Girl´s HOLIC!

14.やさしいこえ

「脳がミキサーにかけられたみたい……。
気持ち悪い……でも、学校…」

ヨルが頭を抱えながらも、震える腕でベッドから起き上がろうとする。

「昨日の今日だから、仕方ないよ。
休んでなさい」

「前に十日も休んでるから……行かないと…」

「大丈夫。取り戻せるから」

「うう…」

ベッドから出ようとする彼女を押さえつけて、無理矢理毛布を被せる。

ヨルは昨日の閃光手榴弾の影響からか、朝から体調不良を訴えた。
なんでも脳がミックスされた感じだとか、やっぱり直接あの光と音の嵐を喰らったせいだろうか。
本人は「知恵熱だよ…」とか、訳の分らないことを言っていたけれど。

とりあえず、自分と珍しく朝に起きた誠士郎さんの分の朝食を作ってから、ヨルの様子を見に来たのだけれど、まだ駄目らしい。
今日は学校は休みだ。
学校には誠士郎さんの方から連絡を入れてもらったから、問題はない。

「昨日のLBXの逃走経路とか…調べないと…」

「治ったらね。
私なりにも調べてみるから」

「ごめんね。ありがとう…。
うえっ、ぎもちわるい…ミキサー…」

「寝てろ寝てろ。
誠士郎さんがいてくれるって。安心してお休み。
それから、昨日のことはごめん。
……甘く見てた」

誘った私の方に落ち度がある。
謝ると、彼女は未だに目を回しながらも首を横に振った。

それを見てから、枕元に水差しを置いて、部屋から出て行く。

「行ってくるわ。
ゆっくりおやすみ」

「いってらっしゃー…い。
ぎゅう…」

辛うじて手を挙げたけれど、すぐに変な声を出して、腕がベッドに落ちた。
音を立てないように注意しながら階段を下りて、リビングの鞄を取りに行くと、何故か誠士郎さんがテーブルに肘を付いて、手で顔を覆っていた。

「どうかしました?」

「………リゼ。このポーチドエッグにかかってたソース、一体何なんだい?」

「いやー、隠し味で戸棚のスパイスを少々。
ちょっと失敗しました。
不味いでしょう?」

今日のは不味いけれど、昔作ったスパイス入れ過ぎのコールタールみたいなシチューや塩と蜂蜜が効き過ぎのクッキーよりはマシだったので、まだ成功した部類だ。
料理の腕は確実に上がってきている。
食べてもらえば、人の意見も訊けて更に腕が上がるはず。

「自覚はあるんだな。
うん。ものすっごく不味いね。
これは……よく人に出せたなあ。
口の中で弾けてる…。君はよく平気で食えるな、これ」

「もっと不味いのありましたから。
胃が丈夫にもなりますよ」

「慣れか…そうか、慣れか…」

それから、ぶつぶつと何か呟きだした。
口から魂が出かかっている気がしないでもないけど、始めのうちは良くある。
それは放っておいて、私は家を出る。

学校に向かっている途中、昨日の現場にも寄ってみる。

立ち入り禁止のテープが張られている場所は二か所。

昨日ティンカー・ベルと相手のLBXがバトルした路地とその手前にもう一か所。
私たちがあのLBXに襲われる少し前、別の路地で通り魔事件があったらしい。
例の如く、被害者は若い女性、腕を切られ軽傷とのことだ。
あのLBXは逃走の途中で、ついでとばかりに私たちを襲ったということになる。

その人はLBXの姿はよく見えなかったと証言したらしいけれど、代わりにヨルが見ていた。

相手のLBXはピエロみたいな顔をした、ストライダーフレーム。
既存のLBXではジョーカーに比較的フレームや特徴が似ているということ。
ただカラーリングは黒だから、やはり暗闇だと見えにくい。

「とりあえずは…調べる意志があるってことは、これからも手伝ってくれるってことだよね」

ヨルはやられそうになっていたけれど、あのLBXのことを調べようとしてくれた。
まだ手伝ってくれる。心が折れたわけじゃない。
そのことにほっとする。

「まずは図書館で以前の事件現場でも纏めてみるか」

やることは決まった。
さて、私ご用達の図書館に向かうとしよう。


■■■


情けない。なさけない。ナサケナイ。

気持ち悪い。吐きそう。
脳みそが未だに揺れている。
考えが纏まっては、解けていく。

色々なことがお腹の中で溜まって、出てこようと足掻いている。
黒いものは底に溜まって腐り、新しい泥を上へと持ち上げる。

浅い呼吸を繰り返す。

そうやって、ズブズブとシーツに沈んでいると、CCMが無機質な音で着信を知らせた。
毛布の中から手を出して、CCMを取る。

どうせリゼだろうと思って、名前は確認せずに通話ボタンを押して、CCMを耳に当てた。

「……はい。もしもし…」

体調が悪いと心配されるから、少しだけ甘い声を出した。
どんな時でもこの声は出せる。
どれだけ練習したから分からないから。

ただ……相手が悪かった。

《………何かあったか? ヨル》

少し低い、私の核心を突くかのような声。

心臓を締め上げられると同時に安堵して、腹の底から黒い泥が這い出ようとする。

気持ち悪い。きもちわるい。
でも、奥底に開放されたいという願望と悦楽が眠っている。
それがわかるから、その声は聴きたくない。

「あ……」

微かに声を漏らして、それが動揺しているのが自分で分かって恥ずかしくて、咄嗟に通話を切った。
通話が切れる、不恰好な醜い音。
浅い呼吸を繰り返す。

それを深呼吸して、どうにか収めた頃にまたCCMが鳴った。

今度は名前をしっかりと確認する。

「海道ジン」と、名前が。

「はい。もしもし」

今度は自分の声で、電話に出る。
これが未だに少し慣れない。
自分の声が慣れないのはおかしいけど、私の現実だ。

《……突然、電話を切るんじゃない。
失礼だし、心配する》

ジンは溜め息を吐いてはいたけれど、どこか安堵したようだった。
私はそれにわざとらしく、「あはは…」と微かに笑う。

彼の紅い目を見られなくて、良かった。

少し前ならいざ知らず、今の私では彼に対して分が悪すぎる。
面と向かった時、上手く答えられる自信がない。

「ごめん。少し動揺して、本当にごめんね。ジン。
何かあった?」

《いや…特に用はない。
気が向いただけだ。
……手紙に書いていた出来事は、全て終わったのか?》

「リゼのことだね。
うん。大丈夫。
あの後は何もないよ」

実際にはそんなことはないのだけれど……。

しばらく、私と彼の間に沈黙が流れる。
じっとその沈黙を我慢する。

《そうか。なら、いいんだ。
もう一つ訊くが、今日は学校は休みなのか?》

「え、と…体調不良で病欠…。
もう治ったけど、ね」

《それは、すまなかった。
本当に大丈夫なのか?》

「軽い眩暈だから、大丈夫。
もう治まって来たから」

閃光手榴弾の光と音を浴びたとも言えない。
お腹の底に黒いものは残っているけれども、良くはなってきているはずだ。

《君の『大丈夫』は信用ならないが……、まあ、いい。
無茶はするな。
何かあれば、連絡してくれて構わない……というのは、あの時空港で言ったな》

「言ったね。
大丈夫。忘れてないよ」

この場合は忘れてないからこそ、連絡できないというのが正しい。

自分の言葉をもう一度確認する。
変なことは言わなかったはずだ。
前に比べて、色々な感覚が鈍くなっているから、こういうことが少し難しい。

《…………本当に大丈夫なんだな?》

念を押すように、慎重にジンが訊いてくる。
これは気紛れに連絡を入れてきた訳ではないな、と思った。

彼だって自分のことがあるだろうに。
私の心配をさせるべきじゃない。

そうは分かっているけれど、心配されるという感覚が未だに慣れなくて、引っ込みがつかないというか……なんて言えばいいのだろう。
多分、嬉しいんだろうけれど、少し分からない。

「うん。大丈夫」

分からなくても、言葉は勝手に出て来てくれる。

私は本当に便利だ。
好きにはなれないけれど…ね。

ジンは私の言葉から何か掴もうとしているのか、考えているような沈黙が流れる。

《分かった。それで今は十分だ。
また連絡する》

どこか諦めが滲んだような声だった。
納得は…どうだろう、してないかもしれない。

「私の方もまた連絡するよ。じゃあね」

そう言って、私の方から通話を切る。

CCMを閉じてから、十秒ほど間を置いて、深く深く溜め息を吐く。
少し吐き気がしたので、拙いことはなかっただろうかと反芻しながら、一階のトイレへと向かった。


■■■


「………はあ」

通話の切れたCCMを見つめ、思わず溜め息を吐いた。

ヨルには特に用はなく連絡したと説明した。
しかし本当のところは、彼女の親戚であるリリアさんから何か変なことに首を突っ込むかもしれないというような連絡があったからだ。

少しイギリスのニュースを調べてみたが、あちらではLBXによる傷害事件が多発しているという。
これにヨルが関わっているんじゃないかと危惧したのだが、さすがに直接訊けはしなかった。

「関わっていないと、いいのだが…」

今は彼女自身を治すことを考えるべきだ。
ゆっくりと、時間を掛けなければ、彼女自身の問題は治しようがない。
例え、時間が全て解決しないとしてもだ。

首都は広い。
関わる可能性も事件に遭遇する可能性も低かろうと考え、そう願い、もう一度重い溜め息を吐いた。


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