Girl´s HOLIC!

02.我が憎むべき仲間たち

やっと追い出せた。
正義面して憎ったらしいあの子。
自分が正しいフリをして、何が面白いのか、ちっともわからない。


■■■


「はあ…秋めいて来ましたなあ」

朝の空気の肌寒さを感じながら、郵便ポストから新聞と手紙を取り出す。
データ配信が主流の今、高い紙媒体を好き好んで取っているのは珍しい。
とはいえ、慣れてしまえばなんてことない。これはこれで味がある。
新聞にざっと目を通すけど、目立った事件はなし。
昨日も今日も変わらず平和らしい。

手紙はヨルに一通、誠士郎さんに葉書が何枚か。
私へは……ないな。よし。

「ヨルー。手紙ー」

「ありがとう。ええ、と…」

「あー。いつも通り、机の上に置いておくから」

このやりとりも慣れたもので、それぞれの郵便物は部屋に放り投げておくか、部屋の前に置いておく。
先に一階にある誠士郎さんの部屋の扉の隙間から葉書を滑り込ませる。
次にヨルの部屋へ。

「おじゃましまーす」

彼女の机の上に手紙を置く。
ついでに広げられたノートの問題の答えが間違っていたので、その隣にヒントを書いておく。

さて朝食を食べたら、二週間ぶりの学校だ。表向きは。
………停学中に研究室に出入りしていたことがバレたので、一週間延びたのは何も言うまい。

「置いてきた。ごはん食べよう」

「ありがとう。いただきます」

「いただきます」

日本式に手を合わせて食前の挨拶。
食べ物への感謝の気持ちを表しているらしい。
新聞と同じで慣れればどうってことないが、最初はなかなか戸惑った。

ヨルの用意してくれた朝食はパンとスープ、サラダと紅茶の簡単なものだったけれど、私が作るものより美味しい。
主にスープが。パンが焦げていないのもポイントが高い。

「ヨル。今日は学校は?」

「………行く」

「じゃあ、送ってく。
帰りはどうする?」

飛び級して近くの私立高校に通うヨルはいつも学校に行くわけじゃない。
聞いた話では日本であまり学校に通っていなかったらしく、メンタル面や体力的なところを考慮して通っている。
とは言っても、休むのなんて一ヶ月に一回程度で普通の病欠みたいなもののようだ。
私からすれば、何が変なのかはよくわからない。
一緒に過ごした日が浅いのもあるけれど。

「……大学、見てみたい」

「大学? 面白くもなんともないよ。
大学見学ならいつでも出来るし」

「私が大学に入ろうとすると、必ず迷子かって言われるから、リゼと行きたい。
親切だけど迷子扱いされて、入り口まで返されるのはちょっと…」

「ああー…」

ヨルの身長なら納得だ。
年齢よりも低いその身長では、小学生と間違わられてもしょうがない。
中学生ですら通じないのを何回も見ている。
飛び級をしている中学生なんて珍しくもないのに、それすら信じてもらえないのも珍しい。

うん。納得した。
私の通う大学はそこそこ有名な大学で見学したいというのもわかる。

「わかった。ヨルの学校から大学近いし、正門に着いたらCCMに連絡して。
迎えに行くから」

「うん。よろしくお願いします」

「うん。任された」

会話しつつ、時間もそろそろ危ないのでパンを口に放り込む。
一限まで時間はあるけれど、なるべく早く行って人に会わないようにしたい。
……まあ、嫌でも目に耳に入ってくるから、これは無駄な努力なのだけれど。

「リゼ」

「んー?」

「……学校、楽しい?」

なんでもない質問みたいにヨルが訊いてくる。
その質問は私には難しい。
難しいけれど、スープを一気に飲み干しながら、私は答えた。

「時と場合による」



「あー………しんどい」

大学図書館の本棚の奥で私は大きく溜め息を吐いた。

朝からみっちり授業、教授に休みの間のプリントを貰いに行き…その他諸々手続きや再三の説教を喰らったのはまあまあしんどかったけれども、一番効いたのは…

「ほら。あの人…」

「知ってる! 寮に男を連れ込んだっていう…」

これだ。
私にかけられた冤罪が二週間で大学中に広まっているのである。
おかげで陰口言われるわ、「俺も誘ってくれよ」とガラの悪い男たちに話し掛けらるわで……参った。
正直、一週間ぐらいでもう少し下火になると思っていた。

寮の奴らが広めたに違いない。
シエラも率先して広めたはずだ。

私は素知らぬ顔で本棚から分厚い革張りの本を取り出しながら、これからどうするかを考える。
噂は放っておけば、そのうち治まる。
こういうものは生ものであり、日が経てばそれだけで勝手に消えていく。
今日のように何もないふうに受け流せばいい。
最悪、耐えられなくなったなら睨み付けでもすれば怯んでくれる。
目つきが悪いのもたまには役に立つものだ。

結局は噂で、私にとっては事実無根の嘘。
冤罪であることをしっかり主張すればいい。
癪ではあるけど、処罰も受けた。

気にすることは何もない。
何もないけれど…けれども!

「シエラの奴、どうやって男を部屋に連れ込んだんだ?」

私が研究室に籠っている間だから、私という障害は簡単に片付く。
問題は寮の防犯カメラ。
あの頭がぽやぽやした馬鹿はどうやってあれを回避したんだろう。

それさえわかれば良いと思う。
冤罪を晴らすのはもう無理だ。
騒げば噂が本当のことのようになりかねない。
諦める代わりに本当のことが知りたい。

「寮に近づいたら、それだけで問題になりかねないよなー」

知りたいけれど、知れないのが今の私の現状だ。

「あらら〜、リゼじゃない?」

「……うげっ」

噂をすればなんとやら。
私を退寮に追い込んだ張本人がのんびりとした顔をして、私がいる本棚の奥に入って来た。
この棚は数学関連の本ばかりで、文学専攻のこいつがくるはずがない。
さっきの二人組の話でも耳に入ったか。

ふんわりとしたブラウンの髪を揺らしながら、近寄ってくる悪魔。

シエラ・ガーネット。
寮での私の元同室者。イギリスの片田舎の名家出身。家族の仲は良好で、両親はホテル経営に精を出していて、自慢の兄は名門のパブリックスクール出身云々…とにかく自慢話ばかり浮かんでくる。
いや、そういう話がお得意なのだけれど。

「何の用?
一人部屋の感想でも言いに来た?」

「まさか! そんなわけないじゃない。
私、貴女をずーっと心配していたのよ。
変な噂も立ってるし、貴女の遊び相手も処罰を受けたでしょう?
リゼが学校を辞めたらどうしようって!
本当の本当によ? 私のこの目が信じられないっていうの?
同じ大学の友達でしょう?
友達が信じられないのかしら?」

「ほら!」とシエラが髪と同色の目を私に近づけてくる。
その目は心配というよりも面白そうであり、狡猾な蛇の目だ。
それに私はこいつが私以外にも他人の噂をあることないこと流している現場を見たことがある。
それが原因で退学した人が何人もいることも知っている。
一年間、同室者だったのは伊達じゃないのだ。

私は持っていた本を盾にして、にじり寄ってくる彼女を制する。
それに気を損ねたらしい彼女は頬をわざとげに膨らませて、踊るようにその場で一回転する。
スカートがふわりと舞い、甘ったるい香水の香りが漂う。
実に女の子らしい。

「あれはシエラの男でしょ。
ベッドに連れ込んで何してたかは知らないけど、私まで巻き込むな」

「連れ込んだのはリゼの方じゃない。
ダメよー。しっかり認めなくちゃ。
私のお気に入りのシーツまで汚したんだから!」

「……ふざけ――」

「そこの二人、静かにしなさい!」

一際大きな声で、司書の人が私たちを注意した。
私の暴言は中断され、お互いにバツが悪い。
顔に出そうになったところで、シエラはすぐににこにこと笑った。
私はそんなことは出来ないし、この場にいるとまた暴言を吐きそうなので、持っていた本をそのまま手にして本棚の間から出る。
周りには人だかりが出来ていて、想像以上に大事になっていたらしい。
いくつか私に対する非難の声が聞こえてくる。
この場合は私にも非があるので反論出来ないのが、我ながら歯痒い。

「すみませんでした。以後気を付けます」

「ごめんなさい。私が少し粗相をしてしまって…本当に申し訳ありません」

丁寧に頭を下げるシエラに比べれば、私の態度は素っ気ない。
これ以上ここにいるのが嫌で、彼女を一睨みしてからこの場から立ち去る。

シエラへの文句ばかり考え、本棚の間をすり抜ける中、ふと視線の端にとある本が映る。
英訳されたLBXの専門書。
背表紙には「Yamano Junichiro」という著者名。

「………」

私はそれを無造作に本棚から引っこ抜くと、持ち出したもう一冊と一緒に借りることにする。

大学図書館を出たところで、CCMに着信。

「もしもし…?」

《もしもし…え、と…正門に着いたんだけど…》

相手はヨルだった。
私は小さく深呼吸をしてから、なるべく平常心を心掛けて話し出す。

「わかった。
迎えに行くから、そこで待ってて。
知らない人には付いて行かないように」

《わかってるよ》

短い会話を終えて、通話を切る。
ふうと深呼吸をもう一度してから私は正門に向かって歩き出した。

その間、また何人かに声を掛けられたけれど徹底的に無視した。


「待った?」

「ううん。そんなに待ってないよ」

なるべく笑顔で正門にいたヨルに声をかける。
私を見上げる青い目は私に訝しげな視線を向ける。
そして、彼女は不思議そうに首を傾げた。
私はそれに危機感を覚えて、彼女が何か言い出す前に私の方から声を掛けてしまう。

「どこが見たい?
研究室とかはあんまり見せられないけど、食堂とか講堂とかなら…」

私がそう提案すると、ヨルは少し考えてから口を開く。

「……ねえ、リゼ。
私、ここでリゼを待ってる時、貴女を待ってますって言ったら『あの淫乱女の…』とか変なこと言われたんだけど…」

「………」

ヨルの口からとんでもない言葉が出て来る。
こんな子供にそんなことを言ったのは、どこのどいつだ。
いや、それより…。
言ったのは誰かと訊く前に、私は冷静を装ってヨルに言う。

「気にしないでいいから。
そうだ。今日は大学見学は止めて、どこか違う所に行こう」

私を誤解される前にここから離れよう。
新しい友達にまで、私がそういう女だと思われたくない。

そう言ってヨルの手を引っ張ろうとするけれども、逆に私の手を掴まれる。
弱い力だけれど、それ以上の意味を持つかのように。

色の薄い青い眼差しが私に向けられる。

ヨルの目はぞっとするくらいに澄んでいる。

「リゼ。笑顔、下手だよ。
苦手なのに、そういう笑顔は無理してしない方がいいよ。
癖になると面倒なことになるから。
ねえ、それよりも……」

ヨルが私を真摯に見上げてくる。
純粋な青色。
そして
唐突に不敵そうに頼りがいのある笑顔をした。
とても不釣り合いだと思うけれど、妙に引き付けられる笑顔。

「私、大学寮を見てみたい」

硝子の鈴のような繊細な、それでいてしっかりとした声でヨルは私にそう言った。



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