Girl´s HOLIC!

29.微笑みの彼方


まっすぐに僕の目を見る青い瞳、そして耳に残る透明な声。
言われた言葉を頭の中で反芻し、僕は彼女に問いかけた。

「……戦い方の癖以外にそうだと判断する要素はないのか?」

僕がそう言うと彼女は顔色を変えず、瞳の奥底の色も変えずに、首を横に振った。
視界の端には鋭く目を細める誠士郎さんの姿が映る。
その瞳が翠色というだけで、その様子は随分とヨルに似ていた。

ぷかり、と輪の形をした白い煙を器用にパイプから吐き出す。

沈黙が流れる中、リゼがカップとポットを乗せたトレイを手にやって来るのが見えたが、僕はヨルから視線を離せずにいる。
リゼの方は厳しい表情をさせながら、コポコポと場違いに穏やかな音を立ててカップに綺麗な琥珀色の紅茶を入れると、そっとそれぞれの前に置いていく。

「真犯人が捕まっていないとして、君はどうしたいんだ」

僕がそう訊くと彼女は確かな意志を持った、先ほどとは違う澄んだ色をした瞳を僕へと向ける。
その中に黒く濁ったような色はない。
呼吸の音も耳に響くことはなく、自然に空気に溶けていく。

「まだ…やるようなら、止めたいと思う」

その確かな言葉に、紅茶を飲んでいたリゼの瞳が静かに細められる。
ヨルとは違う青色の瞳は少し不満そうではあるが、ヨルを咎めるわけでもなく、何か考えるような眼差しだった。
誠士郎さんはパイプを燻らせ、退屈そうに……心配そうに僕たちを見ている。

僕はヨルの言葉を飲み込み、同じようにまっすぐに見つめ返す。
目を伏せることはなく、それでいて深海のように深くなっていく瞳に僕の方が吸い込まれそうになる。

「……それなら、僕も手伝おう」

自分自身のその言葉に、僕はかつて自分の言った言葉を思い出す。

助けになると言った。
答えを見つける手助けをする、と。

それが最善だと信じたことを。

僕の言葉に彼女は目を丸くして、それから「ありがとう」と小さく呟く。
僕がそれを確認すると同時に、パンっと渇いた音が響き渡る。

「じゃあ、今後の方針が決まったところで、私から一言」

凛とした説得力のある声が聞こえてくる。

さっきの音はリゼが手を叩いた音だったのか、手を合わせたまま彼女は僕たちを見据え、正確にはヨルを見据えた。

「その真犯人って、誰?」

その言葉にヨルは少しだけ肩をびくりと揺らす。

リゼはその態度を見ながら急かすことはなく、とても信頼しているというように瞳の青色を輝かせてヨルの返答を待つ。
目の前のヨルは何度か深呼吸してから、リゼを見つめた。

「……それは、まだ分からない。
ソフィアさんとは全然関係ない人ではないと思うけれど、でも、今まで分からなかったわけだから…」

彼女はリゼをまっすぐに見つめたまま、そう言った。
彼女の透明な声は嘘を吐いているようではないが、どこか違う響きがあるような気がした。

リゼはヨルの目をじっとしばらく見つめてから、「ふむ」と一つ頷く。
そして、隣の誠士郎さんへと視線を移した。

「…ということですが、止めますか?」

「…………」

ぷかり、と白い輪が吐き出される。
彼は唸りながら、リゼを見て、僕を見て、それからヨルを見つめた。
ぷかっと吐き出された白い輪は不恰好な形をして崩れた。

「大怪我をするようなら止めるけど、今のところは止めない。
リリアは怒るかもしれないけれど、納得するまで好きにするといい。
俺も人のことは言えないしね」

それは研究に没頭しすぎているという意味か。
彼は白煙を燻らせるパイプから口を離し、再びヨルを見る。

翠の瞳はヨルと同じようにどこか感情の読みにくい色をさせ、二人の視線が交錯する。
どちらも何を考え、そうしているのだろうか。

見つめられているヨルはその意味が分かるのか、小さく頷いてみせる。

僕が少なからずヨルの考えていることをその青色の瞳から分かるように、彼もまたそうであり、ヨルも同じように通じるものがあるのだろう。
それとも、これが血縁というものなのか。
僕とヨルとはまた違う、見えない糸のようなものが確かにあり、僕はそれに密かに安堵した。

「うん。まあ、本当に無理をしないように。
特にヨル。君はね」

彼は最後にそう言って、再びパイプに口を付けた。
その様子を隣にいたヨルは頷いて了承し、温くなった紅茶をさり気なく香りを嗅いでから飲み始める。
僕も確認してから飲み始めるが、特に変な味はしない。
リゼがあまり料理が得意ではないということは知ってはいたが、さすがに紅茶までではなかったらしい。

ヨルを見るとゆっくりと紅茶を飲んでいたかと思うと、青く澄んだ瞳で琥珀色の水面を見つめている。
水面が彼女の手の動きで揺れる度に、紅茶の中の彼女も同じように揺れた。

何を考えているのだろうかと思いながら、その様子を見ていると、不意に誠士郎さんが僕に訊いてきた。

「あ、そうだ。海道君、これは提案なんだけど…」


■■■


ぎしり、と古びた音を立てる階段を上る。

「二階は私とリゼの部屋。
奥の方が私の部屋だから、何かあったらリゼの部屋に入って、私を呼んでくれてもいいから。
リゼにはさっき確認したから、好きに部屋の中に入ってもいいよ」

「いいのか?」

「うん。
机とかクローゼットとかをあんまり触られると困るけど、部屋に入るぐらいだったら気にしないから」

そう言いながら、階段をまた上る。
階段の途中にはやはり本が積まれており、三階に近づくごとに何故か育児書やLBXの専門書が目立つ。
赤ん坊が描かれた表紙を横目で見ながらヨルの後を付いて行くと、二つある扉の内、奥の方の扉を開けて、僕を手招いた。
その手に持っていた真新しいシーツと枕を持ち直して、部屋の中に入っていく。
僕も続けて中に入れば、窓から暖かな光が差し込み、少しだけ視界がぼやける。

「ここがジンに使ってもらう部屋。
掃除したばっかりだから、清潔なのは確かだけど、古いのは我慢してくれると嬉しいな」

「それはいいが、本当に僕が泊まっても大丈夫なのか?」

扉の先クローゼットとベッド、それから机があるだけの簡素な部屋を見回しながら、僕は再度ヨルに確認した。

「どうして?
日本では隣の部屋同士だったんだから、今更気にしないよ」

そう言って、彼女は首を傾げた。

誠士郎さんから言われてたのは「こっちにいる間はここに泊まるといい」という簡単なことだった。
彼にはこの家を訪れることを話してはいたが、元からじいやとそういうふうに決めてもいたのだろう。
宿泊先は心配せずともいい、と言っていたじいやの言葉も納得だ。

「服とかはさすがに用意してないから、明日にでも買いに行くので大丈夫?」

「ああ」

彼女はそれだけ言って、持っていたシーツをベッドに掛けようとする。
シーツの方がどうやっても大きいのでまごつくヨルを僕も手伝う。
掛け布団を出すのも手伝い、ヨルが机の中やクローゼットの中を確認し、最後に暖かな光を取り込む窓を換気のために小さく開ける彼女の背中を目で追う。

亜麻色の髪に光が反射し、白く輝く。
瞳の青色も柔らかな澄んだ色に変わる。

その姿を見ながら、僕はその背中に問いかけていた。

「ヨル」

「んー?」

白く小さな手を窓硝子に滑らせ、彼女は僕を振り返る。
海のように深く青い瞳と目が合い、僕はそれに少しだけ目を細めた。

「……何か、僕に隠していることはないか?」

それはつまりは、僕が彼女が隠したがっているのかもしれないことを知っているということにもなるのだが。

僕のその言葉に彼女は目を丸くした。
顎に手を当て少しばかり考えた後、彼女は再び僕へと微笑みを向ける。

「何も、隠してないよ」

硝子の鈴を転がすような涼やかで透明な声。
感情の見えにくいその声に合わせるように、おかしそうにくすくすと笑い出した。

懐かしい、何度となく聴いた渇いた笑い声。
くすくす、くすくすと静かに寂しく、僕の耳へとその声が届いた。


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