Girl´s HOLIC!

25.それは歓喜、そして失望

影の中にLBXの姿が見える。
ストライダーフレームのLBX。
印象的な大鎌が鈍い光を放っている。

「……どうするの?」

アリシアさんが震える声で訊いてくる。
私は彼女になるべく不敵に笑いかけながら、彼女の手を肩から退ける。

「もちろん、倒します。
約束、しましたから」

視線を背後には向けずに、相手のLBXを見据えながら言う。

さっきの投げ方は私よりもアリシアさんを狙っていた。
彼女から離すのを最優先にすべきだと考える。
だからと言って、遠くに行かれると面倒だ。
この細い路地の中で相手を倒すことを考えろ。

「それはそうだけれど、でも、ヨル一人に任せるわけにはいかないわ!
私にも何か…警察に連絡するとか…」

アリシアさんの指が視界の端で、CCMのボタンを押そうとしているのが見えた。
『警察』という言葉が向こう側にも聞こえたのか、相手の動きが変わる。
地面を蹴り、鎌を掲げて迫ってくる。

なるべく駆動部を狙うようにしてライフルを撃つけれど、相手の方が動きが早い。
何発かは当たるけれど、やはり威力が足りない。
小さく電流のような物が走るだけで、大してダメージを与えられていないのが分かる。

鎌を振り下ろすと、衝撃波が刃のように迫ってくる。
ティンカー・ベルを狙ったものは避けられたけれど、残りの衝撃波は私たちの方に。

避けようと思えば、避けられる。
でも、それよりも今の一瞬で攻撃した方がダメージを与えられると踏んで、避けずにボタンを操作する。
ライフルからドライバーへ。
大ぶりの鎌の下からドライバーを滑り込ませて、そのまま武器を巻き込もうとする。

「危ないっ!」

でも、それは叶わなかった。

ふわりと体が少しだけ宙に浮く。
私の目にはアリシアさんの手が映った。

隣にいた彼女が私を突き飛ばして、途中でバランスが崩れたからだ。
元いた位置に衝撃波が走り、壁が少しだけ壊れる。
再び片膝を着いてしまった私の後ろで、パラパラという煉瓦の破片が落ちる音がした。

私と同じようにティンカー・ベルのバランスが崩れた隙に相手のLBXがドライバーを跳ね退けて、距離を取られる。

「ご、ごめんなさい!
大丈夫だった!?」

隣にいたアリシアさんが慌てたようにそう言ってきた。
彼女の横には落としたらしいCCMが見える。
私はそれに「大丈夫です」と早口で答えると、立ち上がって体勢を立て直す。

相手の動きを目で追っている間、私の頭に過ぎったのはさっきのアリシアさんの行動に対する違和感だ。
この場で私だけが持っている場違いな違和感に気持ちが悪くなる。
それを待っていたはずなのに、気持ちが悪いとはどういうことか。

頭を左右に振るう。今は考えるな。

相手は私の予想に反して間合いを取って、素早い動きで壁伝いに背後へと逃げていく。
さっきの攻撃から考えて、アリシアさんを狙うのかと思ったのに…。

ティンカー・ベルを先行させて、アリシアさんにはそこで待っているように言ってから、路地を走ろうとして動きを止めた。

少しだけ考えてから頭の中で「ごめんなさい」と呟き、不自然にならない程度にアリシアさんの落としたCCMを蹴って遠くにやる。
今はまだ警察の到着を少しでも遅らせたい。
CCMが建物の外壁にぶつかるのを横目で捉えながら走り出す。

ドライバーをライフルに変えて、不安定な状態で撃つけれど、足元を少し抉るだけに留まってしまう。

「……どうする?」

声に出して、自分に問いかける。

私はCCMを操作して、この周辺の地図を取り出す。
地図を頭の中に叩き込んでから、ティンカー・ベルを屋根の上に移動させる。
追うのを止めて、照準を合わせ、その足元に向かって弾丸を放つ。
煉瓦を弾く渇いた音が路地に響き渡った。
目の前には細い分かれ道があり、足元に弾丸を撃ち込むことで辛うじて相手を左の路地に誘導する。
ティンカー・ベルに相手を追わせて、私は反対側へ。

「防犯カメラは……?」

しばらく行った所で私は立ち止まって、周囲の防犯カメラの動きを確認する。
さっきまでと違って私の方に向いているカメラはない。
ここなら見られている心配はしなくても良さそうだ。

CCMの画面からティンカー・ベルの目を通してみると、あと少しでまた分かれ道。
ライフルの弾丸は残り少ない。
武器をライフルからハサミに変えて、閉じたまま逃げるLBXの前に目掛けて投げる。

投げたと同時にティンカー・ベルを走らせる。
武器がない分、動きが早い。

私もCCMを操作しながら再び走り出す。

投げた武器と同時に着地なんて上手いことは出来なけれど、武器が飛んで来たことで相手の動きが止まる。
その隙に追いついて、ハサミを引き抜き、相手の懐に飛び込んだ。

最初の一撃は鎌の柄で防がれるけど、LBXの顔を見ることは出来た。
黒く塗装されたLBXは、ジョーカーを加工したものだ。
武器が「ジョーカーズソウル」ではなく、装甲が若干強化されているけれど、基本的には市販のジョーカーとあまり変わらないように見える。

「………」

思い当たる節がない訳ではないけれど…。

鎌がティンカー・ベルの首を狩ろうとじりじりと動き出す。
そうはさせるかとハサミの刃を開き、鎌の柄を挟み込んだ。
金属と金属が擦れる音がして、ハサミで挟んだままの鎌を上へと投げる。

鎌と一緒にハサミの上の刃はその時に捨て、残った下の刃で一気に畳み掛ける。

左腕の関節に突き刺したけれど、ジョーカーの方が動きが速かった。
身体を反転させられて、根元の部分から刃を折られてしまう。
ガシャンと残った刃が抜ける音。

武器が破壊された衝撃で動けなくなっている間に路地の奥へと逃げられる。

私は自分の目の前の路地を左に曲がる。
ティンカー・ベルには武器をハサミからナイフに変えさせて、すぐに後を追わせる。
頭の中の地図を辿って、私もジョーカーが逃げ込んだ路地の方に合流した。
防犯カメラのレンズが私を捉えたのが分かる。
首が私の方に向かって、ぐるりと生き物のように動いた。

「…………」

深く深く息をする。
この先は行き止まりだ。
壁を伝って上に行ったとしても、表通りに接しているから迂闊には出られない。

「大人しく降参して頂くわけにはいきませんか?」

影の中に隠れたジョーカーに話し掛ける。
音声は向こう側にちゃんと伝わっているはずだ。
ジョーカーの左腕はもう機能しないのか、バチバチと影の中で輝く青白い火花が見える。

でも、右手には逃げ込む途中で拾ったらしい武器が握られている。
ティンカー・ベルにもナイフを構えさせるけれど、一向に動く気配がない。

どうする気だろうか。

そう思っていると、相手が武器を構えるのが見えて、私も銀色に輝くナイフを構えた。
それでも動かない。
こっちから仕掛けようとティンカー・ベルを動かそうとした時、ジョーカーが回転を始めて、煉瓦の小さな破片や塵を巻き上げる真っ黒な竜巻に変わる。
ティンカー・ベルのバランスが風で崩れ、私の髪も竜巻で発生した風に吸い込まれるように靡く。

竜巻はナイフを構えたティンカー・ベルに迫ってくる。
ティンカー・ベルを後退させ、私は武器をナイフからドライバーに入れ替える。
すうっと目を細め、そして静かに呟いた。

「『必殺ファンクション』」

《『アタックファンクション エレクトルフレア』》

ドライバーが青白い光を纏う。
風に煽られ、機体が揺れる。
黒い竜巻が近づいてくると、更に機体が安定しない。

ドライバーを構えて、竜巻の動きをよく見る。
あの時は位置がずれたけれど、今度はそうはいかない。

風に巻き込まれて機体が浮くのを抑えながら、腕を引き、風の弱いであろう部分に向かって青白い電気を纏うドライバーを投げた。
ドライバーはまっすぐに進んで行き、黒い竜巻を切り裂いていく。

そして、ジョーカーの胸部に深々とドライバーが刺さるのが見えた。
刺さった瞬間。
胸部から暴れる竜のような電撃が這い出て来て竜巻全体へと広がり、最後にはジョーカーを残して全て消失した。

電気を帯びて倒れるジョーカーがそこには転がっている。

「………」

ゆっくりと深呼吸をしながら、ティンカー・ベルをジョーカーに近づかせる。
柄を握らせ、ずるりとドライバーを引き抜いた。

特に動く様子もないので、私は慎重にジョーカーを拾い上げる。

「本当にただのジョーカーだ…」

黒く塗装してあるけれど、ティンカー・ベルのカメラで見て推測したのは合っていたようだ。

私はポシェットから持ち歩いている工具を取り出して、装甲を外し、動き出さないようにバッテリーやコアパーツを取り出す。
それから、注意して行き止まりから外へと出た。
ティンカー・ベルはナイフを構えさせて、私の肩に上らせる。
ジョーカーは手に持ったままにしておいた。

警察が来るかと思ったけれどアリシアさんは呼ばなかったのか、サイレンの音はしない。
防犯カメラも元に戻っているのを確認しながら、アリシアさんのいるであろう場所へと戻る。

ジョーカーに勝ったというのに、彼女の元に戻ろうと進める足が少しだけ重い。
勝つことが出来たのに……そのことに喜びがない。
ジョーカーに対する違和感もあるけれど、それ以上に私の中で違う感覚がじわじわと広がっていくのを感じる。

思い出すのはさっき衝撃波から私を守ってくれた彼女の姿で、私が怪我をするからと思って、咄嗟に私を突き飛ばしたんだと思う。
私を思ってくれた。私を心配してくれた。
それが嬉しい。
嬉しいけれど、これは違うと私の中の何かが叫んでいる。

重く感じる足を引きずるようにして歩いていると、アリシアさんの後姿が見えた。
立ち止まろうかとも思ったけれど、そうするより前に彼女の方が私に姿に気づいた。

私は防犯カメラが元に戻っていることを確認してから、肩に乗せていたティンカー・ベルを鞄の中に戻す。

「ヨル!
大丈夫だった!?」

私に気づいた彼女は私の姿に気づくと、駆け寄って私の肩に震える右手を置いた。
もう片方の手は胸の前で自分のCCMをぎゅっと強く握っている。

「はい。
大丈夫です」

私はそう言ってから、掌の中のジョーカーを彼女に見せる。
おずおずと、ちっぽけなとびきりの宝物でも見せるように。

どこか誇らしげな自分の手が私の目にはひどく滑稽に映る。

「約束は、とりあえず守れました」

期待を込めるように言う私に反して、アリシアさんは黒く塗装されたジョーカーを見ると驚いたように目を見開いた。

「そう……倒した、のよね?
良かったわ。これで通り魔事件は解決ね」

私がこくりと頷くと、彼女は安心したように微笑んだ。
少しだけ肩に置かれた手の震えが止む。

「……アリシアさん、警察は呼びましたか?」

私は彼女を見上げながら、気になっていたことを訊く。
彼女はCCMを握っている手をきつく握り直すと、小さく息を零す。
私の肩に置かれた手も少しだけ強張ったような気がした。

「防犯カメラがこっちに向いているような気がして、怖かったの。
だから、警察は呼べなかったわ」

目を伏せ、本当に怖かったというように肩を震わせる。
憂うように眉を震わせる姿は綺麗だと思うけれど、同時に私にはとても恐ろしいもののように映った。

「ジョーカーを倒して、偉かったわね。ヨル。
助かったわ。
本当にありがとう」

囁くような小さな、それでも十分なお礼な言葉に、私はぎこちない笑みを返すしか出来なかった。

アリシアさんは私の笑みには何も疑問に思わないのか、私に笑いかけながら私の手の中のジョーカーを凝視している。
彼女も私やリゼと同じで犯人に思い至ったのかもしれない。
私の肩に置かれた手が小刻みに震えて、ギリギリと肩に爪が喰い込む。

怒っているのか、悲しんでいるのかゆらゆらと瞳を揺らしながら、更に力を込める。

「………」

喰い込む爪を、震える手を、強張る腕を、感情の読めない瞳を順々に見上げる。
「痛いです」と言おうとして、何故か言葉が出て来ない。

骨と肉が立てる不恰好な音が私の中で叫ぶように響いた。



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