Girl´s HOLIC!

21.紙の中の秘め事

私の微妙な笑顔に気付いたのか、ぐりぐりと頭を撫でられる。
「気にしないでいい」と的を射ているような、そうではないような言葉を貰い、今日のところは家路に着く。
リゼが撮った写真を見せてもらいながら、片手にはCCM、片手にはリゼの服の裾を掴むことで歩いた。
行儀悪い歩き方というのは分かっているけれども、この状態だと顔を見られずに済む。

写真に特に変な所はない。
他の場所と同じような印象を受けるだけだ。

これは本当に事件場所を調べるだけじゃなくて、シエラさんの言ったようなことも調べてみるべきかもしれない。
CCMを仕舞って、代わりに紫色のメモを取り出す。
くいくいと腕を引っ張られながらそのメモを覗いていると、リゼが立ち止まる。

「どうしたの?」

「いや、家だから。
もう離していいよ。手」

「……そっか、うん。分かった」

言われてみれば、本当に自分の家の前だった。
リゼの服の裾を離して、リゼに続いて家に入ると、玄関には薄荷パイプの甘い香りが漂っていた。
私の視線の先には、丁度リビングから出て来たらしいおじさんがパイプを燻らせている。
白い煙がぷかぷかと浮かんでいる。

「あ、おかえり。
今日はどこ行ってたんだい?」

「遠出して、近場を歩いてました」

「なんだい? それは」

私も言われたら、そう訊き返すだろうなという返答をリゼはする。
私がメモを片手にリゼとおじさんの横を通り過ぎようとすると、ひょいと手の中のメモをおじさんに盗られた。

「これはまた……酒でも飲んだのかい? この文字は。
もしくは、ドラッグか。
こういう知り合いとは関わらない方がいいかもよ」

ぷはっと甘い白煙をメモに吹きかけながら、彼はそう言った。
背伸びしてそれを取り返そうとすると、鼻先にメモを差し出される。
紫色のメモからは薄荷の爽やかで甘い香りがする。

「知り合いから貰ったものですから……」

でも、この人と会ったことはあるような気がする。
知り合いっていうのかなと悩んでいると、リゼが頭上からおじさんに近付く。

「これを見て、ドラッグって印象、受けますか?」

「まあ、一概には言えないけど、俺はそういう印象を受けた。
酩酊状態って言うのかな。
昔から数え切れないぐらいこういうのは種類が出てるから、効果は物によるけど、教科書とか講義とかで中毒症状を説明するときに使うのと似てる。
ただの気のし過ぎで本当に酒を飲んで酩酊して書いたっていうのが、一番確かだけどさ。
後は精神的に参ってた、とか。
………それで、それ、どこで手に入れたんだい?
さすがに法に触れると俺も注意しない訳にはいかないんだけど……」

「あー…問題があったら、必ず言いますから、今はちょっと……」

あくまで冗談交じりに、あまり深刻な雰囲気を出さずに彼女が言う。
私もそれに合わせるように、こくこくと頷く。

おじさんは私の手のメモと私たちを交互に見てから、諦めたように溜め息を吐く。

軽い音を立てて私の頭に手を置くと、乱暴に撫でた。

「分かった。だけど、あんまり危険なことはしないように。
リリアの耳に届けば、何言われるか分からないからね。
忠告はしたから、俺は寝るよ。
おやすみ」

私の頭から手を退けると、気だるげに手を振って階段を上っていく。
階段が壊れそうな音を立てるのが止むのを待ってから、私たちはとりあえずということで、リビングに入る。

私はお茶を飲むためにお湯を沸かして、リゼはテーブルの上にCCMやノートPCを放った。
やかんを火に掛けてから、ソファに身を投げ出したリゼの横に座る。
手にはまだメモを持ったままだ。

「……ドラッグ、ねえ」

ぐったりとした様子のリゼは私の手の中のメモを見ながら呟く。

「はあ……。もしかしたら、だけどさ…ヨル」

「うん」

「誠士郎さんの言うことが本当だとしたら、一番単純に考えて、ドラッグを使ってるかもしれない奴が寮内にいるってことになるんだけど…。
そのメモの意味がなー、何か関係があると思う?」

「…………分からない。
でも、ずっと気になってたんだけど、単なるメモでこんな良い紙は使わないと思う」

リゼにメモを差し出しながら、私はボードに貼ってあるメモを見た時から気になっていたことを言う。
彼女はメモを受け取ると表と裏を観察して、指の腹で擦って感触を確かめたり、匂いを嗅いだ。
……匂いは薄荷のものだと思うけど。


「まあ、確かに良い紙だよね。これ。
私なんて、適当なノートの切れ端かCCMにメールだったのに」

「拘りなのかもしれないけど、見せてもらった他の紙もそういうやつばかりだったから、やっぱり変だなって。
ノートの切れ端とか普通のメモ用紙にこういう文字が書いてあるなら、なんとなく解るけど…」

大学寮の各部屋の前にあるボードに貼られた大量のメモを思い出す。
下の方のメモは随分と古くなっていて、どれも安いメモ帳かノートを千切ったものだった。
リゼの手元の紫色のメモを見やる。
ああいうような紙は、つい最近の一番上のメモだったと思う。

そして、それが貼られているボードを私は一つしか見たことがない。

それはリゼも同じようで、とても複雑な顔をしながら私にメモを返してくれる。
私はそれを両手で受け取ると、何回も見た文字をまた読み返す。

紙に似合わない文字。
これを書くなら、私ならもっと丁寧な文字を書きたいと思う。
紙に似合った文字を…これを書いた人はそうではないのかもしれないけれど。
でも、前に見たメモはもっとちゃんとした文字だった。

「まあ、個人的には酔った勢いに期待してるかな。
今日はヨルを捜して疲れたから、シャワー浴びて、寝る。
頭がもっと動く時に全部考える」

「そうしよう。
寝るには早い時間だけど…夕食は?」

「微妙。
一応、取っておいてくれる?」

「うん。分かった。
え、と……私は起きてるから、言ってくれれば、簡単なもの作るよ。
深夜は無理だけど」

「うーん…深夜なら、寝直すかな。
とりあえず、シャワー浴びてくる」

私を捜して、相当疲れたのかもしれない。
這いつくばるようにソファから起き上がると、お風呂に向かって変な動きで歩いて行く。

彼女の姿が見えなくなると、火に掛けていたやかんが鳴る。
私も少し疲れたなと思いながら立ち上がると、火を止めて、紅茶缶とポットを探す。
ごそごそと取り出して、教えてもらった通りの手順で準備をして、後は蒸らすだけ。
砂時計をひっくり返して、待つ。

「…………」

待つ間に、大学寮で見たメモの内容を思い出してみる。
どれも曜日と教えて欲しい科目と時間と名前が書いてあるだけ。
最後に「お願いします」という言葉を付けるか、付けないかの差で統一されているように思える。

もしも、あのメモが本当に精神的な問題やお酒が入っていたからではなくて、もっと違う理由で書かれたとしたら。
おじさんの直感が正しいとしたら、どうだろう。

砂時計の砂が全部落ち切ったのが見えたので、一式をトレーに乗せてテーブルに置く。
こぽこぽと紅茶をカップに注いで、次に砂糖を。
適当に掬って入れたから、これを見たらリゼは怒りそうだなと思う。

「えっと…」

ごそごそとそこら辺からペンと紙を取り出すと、メモをその上に置いて同じような文章を書いてみる。
それから曜日や科目ごとに丸で囲む。

とん、とん。

丸で囲った部分を叩きながら、考える。

もしもの、話。

私だったら、どうするだろう。
考えろ。考えろ。

もしも、おじさんの言ったように薬物を摂取していたとしたら?
どうやって手に入れる?
手段は色々あるかもしれないけれど、一番簡単な方法で定期的に手に入れたいはず。

メモ用紙をこんなに良い紙にする理由は?
ちゃんと相手にそうだと分かるようにするため。

じゃあ、曜日は? 科目は? 時間は?
何を意味するのだろう?

薬物なんてやってはいけないことだというのは、教えられて誰だって知ってる。
だから、分からないようにしたいはず。
見つかりたくなんてない。
見つかったら、何かしらの制裁を受けなくちゃいけない。

「あー…どっと疲れが出たー。寝るわ」

「………うん」

メモを叩いたまま、お風呂から出て来たリゼにCCMとノートPCを渡す。

「まあ、根は詰め過ぎないように。
私も明日は先輩たちに色々訊いてみるから」

「……うん」

違う紙に何個か候補を書き出す。

お父さんのメモを思い出す。
お父さんはいつも何か書いていて、成功も恨み言も全部。
何もかも色々なことが文字の書き方や紙の破き方に現れていて、それから何もかもを分かろうとして……何度も見返した。

「聞いてないな……。おやすみー」

「うん」

お父さんのメモよりも単純なはず。
だって、感情的じゃない。
ちゃんと文章になっている。

今度は曜日と時間はそのままの意味で捉える。

じゃあ、受け渡し場所は?
元から決まっているか、もしくは紙の色や何かしらの仕掛けがあるのかもしれない。
紙は何度も確かめたから、仕掛けという考えは今は捨てよう。

それとも確実な方法が他にあるのかもしれない。

少し、考える。
………大学寮なら郵便や宅配のシステムが少し特殊だから、出来なくはない。
紛れ込ませて、受け渡していると今は仮定してみる。
そう考えると、寮の郵便の時間がまちまちなのは問題だ。
ということは、時間はまた別の意味を持つ可能性がある。

メモを叩くのを止める。

「………グラム?」

曜日が受け渡し日。時間がグラム。科目は……薬の種類?

「『電子工学』に当てはまる薬を『金曜日』に『八』グラム受け取って……る?」

グラム数が妥当なのかどうかはともかくとして、こんな感じかな。
相手に伝わるとは思う。

これを考えた人はどうしてここまでしようとしたんだろう。

違和感が残る。
彼女は私が思い出せる限りの行動や言動全てどれを取ってみても、理由が見当たらない。
LBXで通り魔をする理由は分からなくはないけれど、こんなことは悪意がなければ出来ない。
彼女には興味があっても悪意はなかったと…思う。

「どうしてだろう……」

ふう、と溜め息を吐いてから、温くなった紅茶に砂糖を入れる。
それを口に含むと、口の中に強烈な甘みが広がった。

「ぶえっ…。あまい…」

どうにか飲み込んだけど、二口目は飲めそうにない。
私はどうしてこんなに甘いんだろうかと考えながら、紅茶を流しに棄てるために立ち上がる。

冷めて少しだけ色が濃くなった紅茶が落ちていくのを、欠伸を噛み殺しながら眺めた。


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