Girl´s HOLIC!

17.あの音が聞こえる

幽霊屋敷から出ると、陽の光で目が眩んだ。
私たちの青色は、暗闇に目が慣れるのが早い代わりに陽の光に弱い。

なんかもう痛い。
ちかちかする。

ヨルもそうなのか、それとも私より痛いのか、普段ではありえないけれど私の腰に張り付いている。
嫌々と言うように、顔を擦りつけ来る。
これは…なかなかに貴重だな。

「大丈夫?」

「……くらくらする」

「これから事情聴取とかあると思うから、余計にくらくらするだろうね。
不法侵入とかなんて言い訳しよう…」

そうは思ってみるけれど、ヨルはそんなことを考えている場合じゃないらしい。
まあ、自殺未遂を見たのは私も今日が初めてだし、仕方がないかもしれない。

慰めにもならないだろうけど、頭をぽんぽんと撫でてみた。


警察での事情聴取は意外にもすんなりと終わった。
どうして家に入ったのか、どういう状況だったのか、後は色々と触ってしまったので、そのための指紋採取ぐらいだった。
それで終わって良かったと思うけれど、もう二度とお世話にはなりたくない。

ちなみにヨルの方が若干事情聴取が長かったのだけれど、家に入った理由や対応が冷静過ぎたことから長くなったようだ。

「………でも、見つけたのが早くて、とりあえずは良かったよね」

「本人が望んだかどうかは分からないけどね」

「? 助かったのに?」

「助かったからこそ、恨む場合もあると思うよ。
下調べの甘さは自分のせいだけど、あの状況で助けた人を恨むのも解らないでもないから。
彼女はこれから死ねなかったと後悔するか、生きていると安堵するのかは解らないけど、しばらくは背後に注意した方がいいかも」

私の少し前を歩きながらヨルはそう言い切った。
どうも実感が籠っているのは気のせいだろうか、あまり考えたくはないけれど、そういう経験があるのかもしれない。

「………詳しいなあ」

「そうかな。詳しくないよ、別に」

私があまりにも素直に感想を述べると、ヨルは私の方に振り向いて微笑む。
照れたような年相応の可愛い笑顔だった。

その笑顔に大丈夫かなと思って、私はそこでこの考えは打ち切る。

きっと気のせいだ。

「それにしても、なんで死のうとなんてしたんだろう…」

これ以上話を引っ張らない方が良いのだろうけれど、それだけは引っ掛かる。
なんで、死のうとしたのか。
私にはそれが分からない。
怪我だけだし、特に理由はないように感じるけど。

「え?
美人だったからでしょう?」

ヨルは何を今更と言うように、どこか呆れたような顔をした。

「美人だから?」

「そうだよ。あの幽霊屋敷の噂で、老いるのが怖くて自殺した女性がいたって話があったよね?
それと同じだよ、多分ね。
綺麗な自分が好きだから、綺麗じゃなくなって死にたくなったんじゃないかな」

「そんな理由で死にたくなるの?」

そんな理由というのは失礼かもしれないけれど、私からすれば信じられない。
ヨルはそんな私に対して、困ったように笑った。
その笑顔が私よりも年上に見えてしまうのは気のせいだろうか。

「他人からすればどうでも良くても、本人にすれば重大なことだよ。きっとね」

私はそれに何も答えられない。

自分にそれ程の基準があるわけではないからか、それとも理解が出来ないのか。
安易には頷けなかった。

私が一人悶々としていると、ヨルはそれを察してか、すぐ近くのカフェを指差した。

「疲れたから、ホットチョコレートでも飲もう?」

「あ、いいね。
飲む飲む」

私もヨルのその提案に乗る。
甘い物でも飲めば、この話題もどこかに行ってしまうだろう。
その方が良いに決まってる。

話題を振った私が悪いので、ここは奢ることにする。
そもそも年下に奢ってもらおうとは思ないけれど。

一口飲むと、ホットチョコレートの甘さが疲れた体に沁みる。
目の前のヨルは椅子に深く座り、ぶらりぶらりと足を揺らしている。
私はまだ手が微かに震えているけれど、ヨルは思いのほか平気そうだ。

「ちょっと友達にメールしていい?」

そう言いながら、手元のCCMを指差す。

「いいよ。
私相手に許可なんていらないって」

「そういう訳にはいかないよ。でも、ありがとう」

ぱちんとCCMを開いて、LBXを操作していた時とは全然違うゆっくりとした動作でメールを打っている。
ポチポチやカコカコというたどたどしい音に紛れるようにして、窓ガラスにぽたりと雫が当たった。

ぽたり、ぽたりというリズミカルな音はすぐにザーっと激しい音を立てる。
バケツを引っくり返したかのような土砂降り。

「雨だね…」

ヨルがCCMを閉じてから呟く。
視線は窓の外に向けていて、その手はカップを取ろうとしているけれど、微妙に届いていない。
仕方がないので、零さないかなと思える位置までカップを押してやる。

「通り雨だろうから、すぐに止むでしょ。
飲み終わる頃には帰れるよ」

「うん。そうだね」

こくんとホットチョコレートを飲んだ。
雨で街並みが灰色に煙る。
私が疲れているからか、なんだか街そのものがくたびれて見えてしまう。

ちらりとヨルの方を見ると、彼女も疲れた様子で窓の外の雨を見ている。
青い目はこことは違う、どこか遠くを見ているようだった。


■■■


「あ、そろそろ時間ね」

CCMで時間を確認する。
そろそろイギリスにいるヨルからテレビ電話が掛かってくる時間だわ。

なるべくバンやカズとも話したいと言っていたので、場所はキタジマで。
パソコンを立ち上げて、ヨルからの連絡を待つ。

昨日ヨルからメールが来た。
内容は少し問題があって、話だけでも聞いてくれないかというもので、私は勿論了承した。
それで今は連絡を待っている。

「ヨルと話すなんて久しぶりだぜ。
なんなんだろうな?」

「近況報告…ってわけでもないよね。
というか、よくキタジマでヨルが納得したよ。
店長や沙希さんに会うのは、苦手そうだったのに…」

それは私も気になった。

ヨルは目の前で秘密をばらされた私たちはともかくとして、騙していたという罪悪感からか、事情を話さなければいけない人たちを極端に避けたがる。
クラスメイトにも事情は話さなかった。
ユイはもういないけれど、ユイが転校したという話になっている。

店長や沙希さんにも事情は説明したけれど、あまり目を合わせようとしなかったのは記憶に新しい。

そのヨルが学校の友達に会うかもしれないキタジマでテレビ電話なんて、それだけで異常事態のような気がするわ。

「それも含めて、訊いてみましょう。
…っと、あ! 来たわね」

時間ぴったり。
画面には、ちょっとだけ懐かしい亜麻色の髪と青い目が映り込む。
緊張した面持ちで、慌ててヨルは頭を下げた。

《お、お久しぶりです…!》

「久しぶり! ヨル。
そっちは朝?」

《うん。
朝の八時ぐらいです…。
明るすぎるかな?》

「大丈夫だよ。気になんないって」

ヨルとバンが会話を繰り広げる横で、私たちは少しばかり戸惑う。
バンは気にしてないみたいだけど、とても他人行儀というか…。

「畏まってんなあ…」

「まあ、メールのやりとりはあるけど、話すのは本当に久しぶりだから、ね」

それもいつも丁寧な内容だけど…。
何回か敬語は使わなくてもいいと言っているのだけれど、今のところは改善される気配はないわね。
「サターン」で一緒に戦った時とはまた違う感覚。
緊張状態から出たものだったのかしら、あれは…うーん…。

《あの、その…聞いて欲しい話がありまして……。
あ、えっと…あるんだけど…》

私たちの表情を見て、何かに気づいたのか、慌てて敬語を取り払う。
私はそれに頷いて、「話してみて」と促す。

彼女は何回かこくこくと頷くと話し出す。

《あまり良い話ではないんだけど…》

そう前置きをして話し出す。

LBXによる連続通り魔事件が起こっていること。
同居している人と一緒に色々と調査していること。
相手のLBXと一回バトルしたこと。

そのことを分かりやすく話してくれた。

《……ということなんだけど、ごめんね。
私が話したいだけだから、聞いてもらってるだけで…》

「それはいいよ!
それよりもLBXで人を傷つけるなんて…!!」

バンはそう言って拳を震わせる。

LBXを犯罪に使うなんて、確かに許せない。
LBXは強化ダンボールの中で楽しく遊ぶためのものなのに…!

「で? 俺らはどうすればいいんだよ?
そっちには行けないぜ」

カズが冷静にヨルに訊く。
そうなのだ。
問題が起こっているとはいえ、「シーカー」が動いている訳でもないし、拓也さんから何か依頼がある訳ではない。
私たちが何か出来るわけじゃない。
それはヨルも分かっているはず。

だから、これは本当にヨルが私たちに話をして、状況を整理したいというだけ。

でも、それでいいと思う。
何でも言えるっていうのは必要なことだもの。

《分かってる。
いつも二人で話し合ってるから、他の人の意見も取り入れたくて……なんとなくね》

「意見って言われても、何か大きな組織が関わってるとか、そういう話じゃないんでしょう?
あまり話題になると事件を真似する人も出て来るから早めに解決したいけれど、個人では限界があるわ。
適当なところで警察に任せるのも手よ。ヨル」

《模倣犯…そっか…そういうのもあるよね》

そこに重点を置いたわけではないのだけれど、ヨルには真似をするという方が引っ掛かったらしい。
まあ、それはいいとして、本当に警察に任せるのも手よね。

バンもカズも私の意見に頷いている。
自分で解決したい気持ちは勿論分かる。
一年前、私たちはそうして来たから。
でも、今はヨルとリゼという二人きり。
色々なことに限界はある。

《うん。
そうだね。
もしも解決出来なくて、どうしようもなくなったら……それも考えるよ。
聞いてくれてありがとう》

ヨルは微笑んで、そう言った。
彼女の中で話の整理も出来たのか、どこかすっきりしているような気がしないでもない。

とはいえ、私はヨルの表情がそれほど分かるわけじゃない。
一番親しくて、彼女の秘密を暴いたジンなら、本当はどんなことを考えているのか、分かるのかもしれないけれど……こればっかりは私たちが自分で納得するしかないわね。

「助けに行けなくて、ごめん。ヨル」

《ううん。大丈夫だよ。
私が勝手に調べてるだけだから、ただ相談しただけで、私の方こそごめんね》

「つーかさ、そんなに犯人を捕まえたいなら、ジンにでも連絡すればいいんじゃねえか?
あいつなら、俺たちよりも自由が利くだろ?」

「あ、それはいいわね!」

《えっと…それはダメ…かな。
たくさん迷惑を掛けたし、今は自分で出来るだけ頑張りたいから。
ジンには連絡できない》

意外にも……いいえ、結構想像通りというか、はっきりと拒絶したような気がした。

私はそれに対して何も言葉を返せない。
ヨルをよく知らないからでもあり、青い目は強く拒絶している気がしたから。

「そう…。
ヨルが嫌なら仕方ないわね。
そういえば、イギリスでの生活はどう?」

大体はヨルのメールから知っているけれど、話題転換のためにも聞く。

《いつも通りだけど…あ! 優しい先輩が出来たんだよ》

彼女は珍しい、本当に珍しいぐらいの明るい声を出す。
ユイとは全く違う透明感のある明るさ。

よっぽど良い人なのか、しばらくはその先輩の話をしたくらい。
ただその話し方はどこかで聞いたことあるような感じがする。

「何も解決しなかったかもしれないけど、でも、ヨルが元気そうで良かったよ!」

バンがそう言って笑う。

それは本当にそう思う。
あまり話をせずに別れてしまったから、心配していたけれど、元気そうで良かったわ。

今はそれで良しとしましょう。


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