Girl´s HOLIC!

37.幕引きの時

幼い視線が怖い。

何かを求めるような、でも押しつけがましい視線ではない。

ただ…時折見せる酷く暗くて、果てしない青い瞳が怖い。


■■■


ジンが髪を梳いてくれたのが朝で、私の見える世界は輝いているように見えたのに、今は真っ黒な夜の帳が下りている。

「……見えないな」

空を見上げれば、星も見えるはずなのだけれど、今は少しガスが掛かったようで、ぼんやりとしか見えなかった。

まだ冬は先だというのに、吐く息が少しだけ白い。
店の暖色の灯りがぽつり、ぽつりと灯るだけの黒く塗りつぶされた街を歩いて行く。

歩みを進める度に街の灯りは減っていき、今まで何回も訪れて、あまり良い思い出のない暗く狭い路地へと導かれるように進む。

緊張からか、心臓が早鐘を打つ。
それに反し、自分の手は驚く程冷めていて、気温が低いから冷たいのではなく、体の奥から冷たいという感じで……気持ち悪い。
暗闇に視界を遮られる中、響いてくる音に耳を澄ませる。

地面叩く足音。
零れる吐息の音。
煉瓦造りの壁に手を着ける音。

どれも普段聞いている何気ない音が、妙に落ち着く。

深呼吸を一つする。

そして、まっすぐに前を見つめると、何かが起動するような音が聞こえてきた。
聞き覚えのある音。

それもそのはずだ。

その音はLBXの足音で、今度こそ本物の通り魔事件を起こしていたLBXなのだから。

防犯カメラの首がぐるりと動き、こちらを見た。
鈍く、赤く光る眼がこちらを捉え、ありもしない邪悪な微笑みが見えたような気がした。
元からこちらもあまりする気はなかったけど、話し合いで解決することは無理そうだ。

CCMを構え、ボタンを押す。
ぼおっと画面が光り、相手と同じようにティンカー・ベルが地面へと降り立った。

エメラルドグリーンのフレームが闇の中で浮かび上がる。

「………」

無言のまま、睨み合う。

武器は構えてはいたけれど、ドライバーもナイフも何も出していない。
すぐに出せる状態ではあるけれど、相手の出方を見る。

相手のLBXの手には長い鎌が握られていて、路地に差し込む微かな明かりを反射し、その眼と同じように鈍く光った。

それが合図のように、LBXはティンカー・ベルへと襲い掛かってくる。

体勢を低くし、ギラリと輝く鎌を構え、それを下からティンカー・ベルに向かって振り上げた。
ティンカー・ベルはドライバーを出して、それを受け止める。
金属と金属が擦れ合う音が路地に響き渡った。

鎌によって繰り出される連続攻撃を正確に捉えて、流して、躱していく。
傍から見れば、ティンカー・ベルの方が追い込まれて見えるけれど、CCMのケージを見ると、それほどダメージを与えられている訳ではない。

でも、ティンカー・ベルは個々の武器の攻撃力はそれほど高くない。
機体も軽さを重視しているから、相手の鎌を弾き返すことも出来ない。
相手の攻撃の隙間を狙うしかないのだけれど、武器の大柄な動きの割に隙が少ない。

ティンカー・ベルのドライバーは攻撃範囲は狭いけれど、その分正確に関節部を捉えることが出来れば、ブレイクオーバーにも追い込める。

今回は相手の姿をしっかりと捉えられている。

ドライバーで鎌の刃をとらえて、隙が生まれた瞬間に手首を狙う。
それをチャンスと思ったのか、相手は鎌の刃を首の真後ろへと持って来た。
そのままスライドさせれば、ティンカー・ベルの首と胴体を真っ二つにすることも可能だろう。
バランスが崩れれば、その隙に《必殺ファンクション》でも放てば、ブレイクオーバーには追い込めなくても、ティンカー・ベルの体力をかなり削ることも出来るだろう。

でも、こっちだってそうはいかない。

瞬時に身を屈めて、ドライバーを入れ替える。
出て来たのは銀色に輝くナイフだ。

ナイフを下から上へ振り上げ、その武器を握る右手を狙ったのだろうけれど、相手のLBXがギリギリで躱して、代わりに左手が赤い火花散らしながら切れた。
切れた左手首がティンカー・ベルの頭上を通り過ぎ、落下する。
ティンカー・ベルは切った次の瞬間には、強烈な蹴りを繰り出し、相手のLBXが後方に跳ぶ。
深い暗闇の奥で、ティンカー・ベルの武器で切った部分から火花が飛び散る音がする。

それを見逃さなかった。

「《必殺ファンクション》!!」

《アタックファンクション エレクトルフレア》

銀色のナイフが青白い閃光を纏う。

相手のLBXが体勢を立て直してしまう前に、ティンカー・ベルは武器を力強く投げた。

まっすぐに、ぶれることなく、まるで吸い込まれるように暗闇に紛れかけているLBXに突き刺さる。
ナイフが刺さった部分から青い閃光が激しい音を立てながら、傷口から這い出て来て、相手のLBXに絡み付き、頭から飲み込んだ。

直後に相手のLBXが光り、ブレイクオーバーの音がした。
ガシャリと機械が倒れる音も。

未だ青白い電流が微かに走っていたけれど、もう動き出そうとはしない。


私はそれを確認すると、仄暗い廊下に立ち、目の前の扉を開ける。

隙間から体を滑り込ませて、中に入ると、光の量を極力抑えた間接照明の仄かな明かりが部屋を包んでいた。

よく整理整頓された部屋だけれど、なんだか不気味だ。
床に敷かれた毛の短いカーペットを有り難く思いながら、部屋の奥へと歩いて行く。
それほど広くはない部屋だから、部屋の一番奥に辿り着くのはひどく簡単だった。

ぼおっと浮かび上がるパソコンの明かりに照らされて、怒りに震える背中が見える。

小刻みに手を震わせるその人に、私は……ただ静かに声を掛けた。


「そこまでです。アリシアさん」



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