Girl´s HOLIC!

11.もう始まっている

復讐しよう。

絶対に…何があっても、必ず。

平和な郊外の街の中くらいの大きさの家、その二階の小さな部屋。
その中で、ずっと使っているお気に入りのベッドの上だけが、私の居場所だった。

白いシーツをすっぽりと頭から被さり、いつも「明日が来ませんように」と祈りながら眠る。

学校には行きたくない。
両親の何も知らないというような顔を見たくない。
この部屋から出たくない。

でも、朝は必ずやって来て、母に優しく起こされ、父に朝の挨拶をし、何もないかのように振る舞って朝食を食べる。

そして、彼女がやって来る。

いつも生真面目に、同じ時間に、「学校に行きましょう」と言いながら。

キリキリと胃が痛む。吐き気が込み上げてくる。
学校は嫌だ。
逃げ場のない教室で、嘲られ、蔑まれ、憐れまれるのだ。
厭らしい笑い声がいつも、どんな場所からも聞こえてくる。
助けを求めても、証拠がない。遊んでいるだけじゃないのと、話も聞いてもらえない。

あんな場所は嫌だ。
出たい。出たい。あの場所から、今すぐに。

しかし、そんなことは叶わない。
私は自分の生まれたこの場所から出て行けはしないし、誰も助け出してはくれない。

卑しい声や仕打ちを受けながら、私は暗い気持ちでずっと考えている。

復讐しよう。復讐してやる!

お前たちが忘れた頃に、私と同じ…いや、それ以上の苦しみを与えてやる。

逃れられると思うな。

例え私が死んだとしても、冷たい土の下から這いずり出て、お前たちを地獄の底まで追いかけてやる。


■■■


「ヨルー。ここ、間違ってるよー」

「本当に?」

「うん。
公式は合ってるのになあ。
ここの注釈も文法、間違ってる」

美味しそうにこんがりと焼かれたハムとチーズのホットサンドをはむはむと食べながら、ヨルの自習用のノートの問題にバツを付ける。
大体の解答にバツが付くけれど、この前直した問題はちゃんと解けている。
ごくんとホットサンドを飲み込み、良い調子だぞという意味でこくこくと頷く。

残ったホットサンドを指で口に押し込んで、更に紅茶で流し込む。

「ごちそうさまでした」と言ってから視線を移すと、目の前でもそもそとホットサンドを頬張るヨルに微笑ましいなと思って、ちょっと笑ってしまう。

「食べるの遅いなー」

「うん。ちゃんと噛むようにって、教えられたから」

その言葉通り、何回も噛んでから飲み込む。
私は律儀だなと思いながら、椅子から立ち上がった。

「ノートは机の上に戻しておけばいい?」

「置いておいてくれるの?」

「うん。鞄持って来るついで。
そうしたら、忘れ物を取りに行って、先輩の手伝いもするから、もう行くわ」

「分かった。よろしく」

ヨルがこくんと頷いたのを確認して、私は皿を流しに持って行ってから、階段を小走りで上がる。
鞄の中身を指差し確認してから、ヨルの部屋に入り、ノートを机の上に置いた。

その時に、机の横に古くなってカサカサになったメモが一枚、目に入ったので拾う。

「……日本語?」

メモには日本語らしき文字で何か書かれていたけれど、内容は解らない。
ぐにゃぐにゃとしていて、日本語かどうかも怪しいけれど。

ヨルの教科書かノートから落ちたのかなと思って、机の上に置いておくことにする。

「さて、行こう」

玄関に向かう途中、書斎から寝癖の付いた髪を掻きながら出て来た誠士郎さんに朝の挨拶をした。
しばらく書斎で寝起きしていたようで、二、三日姿を見なかったなと思いつつ、「いってきまーす」と言って、家から勢いよく出る。

外に出ると秋の涼しい風が吹き、空を覆っている灰色の雲が少しだけ動いた。
雨が降りそうではあるけれど、天気予報では午後から晴れるらしい。
今日も屋内の活動ばかりなので、私にはあまり関係のない話である。

今日の予定を頭の中で確認しながら、街中をずんずんと歩いていく。
午前中は先輩の手伝いで、午後は講義が一つだけ入っている。

あー、頭使うなあ。お腹が空くなあ。

途中のパン屋さんで、大きなサンドイッチを三個ほど購入してから大学に向かう。

門をくぐって、少し歩いて理系の研究棟へ。
窓から入る朝日が眩しい階段を上って、研究室へと向かう。
私の所属している研究室は研究棟の二階の一番の端にある。

そこに行くまでにたくさんの大きな研究室を通り過ぎて、最後に小さいボロボロの研究室に辿り着く。

「失礼します」

扉を開けて中に入ると、部屋は混沌としていた。

開けた途端に漂って来たのは、コーヒーの独特の焦げた匂いと淀んだ空気が混じり合う、形容し難い臭い。
目の前の長机で、先輩が魂が出るんじゃないかと言うほど口を開けて突っ伏し、何やら呪文のようなものを唱えていた。
その足元には大量の紅茶の出涸らしやコーヒーのパックや紙屑、よく分からない物が床が見えないぐらいに大量に転がっている。

昨日最後に見た時はこんなに汚くなかったのに…!

「せんぱーい!
大丈夫ですか!?
私の本は無事ですかー?」

足の踏み場もない床から、どうにか場所を見つけて、研究室に踏み入る。

「あった! 私の本!」

紙屑を払い、紅茶の出涸らしを退けて、私の本を救出する。
「LBX - All of the theory - Yamano Junichiro」と表紙に書かれた本を拾い上げ、大きな汚れがないのを確認すると急いで鞄の中に隠す。
危なかった…。この研究室にはLBXをやる人はほとんどいないので、見つかったらからかわれたかもしれない。
見つかって、良かったあ。

私がそうしている間に同級生や先輩がやって来る。
彼らは部屋の惨状を見て、顔を顰めた。

「げっ! 何これ…酷い…。
あー! 私のファイルがコーヒーに侵食されてる!」

「俺の椅子はどこに行った!?」

背後からは阿鼻叫喚。
それを背中に受けつつ、先輩に近づくと彼は魂を吐き出すのを止めて、私に不気味な笑顔を向けた。

「お、おはよ〜…リゼ」

「おはようじゃないです!
どうしたんですか! 研究室が滅茶苦茶です」

「こ、これには…理由が、あって〜…」

今にも倒れそうになりながらも、彼は目の前のパソコンのキーを一心不乱に叩く。
目は充血していて、頬は一晩では考えられない程にこけているものだから、ものすごく怖い。

私がその姿に引いていると、漸く入って来れたらしい先輩たちが紙屑を蹴飛ばし、パックを押しのけながら、研究室を発掘し始める。

「理由を訊く前に掃除!」

私も押しやられ、発掘作業に駆り出された。


「いやー! 助かったよ! まだピンチだけど!」

先輩はそう元気に言うと、呆れる私たちを尻目に私が買って来たサンドイッチを頬張った。

酷い惨状だったものの、あれからしばらくして、私たちの努力の甲斐もあって研究室は元のまあまあ汚い部屋に戻った。

「昨日から寝てなくて、深夜の勢いだけどさ!
とにかく話を聞いてくれよ!」

コーヒーや紅茶の染みを拭く私と同級生やファイルの中身を必死でチェックする先輩たちに向かって、彼は大仰に腕を広げ、サンドイッチの中身を落としそうになりながら話し出した。
それは古代の偉大な魔術師の言葉のようでもあり、とんだ間抜けな詐欺師のようでもある。

「事件は昨日の夜中に起きたんだ!
俺はレポートが出来上がったことを記念して、バーで飲み明かしていたんだ。
ビールをもう何杯もおかわりしたよ!」

「はいはい! それで!?」

鬼気迫る勢いで自分の椅子の汚れを拭いていた先輩が、律儀にも相槌を打つ。
それに気を良くして、先輩は滑らかに話を続けた。

「そこでたまたま知り合ったきれーな女の子と一緒に帰っていたんだよ。
ここの生徒ではないんだけどねー。それはもうきれーでねー。
その子と道を歩いててさ、そうしたら、突然だよ! 突然!
暗い路地の奥から、目が赤く光ったLBXが出て来たんだよ!」

「LBX!?」

唐突に出て来た言葉に、思わず声を上げてしまった。
まさか、LBXが私の本を汚した根本的な原因なのだろうか。

彼は私の言葉に何度も頷くと、更に話を続ける。

「そうそう!
俺らの研究費を取って行った憎いあいつ!
それがさー、突然襲い掛かって来たんだよ!
趣味の悪い仮面みたいな顔をしたLBXがさー!
あいつが鋭いナイフでさー、俺に襲い掛かって来て、持っていた鞄がズタボロにされたんだ!
その中に俺の大事なレポートのメモリが入っていてよおお!
落とした衝撃とナイフで切られたのでレポートのデータが飛んで、ついでにパソコンのデータも飛んで、予備のデータも飛んだんだよ!
俺もLBXやっておくんだったああ!
応戦出来たのに!」

いや…貴方では無理でしょ。うん。

先輩は言い終わると、サンドイッチをもりもりと食べながらむせび泣いた。

本人が言うように、完璧に深夜の状態をそのまま持って来たままであり、正直うるさくてしょうがない。
先輩たちはその姿を見ながら、「ただの管理不足じゃねーか」「分けて持ちなさいよ!」「女の子は!? 女の子の話は!?」と文句しか出て来ない。

私はといえば、床を拭きながら先輩の話に耳を傾けていた。

LBXについての話なら聞いておかなければいけないと思ったからだ。
後でヨルに話そう。
人の不幸に対して申し訳ないけど、話の種には丁度良いはず。

「それでさ、俺は思い出したんだよ!
研究室に途中までのがあったはずだってね!
資料も写真もあるから、昨日の夜から必死で作業してたんだよ!
警察に届けたり、女の子を病院に連れてったりして、遅くなって深夜を回ってたけどさー。
頑張って忍び込んだんだよ!
偉いだろう!?」

「偉くない」

先輩の一人にきっぱりと切り捨てられる。

不法侵入は全く偉くないので、私も同意見だ。
…というか、LBXの話が一瞬で通り過ぎて行ったんだけども。
そこをもっと詳しく。

そう思っていたら、先輩が今度は紅茶を飲みながら、沈んだ声を出した。
何事かと思って、その場にいた全員で彼を見てしまう。

「でも、俺よりも酷いのはその女の子の方でさー。
俺の鞄がズタボロにされた後、彼女の方にLBXが向かって行って、こう…顔をさ、傷付けたんだよ。
LBXが使うアイテム? みたいなやつを持ってさ、それを顔で爆発させたんだ!
すぐに悲鳴が聞こえて、見たら顔が……爛れてたんだよ。
軽傷だったけど、首も斬りつけて!
何かの薬品だったんだろうなー。
病院に連れて行ったけど、全快はちょっと難しいだろうなあ。
きれーな子だったのになああ!」

「で? その子はどうしたのよ?」

「え? 病院に連れて行って、警察に全部話して、CCM没収されて、すぐにここに籠ったよ?
レポートの提出期限は明日だよ!
あと何枚あると思ってるんだい!」

「置いて来たの!?
馬鹿じゃないの! 付いてなさいよ!
可愛いその子と恋愛に発展したかもしれないじゃない!
そうすれば、私のファイルはコーヒーまみれにならなかったのに!」

コーヒーの染みと紙の白色でマーブル模様になった書類を突き付け、先輩が叫んだ。
それに続くようにみんなが汚された物を掲げて、その災難な先輩に迫っていく。

ここ最近レポートの提出期限が近くて、イライラしていたから、みんなストレスの発散場所が欲しかったんだろう。
連日徹夜の人もいるので、釣られて変なことになっている。

それにしても、そろそろ隣の研究室から苦情の一つでも来そうだ。
言われたら、実験室の方に移って作業しよう。

「男の風上にも置けないな!」「失恋させて、どん底に突き落としてやったのに!」「デリカシーがないです!」「俺は疲れてるんだよお!」「私だって疲れてるわ!」…色々と酷いことになりつつある現状に目を背けつつ、私は最近読んだLBXについての本を思い出す。

LBXのバトルアイテムの中にそんなに殺傷性の高い物はあっただろうか。

グレネード、サークルマイン、スタンマイン…どれも威力はあるけれど、LBX用であり、人間に対して殺傷性はないはず。

そうなると、先輩の話にあったアイテムはオリジナルか。

「LBXで傷害事件?」

そんなことは出来るのだろうか。
確か「Mチップ」というものが今はLBXには埋め込まれていて、あれで強制的に止められるはず。
……もしかしたら、オリジナルのLBX?
それなら、「Mチップ」がなくても説明出来るだろうか。

いや、説明出来ても、LBXで人を傷つけて良いはずない。
兵器にも使えるのかもしれないけれど、人を傷つけるのは決して良いことじゃない。
山野淳一郎氏の著書にも、LBXは人を傷つけるためのものじゃないと記されていた。

それに熱心にLBXを触っているヨルが、LBXを持っているってだけで疑われる時が来てしまうかもしれない。
過剰かもしれないけど、冤罪だけは絶対にダメだ。

ついでに、私の本を汚した根本的原因を見つけたい。
あくまで、ついで。ついでだから。
あの本、高かったからとか、そんな理由ではない。

「…………よし」

背後で「この野郎!」「なんだよお!」と叫び声が飛び交う中、私はそろりそろりと研究室の外に出る。

向かう場所は図書館でいいかな。
とりあえず、冷静になって調べることから始めてみることにした。



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