Girl´s HOLIC!

15.霧の中


ヨルの体調が良くなって数日後、私はリビングで過去の事件のデータを睨み付ける。
ノートパソコンの画面を通常よりも大きくして、画面を押すことで事件が起きた場所をマークしていく。
更にマークした場所に被害者の性別や怪我の状態、時間やLBXを見たかどうかも書き込む。

「やっぱりバーとかパブの周辺に集中してるよね。
被害者は過半数が女性。
LBXで応戦しても相手の方が強くて、大体は大破させられてプレイヤーに攻撃。
被害は軽い所で切り傷程度だけど、酷いと薬品による火傷…は先輩の言ってた事件か。
あとは首を切られて重傷もあるな。
うわ! これ、下手すると傷害致死になりかねない。
とにかく、当面の問題は……そのプレイヤーが何処から操作してるか…かな。やっぱり」

ピ、ピ…と画面上に情報を書き込みつつ、ヨルに確認を取る。
彼女はペラペラと良い音を立てて新聞を捲りながら、「うん」と小さく頷いた。
その様子からして、全く聞いていなかったようにも思える。

「……ちゃんと聞いてた?」

「うん。聞いてた。
それについては、なんとなく解る気がする」

解らない単語があったのか、CCMの辞書機能を開いて単語を引きながら、あっけなく彼女は答えた。
それよりも辞書の方が大事らしいが、さり気なく重要なこと言ってますよ? お嬢さん。

「……ええ、と…ヨルさん?
解るように説明していただけると、有り難いんですけど…」

「んー…分かった」

ヨルはちょこちょこと私の横に寄ってくると、自分のCCMとどうにか修復したティンカー・ベルを取り出す。
ティンカー・ベルは削られた腰部をすっかり交換し、今ではちゃんと立てるまでになった。

「LBXを操作する方法はCCMが一般的だけど、実は違う方法があるんだよ。
よく知られているのは、タイニーオービット社が実用化したスパークブロード通信を使った『コントロールポッド』が有名だけれど…」

「あ、知ってる。
でも、あれってまだ市販されてないよね?」

「うん。されてない。
だから、これはLBXを操作していた手段としては除外。
あとは一般的ではないけれど、CCMをワイヤレス接続したパソコンでLBXを操作する方法がある。
これを応用することで、操作用のコンピュータに専用のソフトがインストールされたLBXを操作する用のサーバーを構築しておけば、インフィニティネットを介して離れた場所にある別のコンピュータでも操作出来る。
これなら理論上では、一応、どこにいてもLBXを操作できるはず。
相手はこの方法を使ったんじゃないかな。
ハッキングも行ってる可能性が高い。
私もやったことはないし、確証は持てないけど……後で詳しい人に確認取ってみるね」

「あー、いや、うん。
やったことがあるのは問題だから、それでいいけど……。
それだと、下手すると郊外とかに犯人がいるってことか…。
管轄が複雑だろうし、警察も苦労するのが分かる気もする……でもさ、ヨルはあの時何か探してなかった?
もしかして、外にパソコンがあるとか考えてたんじゃ…」

それなら失礼だけれど、間抜けだなと思いつつ訊いてみると、ヨルは首を横に振る。

「ううん。
カメラを探してたの。防犯カメラ」

「防犯カメラ?」

「うん。
インフィニティネットに侵入できるのだとしたら、防犯カメラの映像も拾えるんじゃないかなって。
LBXのカメラアイと防犯カメラの映像なら、より正確な操作が出来るはず。
あの精密な攻撃は……私ならその場にいなければ出来ないけど、相手は出来る。
………次会った時は、勝てるかな…」

最後の方は、本当に小声で弱々しかった。

それに対しては、私は答えられない。
答えられる権利がないと言ってもいい。

私はLBXの構造や論文に興味があっても、LBXを操作しようとは思えない。
一度人に貸してもらって自分が向いていないと分かったのもあるし、大学の資金配分とか私怨っぽい理由が主だけれど。
LBXを操作しない時点で、私には勝ち負けに対して何か言える権利はないのだ。

「……うん。
でも、これからどうするか。
また路地で襲われるの待つ?」

それは随分と非効率的というか、同じ餌に引っ掛かるような相手でもない気がする。
私がうーんと悩んでいると、ヨルはさっきから時間を掛けて読んでいる新聞を一旦置いた。
そして、またとことこと軽い足音をさせながら、私の元に寄ってくる。

「今まで事件が起きた場所を見てみたい。
証拠が残ってる訳はないけど、道の特徴とか分かれば、バトルする時に役に立つから」

「なるほど…。
分かった。近場を選んで行ってみようか。用意する。
まあ、本来はバトルする前にやっておくことなんだろうけど、ごめん。
私のせいで後手に回ってる」

下調べしておけば、あのLBXに勝てたかもしれない。
そう思って私が謝ると、ヨルは大きく首を横に振り、真剣な眼差しで私に詰め寄った。

「リゼのせいじゃないよ。
私が弱いのがいけない」

強い意志の籠った声だった。
こちらとしては責められた方が有り難い…訳ではないけれど、なんというか釈然としない。

私と彼女でどちらが悪いか話し合ってもいいけれど、ヨルは折れなそうだなと思って止める。

今作ったばかりのデータをCCMに送信して、椅子から立ち上がった。

ヨルは良いとして、私はかなりラフな格好なので着替える必要がある。

「ちょっと着替えて来るわ」

「うん。分かった」

ヨルはそう返事をして、喉でも渇いたのかキッチンの方に向かって行った。
私はパソコンを閉じて、二階に上がる。

クローゼットからいつものやつを選んで、さっさと着替える。
一応、鏡の前でリボンの位置だけは確認する。

「……よし」

CCMの中のクレジットの額を確かめて、財布はベッドの下に置いていくことにする。
身分証明書はさすがに持って行くけれど、あまり荷物は多すぎないようにしておく。

階段を下りると、すでにヨルが玄関で待っていた。
つまらなそうに手の中の鍵を弄んでいる。

「ごめん。待たせた。行こう」

「うん。
あ、そうだ。忘れてた」

家の鍵を私に押し付けると、ヨルは本の山の上に適当に置かれていたメモ帳とペンを取って、誠士郎さんに書置きを残す。
横から見ていると、内容は当たり障りのない感じで、嘘を吐き過ぎない程度だった。
玄関からすぐ見える場所に置いておくのは、彼はリビングを通らずに書斎に直行する場合が多いからだ。
ここなら、まず間違いなく通る。
裏口から入るなんてことは……見たことないので、多分ない。

メモは置いた。
忘れ物はないはず。

二人で外に出て、そのままだったので、私が玄関の鍵を閉める。

「じゃあ、近場のここから行ってみよう」

「うん」

二人、CCMの画面を見ながら歩き出す。

ヨルの背は低いので、少しCCMの位置を下げる。
私は見えにくくなるけど、大体頭に入ってるから問題ない。

事件が起きた場所はバーやパブの多くある通りがほとんどだけど、それだって首都にいくつあるのか。
とりあえず、近く…とはいっても、三十分ぐらい歩かなければいけない場所に向かう。

そこも傍にバーがあって、被害者は学生と…あまり大きな声では言えない職業の女性。
なるほど、そういう目的か。

「郊外から出て来た大学生か。
郊外から来て、怪我して帰るって悲惨だなー」

「へー…」

ヨルは曖昧に頷きながら、壁や防犯カメラを確認していく。
私にはこの前戦った路地とそれほど変わらなく見えるけど、何か違うのかもしれない。

「やっぱり、相手を攻撃して上に逃げるんだろうな」

路地の形に細長く切り取られた空を見上げながら、ヨルが呟く。
その手にはCCMが握られていて、パシャパシャと路地の写真を撮っていた。

私はその間に両隣の店を確認する。
どちらもネット環境がしっかり整っていて、中に事務処理用のパソコンぐらいあるだろう。
見せてくださいとも言えないけど、ヨルの話が正しいなら、LBXの操作は可能なはず。
大した証拠にはならないか…。

そうしていると、ヨルが路地からひょっこりと顔を出して、満足そうな顔をしていたので次の場所に移動する。

移動は地下鉄を使ったり、徒歩だったりだけれど、同じような場所ばかりが続き、正直自分でも混乱する。
あれ? さっき、来なかったかなとなるのだ。
まあ、計画的に造られた場所が多いので仕方がない。こうもなる。

今いる場所は空き家が少し目立つ地区で、昼間から人通りも少ない。
路地が少しばかり入り組んでいて、地図があっても、下手をすると迷子になってしまいそうだ。
民家の庭を通ってそうな錯覚にも陥る場所もあり、迷っても抜け出せるのだろうか。

そして入り組んだ道を歩いていると、懐かしいかつての寮生たちの声と一緒に、大学寮でこの地区が噂になっていたことを思い出す。
あれは…なんだったかな。
あんまり私が得意ではない噂だった気がする。

うんうんと私が唸っていると、不意にヨルが私の服の袖を引っ張った。

「あれ、何?」

くいくいと私の袖を引っ張り、ヨルが指差した場所を見る。

奥まった、その場所。
雨避けの小さな細いアーケードもあり、枯れた植木鉢が置いてある。
アーケードの先には、壁の塗装が剥がれたうらぶれた家が他の家と挟まれて存在している。
掠れた文字で「For Sale」いう看板が窓に貼られていた。
住む者のいない、時代に置いてかれた、ただの廃屋。

ただし玄関の鍵部分は異様に傷ついていて、鍵は諦めて針金で雁字搦めに固定されているだけだった。
その針金も近付いてみれば、工具で無理矢理切られたらしく、束が真っ二つになっている。
風で揺れて、扉が古ぼけた音を出していた。

「ただの廃屋…だったはず、なんだけどー…」

「?」

何か、ものすごく引っ掛かるんだよな、この場所。

歯切れの悪い私の言葉にヨルが首を傾げる。
傾げながらも、その小さな白い手が玄関に伸びていく。
ギーという音を立てて、塗装の剥がれた木製の扉は開く。
ヨルが軽く押しただけなのに、扉はバキっという変な音を立てて、破片を落とした。

「……けほっ」

「うわっ。すごい埃…」

扉を開いたことで埃が舞い上がり、小さくヨルが咳き込んだ。
玄関から続く長い廊下には、高価なカーペットのように埃が積もっている。

立地の関係から陽の光が入らず、昼間だというのに廊下はものすごく暗い。



小さく咳き込みながらも、ヨルが家の中を覗き込む。
床に溜まった埃をじっと見つめながら、何事か考え込んでいる。
私も同じように考え込んだ。

この地区にある噂……迷路の先の……うーん…。

大体の時期を絞って、話を一つ一つ遡る。
シエラだったかな…あんまり他の寮生とはそういう話はしたことがないし…。
そもそも聴かないかないからなあ。

暗い廊下を見つめて、ボロいアーケードを見つめて、CCMに表示された地図を見つめて…

「ああーっ!!」

思わず、路地中に響き渡る大きな声を出してしまう。

思い出した! 思い出した!
………私にとってものすごく嫌な話を。

「………リゼ。少し静かに」

人差し指を唇に当てて、彼女が私に注意した。

ヨルはその青い視線を床と家の奥を何度も往復させる。
そして、青い瞳を怜悧に鋭く細めた。
近くにいても分からないぐらいに、細く息を吐き出し、一歩…埃の中に足を踏み入れた。
ふわりと雪のように埃が舞う。

「ちょっと、待って! ヨル!
ここって、この辺では有名な……」

幽霊屋敷、と続けようと思ったけれど、ずんずんとヨルは進んでいってしまう。
暗い中に亜麻色の髪が消えていく。

「ああ! もうっ!」

足が震えるのを堪えながら、私も彼女の後を追う。
震えているのは歩き疲れたから!
断じて、怖いからではありません!


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