Girl´s HOLIC!

13.霧の街


バーの中で学生や会社帰りの人たちの笑い声が弾ける。
ビールグラスが快音を響かせ、微かに泡の立つ音がする。

レストランからはウェイターの元気のいい声が漏れる。

恋人たちが指を絡めて歩いていて、ちょっと派手な格好をした女の人が一人で歩いている姿も目に入る。

「…夜って、こんなふうになってるんだ」

普段とは違う、暗い色のパーカーを着たヨルはきょろきょろと興味深そうに周囲を見回す。
彼女の肩に手を置いて、視線を前に固定しつつ、その歩みを進めさせる。

「まあ、あんまりこんな時間に外に出したくはないからね。
治安は良いけど、暗闇に紛れて迷子になられると困るし…」

「迷子になんて、ならないよ」

いやいや、ふらふらと何処かに行きそうだから。

ヨルの頭の上のチェックのキャスケットを直しながら、彼女の肩に置いた手に力を込める。
決して夜道が怖いとか、そんなことはない。
保護者だから。
そう。保護者だから。

「……とりあえずは街に出て来てみたけど、よく考えれば、今日何か起こるっていう保証はないよね」

右手にCCMを持ち、この辺の地図を確認しながら、ヨルが呟いた。
確かに、とりあえず出て来てはみたものの、今日あのLBXが姿を現すという確証はどこにもない。

「もう少し人通りの少ない所に行けば、現れる可能性はあるはず。
先輩の話でも、裏路地から現れたって話だし…」

「少し脇道に入ってみる?」

「入ってみるか…。
でも、私たち二人を狙ってくれるかだよね。問題は」

「リゼがいれば、大丈夫だと思うけど…。
年齢的には、今までの人たちとそれほど年齢が離れている訳じゃないから。
時間も大丈夫。
相手がその気になってくれたなら、後はバトルすればいいだけ」

「勝つ自信があるの?」

そう訊くと、ヨルは首を傾げて、「うーん」と唸る。

「時間稼ぎは出来る。
本当にCCMで操作しているのなら、操作範囲一キロの縛りからは逃げられない。
それに、より正確な動きや攻撃を求めるなら、近くで操作したいっていうのが、LBXプレイヤーの共通認識だと思う。
見つけるのはそれほど難しくない……はず。
私がバトルしている間はリゼ、よろしく」

「お、おー…任せなさい!」

確実に勝てる自信はないわけか。
そういえば、アリシアやソフィアとのバトルも負けたって言ってたなあ。
ここは私が頑張らねば。

ヨルの先導で、私たちは少し大通りから外れてみる。

人通りも明かりも少ない。
少し強いお酒の匂いもする。

「………っ」

思わず、ヨルの肩に置いていた手に力を込めてしまう。
当の本人は痛そうな表情も何もしなかったけれど、ちょっと私を恨めしそうな目で見上げた。

彼女はCCMを操作すると、ティンカー・ベルを肩に乗せる。

「LBXの前に変質者の方に会いそう…」

「最近は防犯カメラもあちこちにあるし、大丈夫なはずだけど、そう考えるとなると、この事件も解決出来るはずなんだよなあ」

「………うん」

ぼそりぼそりと話しながら、二人して路地を進んでいく。
時々酔っ払いや近道をしに来た学生らしき人たちと擦れ違うけれども、どの人も私たちを襲おうとするような気配はない。
背中を向けた時に注意してみるけれど、背後から襲われるようなこともなかった。

大通りと路地を行き来しながら、襲われる時を待つというのは変な気分だ。
そして、こういう時に限って、そういうことには遭遇しない。

「今日は戻る?
明日にも響くし」

「………もう少し」

煉瓦造りの壁や防犯カメラを確認しながら、ヨルはズンズンと先に進んでいく。
暗さや酒臭さ、煙草の煙やフラフラと歩く酔っ払いは全く怖くないらしい。
十四歳でこんなに胆が据わっていていいのだろうか。
もう少し怖がろうよ。

「あと三十分経ったら、さすがに家に戻ろう。
また明日に持ち越しってことで」

カフェで頼んだホットチョコレートを渡しながら、そう提案する。
酔っ払いがあまり増えてくると面倒だし、明日も明日で予定がある。
ヨルは煉瓦造りの壁を見上げながら、こくりとどうでも良さそうに頷いた。

「……わかった」

こくんこくんと喉を小さく鳴らし、ホットチョコレートを飲み干す。
「甘い…」と当たり前のことを呟きながら、カップを戻して、また街に繰り出す。

とにかく細い路地は片っ端から覗き、しばらく立ち止まって見て、襲われるのを待つ。

何本目かの狭い路地、そこは特別暗く感じられた。
少し長い路地で、街灯の明かりが半分ぐらいまでしか届いていない。
先が見えない恐怖がここに来て込み上げてくる。
向こう側が微かに見える明かりを目指して、ヨルが先陣を切って入っていく。
とは言っても、二人しかいないけれども。
心許ないことこの上ない。

路地の雰囲気からか、吐く息が白いようにも感じられる。

しばらく立ち止まって、例の如く襲われるのを待つ。
暗い中で立っていると、不意に足元を黒猫が通り過ぎて、ものすごく不安にさせられる。
同時にそう遠くない場所から、金属のような人の声のような音も聞こえて来て、余計に怖くなる。

「…来ないなー」

「本来なら、来ない方が良いんだよ」

「それはそうだけどね。
三十分は経ったし、そろそろ帰りますか」

路地の向こう側をじっと見つめていたヨルにそう声を掛ける。
彼女はしばらく見ていたけれど、私を見つめてから、了承の意味で頷いてくれた。

「……うん。そうしよう」

二人で納得して、方向転換する。
並びの都合上、私が前にヨルが後ろになる。

そのままの並びで大通りに出ようとした時、ガシャリと軽い、何かが落ちたような音がした。
何だろうかと振り返ろうとした時、何の前触れもなく髪が数本、パラパラと地面に落ちた。

「……リゼ!」

一瞬、何が起こったのか全く分からなくて、ヨルの声で漸く事態を飲み込もうと脳が動き出す。

少しの恐怖を払い除けて、振り返る。

暗い路地の中、私たちの足元に不気味な二つの小さな光。
それは眼光だ。

長い鎌のような武器が見える。
それも鈍く光って、私たちの首を狙うかのように掲げられている。

私たちが探していたLBX!

ヨルがCCMを構え直して、肩から降りたティンカー・ベルがすぐに応戦する。
バチンという音を立てて、銀色のナイフが姿を現す。
襲い掛かって来たLBXの鎌を受け止めると、それをギリギリのところで流す。

とりあえず、一撃は防いだ。
それだけ確認すると、私はヨルの青い炎のようにゆらりと揺らめく瞳を横目で確認しつつ、路地から出てプレイヤーを捜す。

右に左に視線を漂わせるけれど、CCMを操作している人はおろか、そもそも人があまりいない。
ならば反対側かと思って、何本か前の路地から向こう側へと抜ける。
こちらは人通りが反対側よりも多いけれど、ビールのグラスとグラスがぶつかる音や馬鹿騒ぎの声が響くばかりで、プレイヤーらしき人物は見当たらない。
建物内にも入らせてもらって、背後からCCMを開いている人たちの画面を確認するけれど、それっぽい画面の人はいない。

この辺は飲み屋が多く、昼でもない限りLBXバトルをしている人はそうはいない。
LBXバトルの一つでもしていれば、その中にプレイヤーが紛れていてもおかしくないのに…!

「………ちっ」

思わず舌打ちをしてしまう。

ヨルは時間稼ぎは出来るとは言っていたけれど、当然限界はある。
肩で息をしながら、ヨルとさっきのLBXがいるはずの路地まで戻ってくる。

「ヨルっ!」

暗い路地の中で、相手のLBXの攻撃を防いで、苦しそうな表情をしている彼女の名前を呼ぶ。

「ごめん! プレイヤー、見つからない…」

私がそう叫ぶと、ヨルは少しだけ目を細めた。
その間にも、ティンカー・ベルが相手の鎌を弾いて懐に入ろうとするけれど、鎌の柄の部分で首を突かれるようにして地面に縫い付けられる。
それを蹴り上げて、ティンカー・ベルが体勢を立て直した。

「………そう。
なら、ネット経由か」

静かにそう呟いた。

相手のLBXは軽い身のこなしから考えて、ストライダーフレーム。
武器が鎌なのは解るけれど、動きが速いことと暗闇であることが重なり、その姿は良くは見えない。

ただ振り上げた鎌に赤い液体がべったりと付いているようにも見えた。

相手の攻撃を防ぎながら、ヨルは視線を上や下、右に左に送り、何かを探しているようだ。

明らかにティンカー・ベルの方が劣勢なのに、どうしてそんなことをしているのか。
解らないけれど、何かあればと思って、私も何かを探す。

相手のLBXは鎌を何度も振り下ろしながら、ティンカー・ベルと距離を取り始めた。

何をする気なのか、せめてこっちからは逃げられないように道を塞ぐ。
LBXのカメラアイはその様子を捉えたようで、体勢を低くすると、鎌を構え、低くティンカー・ベルへと突っ込んでいった。

それと同時に、相手のLBXを竜巻のようなものが覆う。
黒い竜巻そのものになったLBXがティンカー・ベルを襲った。

「ヨルっ!?」

爆炎が舞い、反対側にいたヨルの姿が見えなくなる。
この威力からして、今のが「必殺ファンクション」か。

げほげほと咳き込みながらも前を向くと、相手のLBXと腰部が少しだけ抉れたティンカー・ベルが立っていた。

直撃したと思ったけれど、あの一瞬でどうにか避けたらしい。

でも、本来ならブレイクオーバーしてもおかしくない損傷だ。
そう長くは持たない。

ヨルの方に視線を向けると、厳しい表情でティンカー・ベルを見ていた。
相手のLBXはその首を斬ろうと、鎌を構えようとしている。

「リゼ!!」

未だに咳き込んでいる私の名前をヨルが呼ぶ。

「この路地から逃げて!」

彼女が何故だか、私にそう言った。

ヨルはじりじりとLBXと距離を取りながら、パーカーのポケットに手を入れて、暗闇の中でも銀色に光るそれを取り出した。
彼女がピンに指を掛けるところまで、私は見た。

あれはリリアさんからもらった閃光手榴弾だ。

瞬時に言葉の意味を理解する。
ヨルに対して一つ頷いてから、路地から出て、すぐ傍の壁に背を預けて、耳を塞ぐ。

直後に強烈な光と耳と煉瓦の壁を揺さぶる轟音が襲ってくる。
耳を塞いでいても、脳を掻き混ぜるかのような音の嵐。

「ヨル! 大丈夫!?」

光と音が止んでから、すぐさま路地に飛び込んだ。


閃光手榴弾なので壁や物が壊れているなんてことはなかったけれど、何故か路地の中でヨルが倒れていた。
キャスケットは取れ、亜麻色の髪が地面に零れている。

「ちょっと!? ヨル!」

急いで駆け寄ると、彼女は目を回して気絶していた。
閃光手榴弾の強烈な光と音を防げなかったのか。
いや、防ぐような暇はなかったのか。

倒れているヨルを助け起こそうとすると、路地の向こう側が少し騒がしくなっていることに気づいた。
強烈な光と音に人が集まってきているのだ。

この様子を見られたら、何を言われるか分かったものではない。
警察沙汰が避けられないならば、逃げるのが最善だろう。

私は破損したティンカー・ベルとCCMを拾い上げて、最後にヨルを抱きかかえる。
彼女の体はふわりと容易に持ち上がる。

小さな体は気絶しているのに、すごく軽かった。



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