Girl´s HOLIC!

35.揺らぐ青


「《必殺ファンクション》!!」

《アタックファンクション ブレイクゲイザー》

距離を詰め切れないと判断し、僕は瞬時にCCMを操作して、ゼノンの《必殺ファンクション》を放つ。
《ブレイクゲイザー》はヨルと彼女の目の前の人物を分断し、銀色のナイフの刃は粉々に砕け散る。

銀色の欠片は彼女たちの足元に散らばり、ヨルが先程の衝撃でバランスを崩して尻餅をついた。
同じように紅茶色の髪をした女性も倒れ込む。

カランとナイフが地面に落ちる音が路地に響き、僕は地面に落ちたナイフは路地の入口の方に蹴り飛ばす。

そして、ヨルと女性の間に立ち、ゼノンに武器を構えさせた。

「無事か! ヨル」

目の前の紅茶色の髪を雨に濡らす女性を見据えながらも、背後のヨルにも注意を払う。
彼女は何度かゆっくりと意識的に呼吸を繰り返してから、緩慢な動作で口を開く。

「私は……大丈夫だよ。ジン」

「……そうか。良かった」

安堵しつつも、警戒は解かない。

地面に散らばる銀色のナイフの欠片を呆然と見つめる女性を見据える。

「…貴女がソフィア・アッシュですね」

僕が彼女の名前を呼ぶと、その肩が一際大きく震えた。
ナイフをその手に持っていた時はもっと鬼気迫るものがあったような気がしたが、今は弱々しく瞳を揺らしている。

「大人しくして頂ければ、手荒な真似はしません。
僕はLBXで人を傷つけたくはない」

僕の言葉に彼女はソフィア・アッシュは少しだけ視線を下げる。

彼女はLBXで人を傷つけようとしたという。
自分のやったことを思い返してでもいるのだろうか。

僕は更に言葉を続ける。

「リゼが既に警察に通報しました。
貴女に逃げ場はありません」

「……っ。あんたみたいな……子供に……」

僕の言葉に彼女は怒りに満ちた声で呟くが、僕の足元のゼノンを見つめ、砕け散った銀色の刃を見つめ、唇を強く噛んだだけだ。
唇が切れ、血が水面に落ち、波紋を作った。

「……子供に…負けるなんて…!」

悔しそうに、彼女は水に沈んだ拳を握る。

僕の背後からはヨルが立ち上がったのか、パシャンという軽い水が跳ねる音がした。
雨でしっとりと濡れた亜麻色の髪が僕の視界に映り込む。

同じように雨に濡れた服はヨルの肌に張り付き、所々その白い肌が透けて見えた。
雨粒で肌は普段よりも白く澄んで見え、何故か彼女がどこか別人のように思えてしまう。

そして、青い瞳でソフィア・アッシュを憐れむように、申し訳なさそうに見つめていた。

それをソフィア・アッシュは見上げ、更に唇を噛んだ。
握った拳が震え、浅い水面に微かに波紋が浮かび上がる。

でも、それ以上は何もなかった。
パトカーの物と思われるサイレンの音が聞こえて来たからかもしれない。

「……………許さないから」

ソフィア・アッシュは雨音や近づいてきたサイレンの音に紛れてしまうほどの声で、そう呟く。
ヨルはその言葉を……目を鋭く細め、言われて当然だというように聴いていた。

青い瞳の中にどんな感情を沈めているのか、僕には分からなかった。


■■■


「あれ…リゼは?」

事情聴取を終え、警察署から出て来たヨルはきょろきょろと周囲を見回してから、僕にそう訊いてきた。
水を多分に含んだ髪が首を振ったことで、服や肌に張り付いている。

「着替えの準備と誠士郎さんに報告するからと、先に帰った」

「ああ。なるほど…」

ヨルは僕の言葉に納得したように頷きながら、僕の隣に並ぶ。

雨は既に止んでいて、道には大きな水溜りがいくつも出来ていた。
服や髪は乾き始めていたが、水を含んだ服や張り付く髪が気持ち悪い。

「……帰ろうか?」

「ああ」

雨に濡れた街を二人で歩く。

ヨルは僕の少し後ろを歩きながら、僕はなるべく彼女の歩幅に合わせるようにしながら、どこかぎこちない距離を保つ。

ただ無言のままという訳にはいかないので、お互いに警察で訊かれたことを話し合う。
僕はそれほど長くはなかったが、ヨルは僕やリゼよりも時間が掛かった。
リゼの話では、ヨルは三回目の事情聴取らしく、本人は慣れたものなのかもしれないが。

「特に変なことは訊かれなかったけど……ソフィアさんだけが通り魔事件をしたんじゃないとは、言った。
ただ今回は色々な事件が同時に起こってるから、連携が難しいって…」

そう視線を伏せたまま、彼女は言った。
パシャンとその足が水に入り、小さく水が跳ねる。

「……今日明日では、捕まらないということか?」

「そうだと、思う。
私たちの集めた証拠が何になるって訳でもないし、やっぱり難しいみたい。
一応は……犯人が誰かは話したんだけど……」

ヨルはそう言って、もう一度水を小さく跳ねさせる。
僕に水が掛からないように注意しているが、あまり行儀の良い行動とは思えなかったので、服の袖を引いて、水溜りから抜け出させた。

そのことに彼女は何も言わず、水溜りを避けて、僕との距離を離したり、近づけたりしながら、子供のような動作で歩く。

「………ジン」

そんなことをしていると不意にヨルが立ち止まり、僕の名前を呼んだ。

振り返ると、ヨルはまっすぐに僕を見つめてから話し出す。

「…勝手なことして、ごめんなさい。
それから、あの時、助けてくれてありがとう」

「いや、君が無事で……本当に良かった。
それに、その言葉は僕よりもリゼに言った方が良い。
彼女があの場所に連れて行ってくれなければ、僕は君を助けられなかった。

ただ、次からは勝手な行動はしないようにしてくれ。
……心配する」

僕はそう言って、ヨルの頭に手を置く。
髪が乱れないようにゆっくりと撫でると、ヨルは視線を俯かせた。

そして、もどかしそうに服の胸の部分を強く掴む。

「うん。出来るだけ、そうする」

「ああ。そうしてくれ」

涼やかな普段通りの声ではあったが、視線は俯いたままだ。

ヨルは何を考えているのだろうかと思い、彼女の頬に張り付いていた亜麻色の髪を払う為に頭を撫でていた手を彼女の輪郭を撫でるようにしながら、頬へと手を近づける。
僕の指が頬に触れると彼女は微かに肩を強張らせたが、特に嫌がることはなかった。

濡れた髪が指に絡み付き、触れた部分が少しだけ熱を持つ。

「……私のせいなの」

ヨルが僕に漸く聞こえるぐらいの小さな声で呟く。
その言葉に、思わず髪を払っていた手が止まる。

彼女はそれを水のように澄んだ瞳で見つめ、僅かに呼吸を震わせながら言葉を続けた。
震える呼吸が僕の中の違和感を刺激し、思わず目を逸らしそうになって、それをどうにか堪える。

「私がもっと早く……犯人は他にいるって言うべきだった。
そうすれば、ソフィアさんはこんなことしなかった。
シエラさんも傷つかなかった。
………人を傷つけることの意味を、もっと深く考えて、最初から行動すべきだったの。
責任は私にある。
でも……だから、ジン」

ヨルが僕の名前を呼び、漸く顔を上げる。
亜麻色の髪が払い終わり、彼女の頬から僕の指が離れるのもそれとほぼ同時だった。

ヨルの深い青色をした瞳と見つめ合う。
お互いの吐息が混じり合うほどに彼女の顔が近くなり、懇願するような瞳が僕を見ている。

「頼みたいことが、あるの」

涼やかな声が耳を撫でた。

僕を見上げる瞳は懇願する、その中に様々な感情が絡み合っている。
奥底に沈む黒々とした感情、それを覆うように澄んだ感情が見えた気がした。

「…頼みたいこと?」

「うん、ジンなら出来ると思うから。
証拠をすぐに消し切れるとは思えないけど、明日…明日の夜には捕まえたい。
だから……協力してほしい」

ヨルは今度は視線を下げず、むしろ絡み合う感情を隠すように強い意志が見え始める。
僕もその瞳を見つめ返し、隠された感情の意味を考え、すぐに頷き返すことは出来なかった。

彼女は僕から目を逸らさない。

見つめられ、吐息が混じり合う中、僕は彼女の言葉を頭の中で反芻する。
「最初から」という言葉。

ヨルはこうなることを想定していたのか?
そうだとしたら、「最初から」というのはいつからだ?

ヨルへの疑惑に喉が渇いて、言葉が張りつく。
協力すると最初に言ったのは、僕だ。
そうだというのに、たったの一言がなかなか出て来ない。

「……分かった。協力しよう」

時間を掛け、漸く僕はヨルの瞳を見つめて、そう返す。

僕の言葉にヨルは安堵したように微笑み、そして、どこか泣きそうな顔をしながら囁く。

「…ありがとう。ジン」

その言葉が彼女へと疑心を抱く僕の胸に突き刺さる。
不自然なまでに純粋な眼差しを向けられれば尚更だ。

じわりと嫌な汗が背中を伝う。

気持ち悪さが腹の底からせり上がって来るようだった。

「ヨル。
君は何をしようとしている?」

思わず、そんな捉えどころのない質問をしてしまう。
いや、突き詰めてしまえば、「雨宮ヨル」になることが彼女のしようとしていることだ。
そんなことは分かっている。

ヨルは僕の質問に驚いたように目を丸くした。
何度か瞬きをし、そして彼女はまた泣きそうな笑顔を浮かべる。

しかし、それも一瞬だ。

彼女はすぐに満面の笑みを浮かべていた。
かつて良く見た作り物染みた笑顔は、今の僕にも違和感の塊だ。

「……鳥海ユイになること以外のこと、だよ」

躊躇することなく、彼女は言った。
その言葉に僕は自分の顔が強張っていくのを感じた。

ヨルはそんな僕を見て、苦笑する。
僕よりも身長が低く、精神面もずっと幼く見える時があるのに、その笑顔は大人びて見えた。

「大丈夫だよ。ジン。
もう私のなりたい誰かにはならないし、誰になったって、本物になんて、なれないんだから。
私だって、他の人だって無理なことぐらい……」

ヨルはそこで言葉を切り、一度だけ深呼吸をする。

「ちゃんと、分かったから」

それは自分に言い聞かせるように、何かを諦めたような声だった。

ヨルはそれきり何も話さず、僕も何も話せず、嫌な沈黙を保ったまま家路を急ぐ。
その沈黙は家の前で腰に手を当て、仁王立ちにしていたリゼが、

「こっの! ちびっ子っ!! 馬鹿っ!
何、勝手なことをしてるんだ!
怪我したらどうする? 殺されたらどうする?
少しは危機感を持て! 状況を推測しろ!
一言ぐらい、私たちに何か言いなさい!
ジンも、私も……心配したんだから!」

「ご、ごめんなさい…」

ヨルの肩を掴みながら、心から怒り、悲しみ、心配した声で叫び、ヨルが情けない弱々しい声で謝るまで続いた。



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