Girl´s HOLIC!

08.密やかに

私のウォーリアーはソードの代わりに、槍系の武器である棍を持っている。
要は鉄製の棒のようなものなのだけれどね。

「バトルスタート!」

下ろされた右手と同時にお互いのLBXが走り出す。

「ウォーリアー!」

「ティンカー・ベル!」

ジョーカーと違ってウォーリアーはクセはないものの、それほど小細工が出来る機体ではない。
私が小細工が出来ないというのもあるけれど、基本的には真っ向勝負になる。

ティンカー・ベルのアーミーナイフのような武器から出されたドライバーと棍がぶつかり合う。

ナイトフレームはストライダーフレームよりも重い。
そのままの力で十分に押し切れる。
ドライバーを弾き返し、そのまま胸部へ一撃。
その一撃はティンカー・ベルが右に避けたことで急所はそれてしまった。

ここはストライダーフレームの方が速い。
右に避けたと同時にドライバーの攻撃が脇に当たりそうになるけど、それは盾で防いだ。
この瞬間、ティンカー・ベルの左側ががら空きになる。

「そこよ!」

私の言った通り、攻撃がヒットする。
手ごたえは十分かしら。
バランスを崩したティンカー・ベルが地面に倒れ込みそうになる。
そこに叩きつけるように上から棍を振り下ろす。

しかし、これは当たらなかった。

ティンカー・ベルが素早い動作で武器を持ち直して、受け止めたのだ。

「………」

ティンカー・ベルが足を勢いよく動かし、ウォーリアーの足を掬った。
そのせいでバランスが崩れる。

その前に……!

「『必殺ファンクション』!」

《『アタックファンクション ファランクス』》

ほぼゼロ距離からの「必殺ファンクション」。
これは避けられない。
私はその瞬間、勝ったわねと気を抜いた。

「必殺ファンクション」が放たれる瞬間、ウォーリアーの盾と棍の間に隙間が出来たところに向かってドライバーが貫かれ、それが肩の駆動部に刺さった。

棍の先からエネルギー弾が放たれたのと同時に、肩に青白い電撃が走って、肩から腕が動かなくなってしまう。
エネルギー弾が地面を抉って、土埃が舞う。

「きゃっ!」

強化ダンボールの中ではあるけれど、音が凄まじいので驚いてしまう。
ウォーリアーのケージがみるみると減っていく。
それは四分の一を残して止まった。

土埃が収まっていく中、かろうじて立っていたのはウォーリアーの方だった。

煤けたティンカー・ベルは倒れたまま。

その光景に、思わず安堵の溜め息を吐いてしまう。

「……負けてしまいました。
駄目ですね。私。
ぎりぎりのところまでは行けるんですけど、その先がどうしても駄目なんです」

ヨルはそう言いながら、CCMを閉じて、ティンカー・ベルを回収する。
強化ダンボールは随分と壊れてしまい、これは予備を出さなくてはいけないわねと思った。

「アリシアさん。強いんですね!
驚きました」

「え? ええ。
ヨルも強いわね。正直、ぎりぎりだったわ」

ウォーリアーのケージを見せ、「偉いわね」とヨルを褒める。
そうすると、彼女は子供みたいな純粋な笑顔をして私に笑いかけた。

「ありがとうございます」

それから、私たち二人で強化ダンボールを交換して、娯楽室を後にする。
私とヨルは当然のように一緒に自習室に向かう。

ソフィアの様子を見るために。
あの子、ちゃんと教えてるわよね……。

自習室を覗くと、ソフィアの欠伸が聞こえてきた。

「…………」

「あ、アリシアにヨル。
バトル終わったー?
こっちも終わったわー」

ソフィアの横でシンシアが教材を片付けている姿が目に入る。
本当に教えたのかしら。
まさか、勝手にやってねーということは…ないわよね。
信じてるわよ。

漸く終えたとばかりに疲労した顔をしているシンシアが、ソフィアにお礼を言ってから自習室から出て行こうとする。

その顔は問題が解けて安心したのでしょうね。
随分安堵したような顔をしている。

「お疲れ様。シンシア」

「はい。お疲れ様です。失礼します」

「ヨルー。もう帰るのー?」

「あ、はい。帰ります」

私がシンシアを労っている間に、ソフィアはヨルに話し掛けていた。

「そっかあ。じゃあね。私は寝直すわ」

シンシアの後に続くようにスクラップブックやCCMを持って、ソフィアも部屋から出て行く。
大きな欠伸からして、相当眠いらしい。

「夕食までには起きてきなさい」

「はいはい」

適当な返事はいつものことなので、私も「必ずよ」と適当に返した。

私はヨルに向き直ると、その背中を優しく押して、玄関まで向かう。

「そういえば、今日はシエラさん。見ませんでしたね」

ヨルが思い出したようにシエラの名前を口にする。

「あの子は休みの日はいつもいないから。気にすることはないわ。
また、いらっしゃい。ヨル」

「はい。また来ます」

シエラに関しては私でも扱いに困るので、はぐらかすようにヨルを帰らせる。
彼女も気にしていないようで、丁寧にお辞儀をして、寮の玄関から出て行った。


■■■


「『LBXのフレームについて』……素材も違うのか。
あ。こっちのフレームのメタルって、希少価値高いやつ…。
本当に玩具なのか、これ」

本が乱立する階段で探し出したLBXの本を読む。
戸棚から持ち出してきたクッキーを一口、カスが落ちないように注意して食べる。

行儀が悪いなと思うけれど、本を取るのに楽なので、ここに座っている。
こういう雑な感じに本を読んでいると、休日を満喫しているなーと思う。

ああ、ちょっと幸せ。
退寮のこととかで、こんなことしている暇なかったからなあ。

「ただいまー」

ちょうど伸びをした時、玄関が開いて、ヨルが帰って来た。
機嫌が良さそうな顔をさせ、その手に小さな紙袋を持っている。
紙袋には店の名前が印字されていた。
それはこの前、私が憶えたばかりのLBX専門店。

「おかえりー。
パーツ屋に寄って来たの?」

クッキーと本を持って階段を下りながら訊くと、ヨルはこくりと頷いて言う。

「うん。
替えのパーツと…注文してたのを受け取って来たんだ」

「ふーん。それにしても、機嫌いいね。
楽しかった?」

普段よりも嬉しそうな雰囲気であり、顔も緩んでいる気がしたので、そう訊いてみる。
彼女は階段を上がっていた足を止め、振り返りながら笑顔で言った。

「うん。とっても、楽しかったよ」

「それは良かった」

なかなかに輝かしい笑顔だった。
そんなに楽しかったのかと思うと同時に、寮ではLBXのことにはまるで興味がなかったことを思い出す。

アリシアに誘われたけど、断ったんだよなー。
そんなこともあったと懐かしむ。
まあ、彼女たちは元気でやっているだろう。

階段を上ろうとするヨルをもう一度呼び止めて、紅茶を入れてくれるように頼んでから、私はリビングに向かう。
LBXの本を読んでいることがあの日ヨルにバレているので、隠れて読む必要はない。

部屋着に着替えてきたヨルがお湯を沸かすのを横目に見つつ、本の続きを読む。
山野淳一郎氏が書いたこの本は、難しい部分を分かりやすく説明していて、なかなか読みやすくて、私のお気に入りとなっている。

かちゃかちゃと食器を用意する音を聞きながら、読書に集中していると、不意にヨルが呟くのを聞いた。

「それにしても、結構えげつなかったかな…」

えげつないと言う割には、どこか期待したような声だった。

そろりと彼女の顔を見ると、ヨルは薄く笑っていた。
なかなかに良い笑顔というか、純粋で澄んだ笑みなのだけれど、何故だろう。
とても嫌なもののように感じてしまった。


私がそう思っているのも知らず、ヨルは紅茶を持って来てくれる。

「はい。紅茶。茶葉は適当だからね」

「うん。ありがとう」

お礼を言って、受け取る。

綺麗な琥珀色。ふんわりと漂うやわらかな香り。
ゆっくりと一口。
紅茶はいつも通り、とても美味しい。

ちらりとLBXのパーツのカタログを見る彼女の横顔を盗み見る。
ヨルの顔には先程の笑顔ではなく、穏やかな笑顔。

私の気のせいか…。

温かく美味しい紅茶が喉を通り、先ほどの嫌なものが嚥下していくように感じる。
だから、気にすることはないかと思った。

ヨルは何も言えない赤ん坊ではない。
何かあれば言うだろう、と思いながら。

「ヨル」

「何?」

「何かあったら言いなさい。いつでも相談になるから」

思いながらも、一応はそう言っておいた。

彼女は少し驚いた顔をしたけれど、くすくすとおかしそうに笑ってから、控えめにこくりと頷く。

「わかった。何か、あったら、ね?」

涼やかな声でヨルはそう承諾したので、私も納得して、それでも念には念を入れて、もう一度
言ってから、この話題を終わりにした。


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