Girl´s HOLIC!

40.あの日、君が想ったこと


寮からは警察が何人も出入りをし、その中心ではどういう流れでそうなったのか、リリアさんが面倒そうに指揮を取っていた。

彼女は他国の人間なのにいいのだろうかと思いつつも、僕は辺りを見回して、ヨルを捜す。

たくさんの人がいる中、ヨルは一つのパトカーに寄りかかるようにして、寮の入り口を見つめながら立っていた。

「ヨル」

声を掛けると、ヨルが静かに僕へと視線を向けた。
青い瞳は疲労の色を滲ませていて、その白い首には暗闇でもはっきりと赤い首を絞められた痕が見える。
彼女は僕を見ると、心の底から安堵したように溜め息を吐き、僕に駆け寄ってくる。

「ジン! 大丈夫だった?」

「ああ。僕は大丈夫だが、君の方は…」

僕がそう言うと、彼女は自分の首をそっと右手でなぞりながら、困ったように笑う。
痛かったのか、微かになぞっていた指が止まった。

「大丈夫。痕が少し残っただけだから。
診てもらったけど、何ともないって。
この痕も数日すれば消えるだろうって、言ってたよ」

「……そうか。それなら、良いんだ」

「大丈夫」と言われてしまえば、それ以上僕が何か言うことは出来ない。
どこか苦い気持ちになりながらも、僕は彼女を見つめた。
ヨルは僕を見つめ返し、優しく微笑む。

「私よりも……ジンの方が大変だったよね。
負けないって分かってはいたけど、ティンカー・ベルは慣れない機体だから、何かあるかもしれないって思ってた。
余計な心配だったかな」

彼女のその言葉通り、慣れない機体ではあったが、ティンカー・ベルの動きはよく覚えている。
動きを真似ることはヨルの方が僕よりもずっと慣れているから、彼女に教えてもらえば、大した問題ではなかった。

ティンカー・ベルの動きに慣れるためにしたLBXバトルで、ヨルがゼノンの性能を理解し、僕の動きを真似ていたことを思い出す。
酷い既視感と眩暈のするような違和感に襲われたことも。

「ヨル」

彼女の名前をもう一度呼び、彼女に預かっていたティンカー・ベルを差し出す。
ヨルはティンカー・ベルを両手で受け取り、親指の腹でそのフレームを撫でた。
その動作は傷の有無を確認するようなものではなく、労うようなものであり、どこか義務的だった。

「……ありがとう。ジン」

柔らかく微笑み、お礼を言ってから、彼女は視線を僕から外す。
その視線の先には大きく開かれた寮の扉がある。

僕は彼女の隣に立ちながら、同じように寮の入り口を見つめた。

そこからは警察が何人も出入りをし、生徒が連れ出され、荷物が運び出される。
ヨルはここによく遊びに来ていたというから、知った顔もいるのだろう。
警察官に付き添われて生徒が出て来るたびに、少しだけ眉を動かした。

「リゼはどうしたんだ?」

「アリシアさんを殴った時に、指を強打して治療中。
もしかしたら、骨折したかもしれない…って」

そう言って、ヨルがパトカーと一緒に停まっていた救急車を指差す。
見ると、そこではリゼが右手に厚く包帯を巻かれている最中だった。
僕もCCM越しにアリシア・ホワイトを殴った音は聞こえていたので、「骨折」という言葉に思わず納得してしまう。

ヨルは申し訳なさそうな表情をしながらリゼの様子を見てから、再び寮の入り口に視線を戻す。

何を待っているんだろうかと思ったが、その答えはすぐ分かった。

寮の入り口から、何人もの警察官に囲まれて、アリシア・ホワイトが出て来たのだ。

顔を俯かせて、唇を噛みながら、疲れ切ったような灰色の瞳をしているその人がアリシア・ホワイトだということが僕には分からなかったが、ヨルの表情が変わったことで気づいた。

青い瞳の奥で透明な輝きが揺れる。

悲しそうな瞳をしている彼女に、首を絞められたということに対する戸惑いや恨みは皆無であり、それに違和感が増す。

ソフィア・アッシュに向けていた眼差しとは違う。

あの時、彼女は抵抗しようとしていたように見えたのに、何故アリシア・ホワイトでは抵抗の意志を見せなかったのか。

それに通り魔事件のLBXで戦った時も違和感を感じた。
あまりにも簡単に倒せてしまったことに。

ティンカー・ベルの性能なら、僕が倒すよりも先に倒せたはずだ。
あの通り魔事件のLBXは確かに強いが、今まで戦ってきた人たちよりも劣っているのは明らかだった。
ヨルは不意打ちを喰らわされたからだと説明していたが、それにしても僕と互角の戦いをし、努力に裏打ちされた確かな技術があるというのに、ここまで倒せなかったのはおかしい。
日本を離れたことで緊張の糸が緩み、感覚が鈍ってしまったことも考えたが、彼女がゼノンで戦った時にそんなことがないことは解り切っている。

だからこそ、余計に解らない。

まさか、被害者を増やしたかったのかと思ったが、そうなると今回の行動そのものがおかしくなる。
それならば、ただ放っておけば良かったのだから。
もしくはもっと相手を刺激してやればいい。
煽ることはそう難しくないはずだ。

ヨルの考えが読めない。

その瞳の奥に黒々とした感情が眠るのに、その黒い感情がどんなものなのかが解らない。
それに焦りが増す。
ほんの少し前と同じことを繰り返しているようで……。

「………ヨル。
どうして、アリシア・ホワイトが真犯人だと分かったんだ?」

知らず、僕はヨルにそう訊いていた。

直接訊きたいことはたくさんあるにも関わらず、出て来た問い掛けはそれだった。

ヨルは闇の中でもはっきりとその色が分かる、澄んだ青い瞳で僕を見上げる。
亜麻色の髪の間から白い首に残る赤い痕が見えてしまう。
酷く生々しい、殺意がねっとりと纏わりついた痕。

彼女は僕を見上げ、そして、ふっと寂しげに笑い、アリシア・ホワイトへと視線をやる。

彼女の姿はパトカーの中へと消えるところであり、その扉が閉じれば、一連の事件の全てが終わったと安堵出来るはずなのに、それとは反対に心臓が軋むような音を立てる。

「お母さんに……似てたから」

「えっ……」

ぽつりと呟かれた、静かな言葉に僕は間抜けな声しか出せなかった。

僕も彼女と同じようにアリシア・ホワイトを見て、ざらついた記憶の中のヨルの母親の姿を思い出す。
髪の色も瞳の色も背格好も雰囲気も、何もかもが違う気がした。

ヨルはそんな僕の様子を横目で見て、微かに苦笑する。

「眼差しが一緒だったんだあ。
お母さんと同じ。
だから、この人なら……と思って、やっぱり駄目だった」

蕩けそうな甘い声に、寂しさが混じる。
暗い盲目さが滲み出るその声にぞくりと背筋に悪寒が走った。

そして、同時に何かを掴みかけているような気もしたのだ。

ざらりとした砂を噛むような嫌な違和感に耐えつつ、ヨルの硝子の鈴を転がすような澄んだ甘い声に耳を傾ける。

「私ね、お父さんの気持ちがやっと分かった気がする。
……お父さんもきっとこんな気持ちだったんだろうね」

「……『お父さん』、か」

その言葉は、僕にとっては脳裏にこびりついた記憶を呼び覚ます、苦痛を伴う言葉だった。
それはヨルも同じだろうと思ったが、彼女は痛みと共にもっと違う…激しい感情を孕んでいるはずだ。

「お父さん」と言った時のヨルの瞳は淀み、濁っていた。
暗い感情が、静かに彼女の瞳を満たしていく。

僕はその時、やっとヨルが何をしようとしていたのか……何をしてしまったのか、解ってしまった。

ヨルは彼女がずっとされてきたことと同じことをしたのか。

だから、アリシア・ホワイトに懐いていたのか。
だから、首を絞められても、何も抵抗しなかったのか。

そうだとしたら、なんて滑稽なんだと思いながらも、ヨルの盲目さや必死さを知っているから、そんなことは言えなかった。

ヨルはまっすぐに寮の敷地内から出て行くパトカーを目で追う。
僕は彼女の白い首を見てしまう。

生々しく残る赤い痕に手を伸ばす。

触れたヨルの白い首は温かく、僕の指が触れると彼女が小さく震える。
痛みからか、ヨルはぎゅっと目を瞑った。
肩にかかっていた亜麻色の髪が音がなく零れ落ちて、僕の手を撫でる。

「……どうかしたの?」

ヨルがどこか淀んだ瞳で僕を見上げ、当然の疑問を口にする。

僕はそれに対して、どうにか微笑んでから、首を横に振った。
上手く笑えているか、不安で仕方がない。

「いいや、なんでもない」



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