Girl´s HOLIC!

24.始まりはまなざし

ヨルに聞いたところによると、出掛けると言っても大学の近くで買い物をするぐらいらしい。
買い物で一日潰すのか…と思ったものの、ゆっくりすれば問題ないかと思うことにした。

「ヨルは買い物でいいの?」

それでも一応は訊いてみると、彼女は少しだけ小首を傾げて苦笑いした。

「あんまり友達とそういうことしたことないし、経験だよ。
リゼとは買い物はあんまりしないし…」

「いや、うん。なんかごめん」

謝ってしまった。

そういえば、食料の買い出しとかは行くけれど、普通の買い物ってしたことがない。
大抵家で勉強を見てるか、私が研究室に籠るかだ。

「謝ることないよ。
私は休みの日はほとんどLBXバトルをするか、LBXの整備してるかだもの。
リゼとそんなに変わらないよ」

声を出さずとも考えていることが分かったのか、苦笑交じりにそんなことを言われる。
私も同じように笑うしかない。

「買い物ってアリシアの提案?」

「うん。
さすがにLBXバトルを一日中するわけにもいかないから」

それもそうだ。
男の子同士ならありえなくもないかもしれないけれど。

「ふーん。そっか。
まあ、何回も言ってるけど、楽しんで来なさい。
遅くならないように」

「分かってるよ。
それじゃあ、行ってきます」

ふわりとした花のような笑顔で、彼女はスカートを翻しながら部屋を出て行く。
亜麻色の髪が繊細に揺れる。
楽しそうな笑顔のような、どこか違うような。
あまり長くはないけど短くもない時間を一緒にいて、彼女の笑顔を見慣れたせいか、違和感が付きまとう。

純粋過ぎるというか……。
ダメだ。上手い表現が見つからない。

その背中を見ていて、「あっ!」と声が出た。
全然関係ないことで。

「手紙持ったー?」

そういえば、手紙を出すとか出さないとか。
色々と悩んで書いていたので、忘れては困ると一声掛ける。

「持ったよー」

玄関の方から、いつもと違うように感じてしまう声が聞こえる。
しかし、何が違うかが分からない。
ものすごくもやもやする。

「ミルクティーだ。ミルクティー」

ミルクたっぷりでいこう。
喉も渇いたし、情報をまた纏める予定だから、そのお供にお茶でも入れることにする。

「それにしても、どうしてあんなにアリシアに懐いたのかな?」

疑問や違和感はあるけれど、それが一番の謎だった。
「お母さんみたいだから」とは言うけれど、優しいなら他にもいるだろうに、どうしてアリシアだったのか。
私にはどうにも分からなかった。
面倒見が良いのは分かるけれど、私はそこまでじゃない。

ヨルは多分、アリシアのことが大好きなのだろう。
声とか表情がそう言っている。

………その好意がどうにも幼すぎて怖いのだけれど。


■■■


ナーサリー・ライムの中で唄われるには、女の子は砂糖とスパイスと素敵な何かで出来ているらしい。

目の前の大きなガラス瓶の中で輝く色とりどりの飴玉やそれを眺める女の子たちを見ていて、不意にそんなことを思い出した。

昔、お母さんがお姉ちゃんに読んでいるのを聞いたことがあるから、私はその唄をよく覚えている。
私には掛けられることのないその言葉を、乞うように見ていた。
実際は唄の内容じゃなくて、お母さんの声が目的で、それが今でも私のお母さんの記憶の大半を占める。

優しかった記憶は一度ぼろぼろに崩れて、今は何百もの罅が入り、歪な形をしながらも私の中にある。
私が縋った記憶たちを壊した人は、私のことを本当に考えてくれて、自分も傷つくと分かっいて、それでも壊してくれた。

彼には……ジンには、本当に感謝している。
私の後を追いかけて来てくれた仲間たちにも。

感謝しているけれど……


「ヨル」

柔らかい声に名前を呼ばれて、顔を上げる。
その手には飴が入っているらしい紙袋があって、灰色をした瞳が私を見つめている。

「ぼうっとしてたわよ。
大丈夫?」

「はい。大丈夫です。
少し考え事をしていたので」

「そう? 調子が悪くなったら言うようにね」

そう言われて、私は素直に頷く。
私が頷くのを確認してアリシアさんが店を出たので、私もその後に続いた。
店を出ると彼女はすぐに紙袋を開いて、宝石のような色をした飴玉を一つ取り出す。
歩きながら食べると喉に詰まらないのかなと思って見ていると、にっこりと笑いながら、紙袋を私に差し出した。

「好きなのをどうぞ。
たくさんあるから、食べたければ言ってね」

「あ、ありがとうございます」

頭を少しだけ下げてから、紙袋の中を覗き込む。
紫や青、緑や赤の飴がきらきらと輝いている。
美味しそうというよりも、綺麗という感じ。
私はその中から赤い飴を選んで、喉に詰まらないように歩調を緩めながら、口の中に放り込む。

舌の上にねっとりとした、人工的な甘さが広がった。

「次はどこに行きましょうか?」

ころころと飴を舌の上で転がしていると、アリシアさんが歩き回った割に荷物の少ない私たちを苦笑するようにして言った。
私は少しだけ考えて、首を横に振った。

午前中は雑貨屋を回って、私の方から色々と彼女に「これなんてどうですか?」と提案したけれど、午後は特に私がしたいことはない。
目的は十分果たした。
………満足のいく結果ではなかったけれど。

「午前中は色々と勧めてくれたでしょう?
ちょっと意外だったわ。
妙に熱心だったから、余計に」

確かに午前中の私は少しおかしかったと思う。
今は落ち着いているから、問題ない。
というよりも、おかしかったけれど、落ち着いてはいたから心配するようなことは何もない。

「あはは…張り切り過ぎました」

「そうなのね。楽しんでくれたようで良かったわ。
じゃあ、次はソフィアが教えられたお店に行ってみましょうか。
ちょっと行き方が面倒なのだけれど……あの子も面倒な場所ばかり紹介するわね」

我が子の悪癖を心配するような言い方をして、アリシアさんが溜め息を吐く。
私は彼女のCCMに映し出された地図を横から覗き込む。
そう遠くはない店みたいだけれど、確かに行き方が面倒なように思える。
何本か細い路地を通っていく必要があるようだ。

「そこの路地から入って、しばらく行かなきゃいけないみたいですね」

「そうね。
でも、面白そうだから行ってみましょうか」

「はい」

先導はアリシアさんに任せて、私はその後を付いて行く。
裏路地ではあるけれど、まだ昼間だから人がちらほらと見える。
防犯カメラがいくつか見えるし、防犯に関してはそれほど心配しなくてもいいはずだ。

表通りよりも濃い影を踏みながら、裏路地を歩く。
最初は午前中のことを話しながら歩いた。

「あの服、やっぱり買った方が良かったかしら?
ヨルが勧めてくれた…」

「よく似合ってましたよ」

「ありがとう。
アクセサリーとかも勧めてくれたわね。
本当に今日のヨルはいつもと違うような気がするわ。
何かあったの?」

「いいえ。何も」

「本当に?」

「はい。本当ですよー」

少しおどけたような言い方をすると、アリシアさんは納得したように一つ頷いた。
そのまま前を向いた彼女の影を踏むようにして、薄汚れた灰色の道を歩く。

歩いていると、背後でガシャンという微かな音が聞こえた気がした。

「……?」

誰もいないと分かっていても振り返る。
音の出そうなものは何もないし、元々少なかった人通りもなくなり、私たち以外に人がいない。
私たちが歩いてきた道の奥は暗くなって、ぼんやりとしている。
そこからざわざわと微かに表通りのざわめきが聞こえてきた。

ざわめきと静けさが混ざり合って、背中に張り付く。
それが、気持ち悪い。
アリシアさんの手元のCCMを覗いてみると道が外れているという訳ではないし、左右を見回してみるけれど特に変な場所はない。
ないけれど暗い路地の向こうを見て、目を細める。

「…………」

アリシアさんに気づかれないように、ポシェットの中に手を伸ばす。
ゆっくりとCCMを掴んだ手を引き抜いて、音を立てないように注意して開いた。

前を気にしつつも、リゼから随時最新版を貰っている通り魔事件のファイルを開く。
そこから私の撮った写真が纏めてあるものを出して、改めて見直す。

「まったく、もう。
なんで、面倒な場所のこういう面白そうな店を見つけるのかしら」

ぶつぶつとソフィアさんへの文句を言いながら、アリシアさんが先に進んでいく。
路地は更に暗く、狭くなっていく。

事件のほとんどは暗くて狭い路地で起こっている。
事件が起こるのは夜がほとんどだけれど、本当に最初の方の事件は昼間に起こっている物がある。
多分、その頃は連続してこんな事件を起こすことを考えていなかったからだ。
場当たり的な行動だったために慎重性を欠いたのかもしれない。

不意に、ガシャンと小さな何かの落ちる音が背後でした。

「………っ!」

すぐに風を斬る音が聞こえて来て、反射的に体を横に逸らした。
アリシアさんの腕を掴んで、彼女の体も同じように逸らす。

「ちょっ……!?」

足がもつれた彼女の声が聞こえた。

私の頬の少し横を、アリシアさんの腕のすぐ横をLBXの武器である棍が通り過ぎる。
アリシアさんの腕を引っ張った時の反動で、私は片膝を着いてしまう。
武器が飛んで来た方向に目を凝らす。

建物の影に出来た、昼間の淡い闇の中に何かが見える。

すぐにCCMを構えて、ポシェットの中からティンカー・ベルを取り出して投げた。
しっかりと着地したティンカー・ベルにライフルを構えさせる。
ティンカー・ベルのライフルの威力は他の武器には劣るけれど、今は距離が取りたい。

「アリシアさん。LBXは?」

状況を理解したのか、彼女も影の中を睨み付けている。
彼女は私の肩に心配するように手を添えながら、首を横に振った。

「ごめんなさい。
今日はバトルする予定がなかったから、持って来ていないの」

「…そうですよね」

私はティンカー・ベルは持って来たけれど、Dキューブは持って来ていない。
入ってくれるかは分からないけれど、一対一の同じ条件下に持って行くのは余計に難しくなる。

どうする。どうすればいい。

頭の中で考えがいくつも巡る。
でも、不思議と負ける気がしないのは、きっと二度目だからだろう。
立ち上がろうとすると、ポシェットの中の手紙がカサリと音を立てる。

影の中の赤く光る二つの目を睨みながら、小さな、本当に小さな声で後ろの彼女に気づかれないように私は呟いた。


「待ってた」



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