「…………ユウ嬢。俺も本当に居て良いの?」


オビはからり、と大きな氷が入ったガラスを煽りながら目の前に居るユウへと問い掛ける。そのガラスは透明でありながらも、中に入っている液体によって薄暗く茶色めいていた。


「良いんじゃないの?団長、言い出したら聞かないし」
「……ふーん?」


ユウの手には小さなグラス瓶があり、その中身は桃色をしたカクテルが入っている。
オビがユウをルノマールへと連れて帰ると、丁度団長に見つかり何故か大喜びされ、あれよこれよと言う間にオビも宴会へと参加する事が決定付けられたのだった。
周りのサーカス団の面々も各々好きな様にお酒を飲んだり、つまみをつついて食べたりしている。団長が言うサーカス団の終わりをまだ聞いていないからかお気楽なものだ。


「あー、こほん。ちょっと良いか?」


団長が手を真っ直ぐと上げて立ち上がると騒がしくしていたのが嘘の様に静まり返る。頼り無さはあるものの、皆の事をちゃんと見ている人である為誰も正直には言わないが尊敬しているのだ。


「実はな、そこのオビさんから、ゼン殿下より書類を届けて貰った」


団長がオビを指指す。指を刺されたオビは酒を持っていない右手をひらり、と上げて軽く左右させる。それを確認するとまた団長へと視線を戻した。


「そこにはとってもありがたいお言葉が書かれていた。うちを"クラリネス代表のサーカス団として動いて欲しい"とあり、俺はこれを受けようと思う。だからこの放浪サーカス団のルノマールは終わり、新たにクラリネス代表のサーカス団ルノマールとして変わるつもりだ。この区切りにうちを辞める奴も出ると思う。……この皆で飲める最後の日だ。たんと楽しんでくれ!!」


団長が言い終わると、静かにしていた皆は持っていた酒の入ったガラスを高く掲げて先程言った「乾杯!」を大声で叫び始める。
驚いていない者は此処には居ない。
けれどそれよりも団長が楽しめ、と言ったのなら楽しむ。それがルノマールに居る皆の総意なのだ。


「…………」


何それ、とユウは目を大きく見開いていた。
団長はあえて言葉を少なくしたのだろうか、と睨み付けるものの団長は分かっているのかユウの方を一度も見ようとしない。


「あー……。ユウ嬢?」
「オビさんは知ってたの?」
「え?あぁ、うん」
「…………はぁ」


オビも突然呼ばれ驚いたものの、慣れた様子で机の上に乗っている辛いつまみに手を伸ばす。
ユウだけが、深く考え過ぎてしまったといえどこんなのって、と深々とため息を吐いた。


「…………ん、あのさユウ嬢」
「何?オビさん」
「ちょっと涼みに行きたいんだけど、付いてきてくれない?」
「良いよ。飲み過ぎたの?」
「そんなところ」


へらり、とオビはユウに向かって笑いかける。ユウも周りはお酒を呑んだりする人ばかりである。酔っぱらいの相手も慣れたものだ。
オビを支えようと寄るものの、オビはふらつく事無く立ち上がりユウを先導していく。その事にいささか疑問が湧くものの"付いていく"と言った為に1人戻ろうともしなかった。
外に出ると風は冷たく流れ、星がはっきりと見れる程暗くなっていた。城下町の方は少し灯が輝いており、イルミネーションが細々と輝いている。


「そういえば、ユウ嬢はこのまま城に来るの?」
「……うん」


そう、とオビは何かを考える様に下を向いた。きっとあれで終わりだと思っていたのにそれが終わらない事になってしまった事に対して何か思う事があるのだろう、とユウはオビの横顔から思う。


「……あはは、結局最後じゃなかったね。でも気にしないで。もうさっぱりだから」
「…………」
「えっと、……だから安心して話しかけて?」
「…………」
「……オビさん?」


黙りこくってしまったオビを心配そうにユウは覗き込む。いくら足取りがしっかりしていたとはいえ、酔っぱらいにいつも通りに接していたら不味かったかとユウが慌てて手を伸ばそうとする前にオビがユウの肩をがっしりと掴んだ。


「わっ!大丈夫?オビさん、気持ち悪い?吐きそう?」
「…………ユウ、嬢」
「どうしたの?」


オビが顔を上げると、ユウとオビの距離は思った以上に近かったのか少し後ろへ顔を下げた。
けれどオビの目は酔っぱらいの焦点の合ってない様子では無く真っ直ぐとユウの目を見ていた。大きく深呼吸すると申し訳なさそうに眉を潜める。


「ごめんね、卑怯で」
「え?何のこ……」


ユウが言い切る前にオビはにっこりと笑った。



「好きだよ」



ぽつり、と言ったオビの声がやけに響いた気がユウはした。


「やっと納得がいった、ていうか。居なくなってほんの数日だけど後ろ髪引かれる思いで。……ユウ嬢に会って、自分の中の気持ちが理解出来たよ」
「……っ」
「今更で卑怯だけどさ。…………好き、ユウ嬢の事が、好き」


ユウの顔を覗き込む様にオビは見つめてくる。けれどユウはオビの顔が歪んではっきり見れなかった。


「……何で泣いてるのさ」
「…………わ、かって、る、くせに」
「はは、確かに。……それで?答えは聞かせてくれないの?」


オビは目を細めてユウの言葉を待つ。
きっとオビはユウが何て言うかなんて分かっているのだろう。だから最初に謝ったのだ。ユウの答えなんか分かりきっているのにわざわざ聞く自身の卑怯さに。
けれどユウ自身も分かっていたのだ。
城の晩餐の日、オビの目が何を物語っていたのかを。


「言葉なんて、期待してない、つもり、だったのに、さ」


こうして言われるなんて嬉しいもんだね、とユウは下手くそな笑顔を浮かべる。目から涙は止まる気配は無い。



「私も、オビさんが、好き。……好き、です」



ふっ、と小さくオビが息を漏らす。右手がユウの顔へ寄り優しく目元を拭う。
ユウがはっきりとオビの顔を見れる様になるとオビは照れ臭そうに微笑んでいる。釣られてユウも笑った。

オビの顔が少しずつ近付くとユウはゆっくりと目を閉じたのだった。


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