な…一言だった。

私はそれになんと返答すればいいか解らなくて、「よろしく、お願いします」ととりあえずな返事をしてしまう。
でも使っているのがジョーカーだとするとあれはクセが強いし、それで強いと言えるのなら、彼女本人の操作能力が高いのだろう。

そう考えていると、彼女の抱えるスクラップブックに目が行った。
勉強にでも使うのだろうか。
指を指して、「それはなんですか?」と訊くと、彼女は笑顔で答えてくれる。

「私の宝物。あらゆる秘密が書いてある」

「ただの新聞記事やゴシップ記事のスクラップブックでしょう?
あ、ソフィア。メモ、片付けておくわよ」

部屋から出て来たアリシアさんが緑色のメモをボードから取りながら、呆れたように言った。
メモを服のポケットに仕舞い込むその様子をなんとなく目で追う。

じいっと見ていると、不思議そうに首を傾げられたので、慌てて目を逸らした。

「うん。よろしくーって、アリシアは夢がないなー。
まあ、でも、私の宝物。こういうの、好きなのよ」

ソフィアさんはそう言って、私にスクラップブックを見せてくれる。
ぺらぺらと捲るとアリシアさんの言うように大量の新聞記事とゴシップ記事が貼ってあった。
大して読めないけれど、「LBX」という文字が多いのは気のせいだろうか。

私は少し考えてから、それを閉じてソフィアさんに返す。

「興味があれば、いつでも見せてあげるよ」

人懐っこい明るい笑顔で彼女はそれを受け取ると、アリシアさんが少し怒ったように口を開いた。

「そんなことより、勉強!」

「分ってるって」

ソフィアさんはその言葉をさらりと躱すと、軽い足取りで階段を駆け下りていく。
アリシアさんはその様子に呆れながら、自分もその後に続く。

私は彼女たちの目をもう一度思い出してから、彼女たちの後を追った。


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