Girl´s HOLIC!

27.私の希望


ヨルがジョーカーを倒してから一週間と少し。
あれから事件に進展はなく、犯人が捕まったという話もなければ、事件が起こったという話もない。
本当に何も進展していない。
事件がないのは有り難いし、ソフィアが捕まっていないということはもしかしたら犯人じゃないかもしれないということで精神的に多少は楽だけれど、やっぱり不安の方が大きい。

事件は起こらないけれど、二人であれこれと話し合って、調べているのに変わりはない。
ただ気になるのは、ヨルの様子が少しばかりおかしいということで……。

何かを隠しているような気がしてならない。
何かは分からないけれど、私としてはヨルに送っている私の通り魔事件のファイル。
少し覗いただけなのだけれど、私の持っているファイルとは違う。
最初の方に何か書き込むがされていて、また違う事件が書かれているのだ。

「ねえ、ヨルのファイルの最初の方の書き込みって、何が書いてあるの?」

「ちょっとしたメモだよ。
覚え書きだから、気にしないで」

覚え書きのわりに写真や新聞記事も入っているような気がするのだけれど……。
そうとは言えず、「そっか…」と頷くしかなかった。
いや、引き下がらずとも良いのだけれど、どうにも距離感が掴み辛くなっているような気がする。
やっぱり私とヨルでは友人として、多少なり距離があるのかもしれない。
よくよく考えると、事件の話以外、大したこと話してこなかったからなあ。

というわけで、久々に休みらしい休みなので、ヨルと何か話そうと思っているのだけれど……。

「リゼ、引っ張りすぎ…。さすがに痛いよ」

「ごめんごめん。
あんまり結んだことないから……大丈夫。
慣れて来たから」

何故か、ヨルの長い亜麻色の髪を結っている私がいる。
言い出したのは私なのだけれど、髪を結んでいる間に会話も出来るし…良いかなと。
櫛で梳かして、前見たように三つ編みにするだけなのに、嫌に難しい。
どうなってるんだ、これ。

髪の毛を三つの束に分けて編むのは分かる。
力加減が難しくて、緩めるとバラバラと髪が零れていくし、力を入れ過ぎるとヨルが痛そうな声を上げる。

「三つ編み、止めてもいいよ。
そのままでも問題ないから」

「いや、ここまで来たら絶対綺麗にやる。
今日は暇だし…ちょっと待ってなさい」

「……はーい」

ヨルが気のない返事をする。

私は何回か結んだら戻して、戻しては結んでを繰り返す。
そのうちに本当に慣れて来て、これなら話しながらでも出来るかと思って、今度は話しながら髪を結ぶ。
まだ力加減が難しいけど、問題ないだろう。

「ヨルはさ、日本ではどんな生活してたの?」

「うーん……普通の生活、かな。
学校は休みがちだったよ。
今は一週間、ちゃんと行くから、なんか嘘みたいだよね」

「へえ…。病気か何か?」

「えっと…うん。病気。
風邪を長く拗らせたのと色々あって、うん。本当に色々あったんだ」

ヨルはそう言って、言葉を濁す。
あまり話したくないんだろうと思って、この話は流すことにする。

「じゃあ、LBXはいつからやってる?」

「いつから…いつから……小学五年の三月ぐらいからかな」

「二年ぐらいか。
ヨルはLBXバトル、強いよね」

「……私、全然強くないよ。
友達はもっと強いし、最初は操作しても転んでばっかりだったから。
バトルだって負けてばっかりで、全く勝てなくて、勝てるようになったのは本当に最近なんだ。
初めて勝った時は、本当に嬉しかったなあ。
嬉しいって、本当に久しぶりに思ったよ」

ヨルは懐かしそうに呟く。
青い目はどこか暗い色を孕み、私にはない感情が眠っている気がする。
ヨルの過去には何があったのだろうか。
知りたくない訳ではない。
でも、知らなくても、友達でなくなる訳じゃない。
本人が話したい時に話してくれればいいか。

「ヨルはLBXが好きなんだ」

「……どうだろう。
好きっていうよりも、それ以外になかったから。
あったんだけど、何も関係なく出来るのはLBXぐらいだったから。
普通かな。
今は少しぐらいは楽しいのかもしれない。
一日中触っている時もあるし……よく分かんないな」

不思議な言い回しと寂しげな声音。

一日中触っているなら、学校でやる勉強や運動でもないし、好きなのではなかろうか。
そう私は思うのだけれど、ヨルの中では違うらしい。
多かれ少なかれ好きじゃないと出来ないと思うけれど、一概にそうとは言えないのかもしれない。

「好きじゃないのに、強くなったんだね」

「………。
そうだね…強くなれたのかな」

そう言ってから、ヨルは何故かくすくすと笑い出した。
肩を小さく震わせながら、楽しそうに。
少しだけ身を乗り出してヨルの顔を見ていると、くすぐったそうに、ほんの少しだけ困ったように笑っていた。

「どうかした?」

「ええっとね、前にもリゼが言ったようなことを言ってくれた人がいたんだ。
なんとなく思い出して。
面白いなあって」

「ふーん……それって面白いか?」

思わず訊き返してしまう。

亜麻色の髪は半分ぐらいまで上手い具合に結べている。
ヨルも痛がっていないし、これぐらいでちょうど良いらしい。
結び方を間違いないように注意しながら、ヨルの言葉にも耳を傾ける。

「うん、面白いよ。
懐かしいって言う方が正解かもしれないけれど。
そんなに前のことじゃないのに、おかしいね」

そう言いながら、ゆらゆらと足を揺らす。
身体も同じように少しだけ揺れるけれど、手元が狂うわけでもなく、もう少しで完成だ。
丁寧に丁寧にと心の中で呟きながら、最後は小さいゴム紐で結んで、どこかのお菓子に付いていたらしい紺色のリボンを結ぶ。
安っぽくなるかなと思ったけれど、意外にもそれなりに見える。
ちゃんとやってみるものだな。

「ふうー。完成。
慣れないことしたから疲れたわ」

「うん、ありがとう。リゼ」

ヨルは何回か触って出来栄えを確認すると、にこりと笑った。
三つ編みも同じように柔らかく揺れる。
いやー、本当によく結んだ。

私は絶対に三つ編みなんてしない。

「面倒だったら、すぐほどいて良いから」

「そんなにすぐほどかないよ……」

思わずヨルに言うと、呆れたように彼女はそう言った。
そうは言うけれど、私はやっぱり不器用なのか、もう髪が何本かほどけている。

「ほどく前にほどけてるな」

結局私の方でほどいてしまって、櫛で梳いてストレートにという何をやっているんだ状態。
ヨルをまた椅子に座らせて、少し癖が付いている髪を梳かす。
彼女はさすがに飽きたのだろう、テーブルの上に置いたティンカー・ベルを触り出した。
エメラルドグリーンの機体は所々傷が付いていている。
普段のバトルだったり、最近のジョーカーとのバトルであったり、そういうもので付いた傷なのだろう。

ティンカー・ベルとヨルを交互に見ながら、亜麻色の髪を梳いていく。

会話がないとなんだか心許ないのだけれど、何を話すべきだろうか。
話せることはたくさんあるけれど、ヨル相手だと少し考えなくてはいけないような気がする。
それは普段の行動だったり、時折見せる意味深な笑顔だったり、暗さの滲む言葉であったり……そういうものが脳裏で過ぎるから。

「ティンカー・ベルは長く使ってるの?」

「そうだね…。でも、一年ちょっとぐらいだよ。
前のLBXの方が長く使ってはいたかな」

「前のって?」

「……クイーンを使ってたんだ。壊れちゃたけど」

ヨルは間を置いてから、寂しそうな声で呟いた。
ティンカー・ベルの機体を撫でる指はその機体に付いた傷を一つ一つ丁寧になぞっていく。
小さな手がどこか艶めかしいのは気のせいか。
憂いを含んでいるという方が正しいのかもしれない。

なんとなく見てはいけないものを見てしまったような気になり、目を逸らし、髪に櫛を通す。
元々結んで間もないから、それなりに元の状態に戻ったところでヨルを解放する。

彼女は私が髪から手を離すと大きく伸びをした。
その動作は寝起きの子猫が伸びをしているように無邪気で微笑ましい。

「はい。今度こそ完成」

実際には元に戻ったのだけれど。
ふう、と言いながら一人前に額の汗を拭っていると、部屋中に煩いぐらいの玄関のチャイムの音が室内に響いた。

一番玄関に近いから私が出ようとすると、その前に書斎から誠士郎さんが出て来て、すたすたと玄関の方に向かって行ってしまう。
珍しく薄荷パイプを吸っていないらしく、甘く爽やかな香りも白い煙も残さずに。
必然的に私の足は立ち止まって、ぽかんとその様子を眺めてしまった。

「あのー…」

「あ、俺が出るからいいよ。リゼ」

彼はそう言って、インターホンの通話ボタンを押して外にいる相手と話し始める。
相手の声は聞こえないけれど、誠士郎さんに来客とは珍しい。
少なくとも私は見たことがない。
ヨルの方に視線を向けると、彼女も首を傾げている。

「珍しいね。誠士郎さんが対応してるのも初めて見た」

「リゼの時も私だったからね。
珍しいよ、本当に」

ヨルは瞳を本当に不思議そうに揺らす。
私も誰だろうなと思っていると、玄関のドアが開いた音はしないのに、何故か足音が一つ近づいてきた。

彼はリビングに顔を出すと、普段とは違う微かに張りつめたような声を出した。

「ヨル。君へのお客さんだ」

「…………」

その言葉にヨルは何故かぐっと拳を微かに握って、身構えた。
目を少し細めると、暗い色がじわじわと澄んだ青色の中に広がっていく。

二人は私には分からない音のない言葉で会話しているようで、しばらく見つめ合うとヨルが私と誠士郎さんの横をすり抜けて玄関に向かった。

「……何かありました?」

ヨルに隠れるようにして小声で訊くと、彼は意地の悪そうな、それでいて優しさが滲んでいるような…私としては喰えない野郎だなという笑顔を浮かべて、首を横に振った。

「いいや。別に」

「……そうですか」

私はそう返すしかない。

視線をヨルに戻すと、くすんだ色のドアノブに手を掛けようとしていたところ。
ぐっとそれを掴み、彼女は覚悟を決めるようにゆっくりと扉を開いていった。


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