Girl´s HOLIC!

38.Girl`s HOLIC


暗い中で間接照明の明かりとパソコンの青白い光が満ちるだけの空間は懐かしいけど、居心地は良くなかった。

果てしなく続きそうな暗闇の中には、天井からゆらり、ゆらりと揺れるお父さんの死体がないと分かっているのに、どうしても慣れない。

息苦しい。
寒い。
視界が暗い。

CCMから聴こえる音に耳を澄まし、深呼吸をした。


私の言葉にアリシアさんはゆっくりと、本当にゆっくりと振り向く。
彼女は胡乱な灰色の目を大きく見開き、肩を震わせ、真っ青な顔をして私を凝視している。

「…断りもなく部屋に入ってくるのは、あまり褒められることじゃないわよ。ヨル」

いつもの大人っぽい口調。

だけど、そこにいつものような余裕はない。
切羽詰っていて、一歩後ろに下がったのか、ガンっという椅子の足にぶつかる音が室内に響いた。

「ごめんなさい。アリシアさん。
でも、現場を抑える必要があったので、声を掛ける訳にはいかなかったんです」

私が素直に謝ると、アリシアさんは面喰ったような顔をする。
目を何回も瞬かせて、一瞬緊張の糸が緩んだみたいだけど、状況を思い出して、眉を再び吊り上げた。

それに反して、私はにこりと笑って、言葉を続ける。

「アリシアさん。
私、通り魔事件の犯人が分かったんです」

私が唐突にそう切り出すと、アリシアさんは更に肩をびくつかせた。

「……ソフィアのこと?
私も驚いたわ。まさか、彼女があんなことをしていたなんて……」

顔を伏せ、心から心配そうな声音をさせて、アリシアさんはそう言った。
アリシアさんはソフィアさんの友人だ。
その反応は当然だと思うけれど、灰色の瞳の奥にはソフィアさんへの別の感情が見えるような気がした。

私は彼女の言葉に首を静かに横に振る。

「確かにソフィアさんも犯人ですが、彼女は私とアリシアさんを襲って、シエラさんを刺しただけです。
彼女が私に言ったように、それ以外のことはしていないと思います」

「……それだけやったなら、十分じゃないかしら?
それにね、昼間、警察の方が来て、ソフィアの部屋の物を持って行ったわ。
クスリを寮内で売っていたんですって。
私もそのことについて訊かれたわ。
……メモが暗号みたいになっていたみたいよ。
ソフィアは頭が良いから、そんなことも思いついたんでしょうね」

アリシアさんは俯きがちに、重ね合わせた手を震わせる。

「そこです。
そもそも、メモを使ったことが不自然です。
ソフィアさんの部屋の前のボードは古いメモが溜まっていて、彼女がそのままにしていたことが分かります。
私がここに来た時もメモに書かれた約束を守らなかったこともありましたし、普段からメモは適当に読むだけで、それほど気に掛けていなかったのではありませんか?
そんな彼女が相当なリスクを伴うクスリのやり取りをメモでするでしょうか?
それに彼女は私にスクラップ帳を見せてくれた時、クスリの売人が捕まって、嬉しそうにしていました。
彼女は子供みたいに無邪気で、同じように彼女なりの正義を持っています。
自分がその人たちと同じになることに納得するとは、私には思えません。
だからこそ、自分よりも悪だと思ったシエラさんを刺してでも、自分が同じ場所に立つ訳にはいかなかったんです。
自分が見下していたものに、自分自身がなってしまうなんて、それって酷い屈辱だったはずなんですから」

雨の中、シエラさんを刺し、私へとナイフを向けたソフィアさんを思い出す。
子供染みた正義感。
馬鹿馬鹿しいのかもしれないけれど、あれは本物で、彼女の言葉もまた本物だったはずだ。

今、信用ならないとしたら、それは――……。

「……私たちを騙すために、わざとやったんじゃないのかしら?」

「そうかもしれません。
でも、そうだとして、LBXの説明が付きません。
ソフィアさんのLBXはジョーカーの塗装を変えてカスタマイズしたものでしたが、私が最初に戦ったLBXはジョーカーを基にしているのかもしれませんが、オリジナルのLBXでした。
彼女が本当に犯人なら、どうして、元のLBXを使わなかったのでしょうか。
私と戦っても、あのLBXは致命傷を受けてはいなかったのに。
それに、何より……」

私は静かにアリシアさんの背後にあるパソコンを指差す。

動揺していたからか、画面は立ち上がった時のままで、そこには暗い路地と小さく壊れたLBXの姿が映し出されている。

「そこに私が戦ったLBXが壊れているのが、何より貴女が犯人だという証拠じゃないですか。
アリシア・ホワイトさん」

くすくすという笑い声を混ぜてそう言うと、アリシアさんが鋭く私を睨む。
ぎゅっとスカートの裾を強く掴み、ふるふると震えた。

淡いセピア色の明かりとパソコンの青白い光に照らされて、埃が輝く。

息を呑む音。
呼吸をする音。

二つが響き、混じり合い、沈殿し、室内が恐ろしく冷え切っていくのが分かる。

「………一つ、訊いてもいいかしら?」

「はい。なんでも訊いてください」

「……どうして、ヨルがここにいるのかしら?」

それは彼女の最大の疑問だろう。
そして、アリシアさんが自分のしたことを認めたということでもある。

私は出来るだけ穏やかに、その質問に答える。

「それほど、不思議なことではありません。
そこにいるのは、私の……」

一瞬だけ、言葉に詰まる。

「私の友達です。
彼の方が私よりも強いので、お願いしました。
強かったでしょう? 彼は」

私がそう言うと、アリシアさんは余計に私を睨んだ。
それにどう反応していいのか困ってしまって、結局は微笑み続けるようにするしかない。

「『必ず倒す』という約束を果たさなかったのね。
嘘つきだわ、ヨル」

「………『私が』とは一言も言っていませんから」

我ながら白々しいと思いながらも、ここで動揺してはいけないと自分に言い聞かせる。
大丈夫。嘘は慣れているから。

静かな室内には呼吸の音しかしないはずなのに、身体の内側からドロドロとした何かがそれを閉じ込めている透明な膜を一枚一枚溶かして、剥がしていく音がする気がした。

気持ち悪い。
慣れ親しんだ感覚だったけれど、やっぱり気持ちの悪い感覚だ。

「どうして、私が通り魔事件の犯人だって分かったのかしら?
他に根拠はあるの?」

アリシアさんが据わった目をして私に問いかける。

「最初に気づいたのは、一回目に戦った時です。
戦い方がアリシアさんの戦い方に似ていたから……随分とソフィアさんの戦い方に似せてはいましたけど、首の狙い方がそっくりでした」

私はそう言って、自分の首に手を当てる。

通り魔事件のLBXの動きはソフィアさんのジョーカーにひどく似ていたけれど、最後で癖が出たのかもしれない。

ただ、それだけで確信を持つには弱すぎる。

「次に気づいたのは、ソフィアさんのスクラップ帳です」

「スクラップ帳?」

「はい。ソフィアさんのスクラップ帳を見た時、私は確信したんです。
アリシアさん、貴女はソフィアさんにヒントを与えすぎました。
私も一連の事件を調べるために、新聞やゴシップ記事をたくさん読みましたが、どこにもLBXの武器や塗装の詳細が載っている記事なんてなかったんです」

私はそこで一旦、言葉を切る。
私よりもずっと高い位置から灰色の瞳で睨み付けられているけれど、別段それに恐怖は感じなかった。

すうっと目を鋭く細めてから、私は続ける。

「それなのに、スクラップ帳には詳細にLBXの特徴が書かれていました。
加えて、だいぶ前に起こったLBXの事件も同じ通り魔事件として扱われていました。
あれこそ、本当にどの新聞やゴシップ誌にも載っていません。
ソフィアさんがあの記事を見て、そうだと決めつけられるでしょうか。
それにソフィアさんが切り出していた記事は大手の新聞ばかりで、あんな地方紙の小さな記事には目を通していませんでした。
それならば、あの記事を提供したのがアリシアさんだとするのが妥当だと私は思います。
それに……」

私は服のポケットから、シエラさんから渡されたあのメモを取り出す。
紫色の綺麗な紙は淡い光に照らされて、くすんだ色に見えてしまった。
アリシアさんにメモに書かれた文字が見えるように、それを前に突き出す。

「先程言ったように、こんなに分かりやすいメモで、わざわざ連絡を取り合うでしょうか。
ソフィアさんの部屋の前を通る時に嫌でも目につきますし、……シエラさんがソフィアさんに証拠として提示したとしても、あまりにも分かりやす過ぎます。
お粗末としか言いようがありません。
ならば、これはそもそもソフィアさんを嵌めるための罠だったのではないのかと、私は考えます。
もっと言うならば、最初からソフィアさんと…自殺未遂をしてしまった彼女を嵌めるために全部仕組んでいたのではありませんか?
本来なら比べてはいけませんが、彼女たちの負った傷は他の人とは比べものにならない程に深いものだったのは、そのためではないのですか?
アリシアさん」

「…………」

私の質問にアリシアさんは無言だ。

全ては私の推察で、彼女の方から話してもらわないと、何もかも本当のことは分からない。
彼女は私と違って、偽物の奥にある自分のことを知って欲しいとか、そこから抜け出したいとか、そういう不健全な願望はきっと持っていないはずだから。

灰色の瞳を見据え返す。
その中にある感情が分かるような、分からないようなとても複雑な形をしていて、内側から醜いものが這い出そうと足掻いている私には少しばかり毒が強すぎるような気がした。

私は言葉を紡げば紡ぐほど、何故だか無感情になっていく自分が嫌になりながら、アリシアさんを傷つけるために一人でしゃべり続ける。
メモは再びポケットの中に仕舞う。

「それとも、本当に気紛れのどうでもいい凶行だったのですか?
それは……本当に、とても……酷いことで、許されてはいけないことです」

実際はそんなことは全く…ではないけれど、少ししか思っていなくて、でも感情を込めるようにしながらそう言った。

「………酷いですって?」

空気を一段と冷たくするような声が響く。

その中には激しい怒りも混じっていて、ほう…と少しだけ溜め息を吐いて、耳を傾ける。

「先にやってきたのはソフィアの方だったんだから!!
毎日毎日毎日毎日、飽きもせずに汚い言葉や醜い笑いをしてきたのはあっちの方なのに!
クラスの奴らも、先生もそうよ!!
寄ってたかって、玩具みたいに私を虐めたのよ!!
無視して、嘲笑って、なじって、捨てて、憐れんでわざわざ拾い上げて……また同じことの繰り返し!
ソフィアは家が近いからって、朝から私の家にやって来て、面倒をみてやってるって言って……。
白々しいにも程があるわ。
あれが彼女の正義なのかしら?
クラスの不満を私で解消することが団結の為って言うのなら、あの子の正義は正しかったわね。
ソフィアこそ、私を率先して虐めていたもの。
ねえ、ヨル。貴女に私の気持ちが分かる?
抜け出せない地獄みたいな箱の中で、みんなが楽しんで、将来のことや遊びのことを嬉しそうに語っているのを聞きながら、みんなを恨んでいる惨めな気持ちが分かる!?」

私はその叫びに首を横に振ろうかと思ったけれど、それより先にアリシアさんの方が必死になって叫ぶ。

その姿を何とも言えない、自分自身を見ているような気持ちになりながら見ている。

「惨めよ……本当に惨め…。
あれって不思議よね。
理不尽な思いをしているのは私の方なのに、あいつらは何の罪の意識もなくて、自分に原因があるんじゃないかと考えて、自分の醜さに絶望して、どんどん追い込まれていくのよ。
馬鹿馬鹿しい!
大して理由もないのに、追いつめられるのは私の方だけなんて、都合が良過ぎるわ。
あいつらこそ、地獄に落ちるべきよ!
私と同じ惨めな思いをするべきよ!
だから、傷つけたのよ!
怖かったでしょうね? なんで自分が…って思ったんじゃないかしら?
理不尽を呪ったかしら?
ちょっと甘すぎたかしら? 一人ぐらい、本当に殺しておけば良かったわね」

ふふ…っと、とても楽しそうにアリシアさんが笑う。
生々しい言葉を吐いているはずなのに、その顔は怒りの感情に似合わず、晴れやかで遊びの予定でも立てているみたいな明るさがあり、それでいて、ぞっとするほど冷たい感情が滲み出る。

アリシアさんはいつもは大人しく微笑んでいるのに、今は醒めない悪夢の中にいるみたいで、息苦しい。

「それが理由ですか?」

私がそう訊くと、アリシアさんは良く出来ましたと言うように笑った。

「そうね。でも、これはおまけみたいなものかしら。
これぐらいだったら、別にここまでのことはしなかったはずよ。私」

「…………」

今度は私が無言になる番だった。
アリシアさんは本当に楽しそうに、さっきまでの無言が嘘のように饒舌に語る。

「自殺しようとしたあの子ね、私と同じ。虐められたのよ。
これはソフィアと私から聞いたでしょう?
それで、私は虐められなくなった。
清々したと同時に私、とても恨んだのよ」

「……どうしてですか?」

私が本当に分からなくて、そう訊くと、アリシアさんは私を蔑むような瞳をした。

「どうしてって、だって、あの子が虐められ始めたからよ。
私じゃなくても良かったのよ。
私なんて、虐められて当然のどうでもいい存在で、特別でもなんでもなかったのよ。
自分たちの鬱憤が吐き出せる、丁度良い誰かがいれば、それだけであいつらは満足だったの。
特別だったのは、私じゃなくて、あの子の方ね。
綺麗な顔で、意志が強くて、自分から立ち向かっていったあの子は……私を余計に惨めにするには十分だったわ。
それだけなら、まだ良かった。
問題はその後よ。
ソフィアはね、何食わぬ顔をして、『アリシアは私の友達だよ』って言うようになったのよ。
笑っちゃうわ。
友達ですって!
自分がやって来たことを全部、勝手に水に流して、友達なんて言って、私の親友になった気になってるのよ!!
私は何一つ許していないのに、許された気になってるなんて……じゃあ、私がずっと苦しんできたのはなんだったのよ!?
全部なしにしろっていうの!?
あれだけ苦しんだのに! 死ぬほど絶望したのに!
どうやったって、私が苦しんだ時間は! 地獄のような日々は変わらないのに!
だから、復讐してやったのよ!
どっちも死ななかったけど、でも、死んだも同然よね!
美しかった顔は爛れて、出来損ないの正義はボロボロだもの!
生きることが地獄でしょうね。
生きている限り、死ぬより辛い目に合わせ続けられるなんて、とても素敵なことだわ」

怒りと憎悪に満ちた目をカッと見開いて、アリシアさんが私を睨む。

こうやって私も叫んだなと思わずにはいられなかった。

強い感情をぶつけられるのは、痛い。

無感情になっていく私に止めどなく注がれて、痛みが蘇ってきて、内側からボロボロと崩されていくかのようなこの感じは気持ち悪いけれど、でも嫌いではない。
私が私に還ってくる、この場には合わないとても変な感覚。

「……でも、それならシエラさんは…」

「ああ、あの子。
私がソフィアを徹底的に嵌めるために、クスリを売ってたのがバレちゃって、脅してきたのよ。
シエラの家はね、彼女は自慢していたけれど、随分とお金に困っていたみたい。
お金のために随分卑しいこともやっていて、利用させてもらったの。
ほとんどの寮生は私のことを信頼していたのに、どうにもリゼはそうはならなそうだったから、ついでに追い出してもらったのよ。
おかげでこんなことになってしまったけど、もっと徹底しておくんだったわ。
失敗したわね。
シエラに寮からの抜け道を提供してあげるまでは、上手くいったのに……」

「それなら、もう手詰まりのはずです。
自首してください。アリシアさん」

「自首? どうして? ソフィアが捕まったんだから、もういいでしょう?
何のためにLBXで犯罪を起こしたと思っているのかしら?
何のためにソフィアの専攻を勉強したと思ってるの?
彼女のLBXの癖を真似したのかしら?
全部、彼女を嵌めるためにやったのに!
ねえ、だから、今回は目を瞑るから、帰ってくれないかしら? ヨル。
お友達の彼と一緒に。リゼにも適当なことを言えば、どうにかなるでしょう?
この部屋には私が犯人だと言う証拠はないんだから。
ね?」

クルクルと変わる声や表情に目が回りながらも、私は首を横に振る。

何があっても、LBXは強化ダンボールの中にいるべき玩具で、犯罪などに使ってはいけないし、だいぶ感覚が鈍っているけれど、ネットを介してのLBX操作も本来は役に立つことに使うべきで犯罪のためにあるわけではない。

そんなことを頭の中で並べて、でも、やっぱり自分勝手な考えが頭の片隅にある。

LBXは私にとってはまだ…何なのかはよく分かっていないけれど、LBXがこのまま犯罪の道具になったら、悲しむ友達がいるから。

その奥にはもっと醜いものがあると分かってはいたけれど、今は見えないことにする。

「それは出来ません。
それにここで話したことが私とアリシアさんだけの秘密にしたいのなら、それは無理な相談です。
私がここに来た時点で、その可能性はありません」

ゆっくりと意識して呼吸しながら、服のポケットに手を入れる。
硬い感触がして、それを取り出すと照明のせいか、古ぼけて見えるCCMが姿を現す。

アリシアさんの顔が歪むのまでは確認することが出来た。

「アリシアさん。
私が何の備えもせずに来たと思っているのなら、それは間違いです。
ここでの会話は全て録音させてもらいました。
これを警察に持って行けば、確たる証拠にはならずとも、きっかけにはなるでしょう。
だから、その前に……アリシアさん」

「自首してください」と再び言おうとした時、私の声が空気を震わせ、音になることはなかった。


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