Girl´s HOLIC!

26.身代わり


あの後、少ししてから、私の方から警察に連絡した。
警察に事情を聴かれて、警察署を出ると何故かソフィアさんが待っていた。
その姿を見て、私は少しだけ顔が強張りそうになるのをどうにか抑える。
彼女はそんなことは気づかないようで、明るい声で私に話し掛ける。

「大変だったね。ヨル。
アリシアー、迎えに来たよー」

「遅くなるかもって連絡しただけじゃない」

「警察から事情聴取なんて珍しいから、忘れない間に話を聞こうと思ったんだよね」

「はあ…」

アリシアさんが大きな溜め息を吐いた。
その溜め息は鉛のように重く私は感じられたけど、ソフィアさんは気にしていないらしい。
警察でどんな話を訊かれたのか、教えてくれとアリシアさんに言い、彼女を呆れさせていた。

私はその姿に違和感が拭い切れず、少しだけ気持ちが悪くなる。
なんだろう。この齟齬は。

「あの、えっと…その、ソフィアさん」

「んー? 何?」

彼女に声を掛け、屈んでくれるように頼む。
屈んでくれた彼女に私はアリシアさんに聞こえないように耳打ちをした。

「シエラさんには気を付けてください。
この前会った時、とても嫌な感じがしたので……」

「シエラについてはいつも気を付けてるけど…あいつ、評判悪いから」

ソフィアさんは冗談のように笑いながら、小声で私にそう返してくれる。
状況に合わせてくれたようで、小声なのは有り難い。
アリシアさんには聞こえていないのか、彼女は首を傾げている。

「話はそれだけ?」

「えっと…はい、それだけです。
私ももう帰ります」

「家の場所、教えてくれれば送ってくよー?」


私はソフィアさんのその申し出に首を横に振る。
家の場所を教える前に、リゼと鉢合わせになるのは避けたかったから。
きっと向こうも今は会いたくないだろう。


「でも…」とアリシアさんが何か言おうとするので、「大丈夫ですから」と言って、先にこの場を後にする。
ソフィアさんとアリシアさんから見えなくなるまで走って、段々と歩調を緩めていく。
俯きがちに人を避けながら歩いていると、手紙を出していないことを思い出した。

ここらへんではどこにあっただろうかと考えながら、視線を彷徨わせる。
ポストの赤い色を見つけて駆け寄り、手紙を二通取り出そうとする。
いつもと変わらない手紙なのに、取り出す時に指が微かに震えた。

カサリ、カサリと音を何度も立てながら、やっとポシェットから手紙が出て来る。

一通は問題なく出せるけれど、もう一通をポストに入れようとして、手が止まる。
少し考えてから、私は残った一通をポシェットに仕舞い込んだ。


■■■


通り魔事件の情報を整理して、ヨルも出掛けてることだし、私も出掛けようと思ったのはその日の午後のことだった。
まあ、家を出てすぐにどこに行きたいかが分からなくなり、結局古本屋で参考書や学術書を漁っているのだけれど。
何も買わずに読みふけて、不意に店内の時計を見るともういい時間だった。

そろそろ出るかと思いつつ、次の本に手を伸ばしたところで、店の外にヨルが歩いているのを見つけた。
視線は俯きがちに、とぼとぼという音が付きそうな程に寂しげな雰囲気をしている。

「あー…」

名残惜しいけれど読んでいた本を閉じて、急いで外に出る。

「ヨルー!」

私が声を掛けると、ヨルが驚いたように振り返る。
余程驚いたのか、少し足がもつれてこけそうになっている。

「どうした? そんなに暗い雰囲気させて。
アリシアは? 一緒じゃないの?」

「えっと…それが…」

ヨルはちらちらと私を見上げながら、言い難そうに口を開いたり閉じたりする。
私はそれに首を傾げて、止まっているのも人の迷惑になるのでとりあえず帰ろうと言うと、ヨルも頷いて二人で歩き始めた。

「それで? その様子だと、何かあった?」

「うん。その…通り魔事件のLBXに襲われて…」

その言葉に今度は私が驚く番だった。
大きな声を上げたかったけれど、抑え込んで小さな声を出すように努力する。

「今は昼間だよ?
本当にそうだったの?」

「……多分。
警察の人もそうだろうって言ってたし…。
勝てたんだけど…でも、なんだろう。違和感が…」

違和感か…と思ったけれど、ちょっと待て。
今、「勝てたんだけど」って言ったよね?

「勝ったの?」

恐る恐る訊くと、ヨルは事も無げに「うん」と言った。

「勝ったよ。
相手の機体も確認した」

その言葉に褒めようかとも思ったけれど、ヨルの顔色は芳しくない。
何か引っかかっているようで、私は素直に喜ぶことが出来なかった。

「それは…また、呆気ないと言えば、呆気ないような…。
でも、これで終わりってことで良いんだよね?」

「……どうだろう。機体を変えてくることも考えられるから、もう少しは警戒していた方が良いかも」

「あ、そっか」

確かに新しいLBXで通り魔を繰り返す可能性も考えられる。
理想的なのは、その前に犯人が捕まることなのだけれど……そこは警察に任せるしかない。
私たちに逮捕権がある訳ないし…。

「でも、一応は安心でしょ?
そんなに暗い顔することないって」

明るい声を出して私がそう言うと、ヨルは苦笑しながらも「そうだね」と言う。
その顔は明らかに納得していない。
一体何が引っ掛かるのかは分からないけれど、もしかしたら予想外に早く事が終わって腑に落ちないのかもしれない。

少し気まずいなと思って、話題を探す。
何かなかったか、何か…と考えて、そういえばと朝の会話を思い出す。

「手紙、出せた?」

若干しどろもどろになりながらそう言うと、ヨルはこれに関しては特に変な顔なんてせずに笑う。

「一通はね、出せたよ。
もう一通は変なこと書いちゃったから、書き直してから出すよ」

「そうかあ。まあ、いいんじゃない」

何がいいのかはさっぱり分からなかったけれど、ここは頷いておく。

そこからは上手い具合に会話が進んで、家まで会話が途切れることはなかった。
そうは言っても、ほとんど警察での事情聴取とかどうやって戦ったかについてだったけれど。
ティンカー・ベルを見てみると、今回は大した傷はついていない。
本当に上手く戦ったらしい。
ヨルはあんまり自分が強いとは言わないけれど、毎日LBXに触っているし、実力はあるのだろう。
……何故か大会とかに出ようとはしないけれど。
実力があるんだから、出ればいいのになと思わなくもない。

家に着くと、ヨルはすぐに階段を上る。

「少し寝るね。七時ぐらいになったら、起こして」

「んー、分かった」

家に着いた途端に疲れが出たのか、ゆっくりとした動作で階段を軋ませる。
本を避ける動作は慣れたもので、疲れていてもしっかりと避けている。
私が来てからも捨てたり売ったり、片付けたりしたから本の山自体はだいぶ減りはした。
書斎や誠士郎さんの部屋は少しばかり狭くなったけれど。
私も手伝ったけど、あれはすごい。

思い出してげんなりとしながら、リビングに入る。

ヨルはもう寝てるかなと思いながら、冷蔵庫からミルクを取り出して、量が少なかったからボトルのままぐびぐびと飲み干す。

「まあ、確かに…あっさり過ぎではあるけど、一応解決したから良かったは良かったか。
それにしても、昼間に……」

昼間に事件が起きたことはない。
なんか、変な感じはする。
するけれど、事件は解決しているから何も言えないんだよな。

頭を掻きながら、ミルクのボトルをゴミ箱に捨てて、ノートパソコンを取りに行くために階段を上る。
音を立てないように扉を開けて部屋に入ると、ちょっと思い立って、ヨルの部屋を覗く。

ヨルはベッドの上でくうくうと寝息を立てている。
ふと、ヨルの部屋のゴミ箱を見ると、淡い水色の封筒が八つに裂かれて捨てられていた。
机の上には真新しい便箋が置かれ、ペンが無造作に机の下に転がっているのが見えた。

私は静かに部屋に入って、ペンを拾う。
その際に少しだけ便箋に書かれている文字が見えた。

名前のような文字の後に何か書いてあるけれど、日本語は分からないので首を傾げるしかない。

《そっちでの生活はどうですか? 体調を崩したりしていませんか?
私は元気でやっています。

私は大丈夫です。》

その後も短い文章が続いていて、あの短時間で一応は書き終えたらしい。
歩いている途中で考えてでもいたのだろうか。

そう考えつつ、机にペンを置いてヨルの部屋を後にする。
音をあまりさせないように階段を下りてから、私はリビングでノートパソコンを開いた。
通り魔事件のファイルを開き、ヨルから聞いた情報を書き込んでいく。

「このまま何事もなければいいけどな…」

思わず呟く。

つまりはソフィアが捕まればいいと言っている訳で、昔の仲間を売っているような感覚に自己嫌悪に陥る。
酷い言葉を掛けられたからといえ、共同生活をしていて、それなりに世話になったのには変わりがないのだから。
胃がちくちくと痛み出してきて、私は腹を押さえた。

確たる証拠がないし、たかがメモとシエラからの情報でしかないのだけれど、襲ってきたLBXはジョーカーだという。
ジョーカーを見てアリシアも驚いていたということだから、本当に彼女が犯人でもおかしくない。

「ソフィアが、か…」

私たちが出来るのはここまでが限界かもしれない。
どうにも腑に落ちないけれど、後は警察に任せよう。

そう結論付けて、私は大きな溜め息を吐いたのだった。


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