◆出水が童貞じゃないぞ〜みたいな雰囲気漂ってます



ボーダーの出水公平といえば、と聞かれたら大抵の人はちゃらちゃらした高校生らしい男子と答えると思う。
出水自身もそう思っていたし、まわりもそう思っていた。だから出水は今自分が抱えているものに対してまじか、と疑う事しか出来ない。


「出水くん?」
「っ、ごめん、何?」
「なんかぼーっとしてたから」
「いや、たいした事じゃないよ」
「ふぅん?」


興味が無くなったのかユウは目の前のピアノへと視線を戻す。ポーン、と一音ならすと教室に綺麗な音が響いた。


「それにしても最初は驚いたよ。出水くんこういうの興味ないと思ってたから」
「あー……」


本当は興味がありませんでした、と答えたらユウは何て返すだろうか。そんなことを思いつつも出水は何も言わずにじっとユウを見つめる。
出水からの視線を感じたのだろう、ユウは顔を歪めた。あぁ、可愛いなぁなんて、思ってしまった。


「……見過ぎ」
「悪い」
「思ってもない癖に」


むすりと不機嫌そうな様子を隠す事なくユウは一瞬向けた出水から視線を離す。それが少し残念だな、と思いつつも頬杖をついてユウの一挙一動を見逃さないように目を逸らす事はしなかった。


「なぁ」
「何?」
「なに弾くの」
「……なぁ〜んにも」


またユウはポーン、と一音を鳴らす。
音が止んでも出水は何も聞かなかったし、ユウも何も喋ろうとしなかった。
ポーン、ポーン、と少しずつ音の感覚が狭くなっていく。
同じ音の繰り返し。
これが音楽の授業なら出水はポンポンうるせぇなと悪態を吐くが、弾いている相手がユウなら話は別であった。
ユウの横顔は何を考えているのか分からないが、出水は飽きもせずに眺める。ここに米屋がいたら「飽きないことで」と呆れているだろう。


「ねぇ」
「何?」
「出来たものが出来なくなるってどんな感じ?」
「……俺には分からねぇな」


そっか、と変わらずピアノに視線を向けたままユウは音を鳴らしていた手を止める。
そして右手を鍵盤の上に綺麗に並べるときらきら星を弾き始めた。ゆっくり、だけど少し軽快に。きらきら星、と呼ばれているのが納得出来るように、軽くも丁寧に、音が1音1音輝いている。
実際には違うのかもしれないが、出水にとって、目の前のユウが弾いている、それだけでも意思を持った様な、何か他の人とは違う様に、感じた。


「あのね」
「……うん」
「私」
「……うん」
「弾けなくなっちゃった」
「…………そっか」


出水の返答を聴くとユウはまた何も言わずにポーン、ポーン、と最後の音を繰り返し始めた。


「なぁ」
「何?」
「それでも俺は、お前が好きだよ」
「…………そっか」


出水自身、返事が今すぐに欲しかった訳では無かった。
ただ、ユウの周りが彼女のアイデンティティだけを求めていたとしても、自分だけは、アイデンティティの無いユウを求めていたと、知って欲しかったのだ。


「ねぇ」
「……何?」
「知ってた」
「…………は?」


ずるり、と顔を支えていた手がずれて首がかくりとずれた。出水が嘘だろ、と目を大きく見開き強かせているとユウはやっとピアノから視線を出水へと向ける。
出水の惚けた顔をみて満足そうにユウは笑うと追い討ちの様に同じ言葉を繰り返した。
そうかよ、と少し照れながら、今度は出水から視線を外す。


「ねぇ」
「何だよ」
「私も好きだよ」
「…………」


照れ臭さから素っ気ない返事だったがユウは気にしておらず言葉を紡ぐ。
ぴたり、と出水が止まりゆっくりとユウと目を合わせると、ユウは笑ったままだ。
はっ、と小さく息が出水の口から溢れる。
やられっぱなしは悔しくて、ただそれが余計に自分の負けを目の前の彼女に伝える事になったとしても。


「…………知ってた」
「嘘つき」


ユウは嬉しそうに顔を綻ばせ、出水へと向かって体当たりをしてきた。
ボーダーがいくらトリオン体であり、出水自身は鍛えられていないとしても、今にも崩れそうなユウくらいなら簡単に支えられる。
出水がちゃんと支えたのを確認してからユウは出水の背中に手を回す。その手は少し震えていた。
出水の耳元でユウは小さく囁く。


「ねぇ」
「何?」
「……いいの?」
「良いんだよ」
「……なぁんにも無いんだよ」
「無くなってない」
「ピアノが弾けなくなっても?」
「それでも」
「……嘘つき」
「嘘じゃない」
「本当に?」
「本当に」


押し問答みたいだな、と思ってくすりと笑うと、そんな出水に怒ってユウは背中に回していた手を浮かせて出水を叩いた。
そしてまた背中にすがりつく。


「……私、出水くんが今まで付き合ってきた様な子達と違うよ」
「知ってる」
「……私、出水くんがちゃらちゃらしてるの見て、やる事出来ればいい奴なんだなって思ってたよ」
「…………強ち、間違ってない」
「……私、そんなのやだ」
「あのさ。俺、自分でもびっくりなんだけどな」


出水はゆっくりと一度深呼吸すると、ユウを自分の肩から離し、しっかりと目と目が合う様に幅を開けた。


「こんな恋もあんのかって思うほどに」


ユウの瞳が不安そうに揺れる。


「暖かくて静かな恋をお前にしてるよ」


ユウはキョトンと目を大きく開いた。
その目はカーテンの隙間から漏れる光によってビー玉みたいにきらきら反射してる。
まるでさっき聞いたきらきら星みたいな、黒いけれど、光っている、まるでどん底におちても希望を忘れない彼女の様な暖かい色だと出水は感じた。


「……何それ」
「確かにそういう肉体的な接触欲が無いと言ったら嘘になる」
「……何でわざわざそういう言い回しするの」
「直接的な表現が嫌いかと思ったんだけど。じゃあ言い直すわ。俺はお前と、」
「出水くんが仰る通りです」
「ははっ……けど、まぁ、何て言うんだろ。お前が泣かないなら、泣ける場所になりたいし、お前が怖がるなら、怖がる必要のない安心できる場所なりたいし……」


ユウは真剣に出水の言葉を聞いている。
その様子に、出水は言葉を止めてユウを見つめた。
目を少し細めると、ユウを支えていた手の片方で前髪をあげて、そこに口付けを落とす。
小さなリップ音が鳴って、イタズラが成功した小さい男の子の様に出水は笑った。


「…………は?」
「今までは、怖いとか、もっと時間が欲しいとか、ここじゃやだとか、ただただ面倒くせぇって思ってたけど、お前が相手なら、どんだけでも待てるって思えるんだよな」
「いや、さっそく"待て"が出来てないけど」
「それはそれ、これはこれ。したくなったから」


おでこを隠す様にユウは手を額に当てる。少し顔が隠れてしまったけれど、隙間から赤くなっているのが分かった。
そういう所も可愛いんだよな、と出水は今までとは違う、水みたいな感覚が気持ち良いと感じていた。


「確かにお互い火の中で綱渡りしてるみたいな恋もあんのかもしんねぇけど。俺は、安心出来る様な、暖かくて、優しい恋の方がいいなって思えたし、その相手がお前なら良いなって思ってる、けど。…………どう?まだ信じらんない?」
「…………なんか色々言ってて分かんない」
「なっ……お前なぁ。人の一世一代の告白を分かんない呼ばわりかよ……。詩人みたいで言うの嫌だったんだぜ?何が暖かくて静かな恋だ。…………でも、俺の気持ちを言葉にするとそうなんだよ」


で、どうなんだよ、と出水はユウの手を優しく包み込む様に触れると顔から剥がし、顔を覗き込む。
さっきと変わらず真っ赤なままだ。
さっきまで辛そうに俯いていた顔と打って変わり、元気な顔になっている。まぁ、照れてはいるが。


「嘘」
「ま、まだ疑うのかよ」
「分かんないって言ったの嘘」
「…………ふぅん?」
「私、も。私もね」
「……うん」


きゅっ、と一度目を閉じると覚悟を決めたかのようにユウは出水と顔を合わせた。


「私も、同じ事を、出水くんに思ってる」


ちゅ、と丁度髪が分かれている出水の額にユウは仕返しとばかりに口付けた。


「〜〜〜〜っ!」
「好きだよ、出水くん。君が泣きたくなったら、私が抱きしめてあげる。そのかわり、私が泣きたくなったら君が私を抱きしめて。…………私と、付き合ってくれる?」
「あ〜!!もう!!な〜んで最後に掻っ攫ってくかなぁ!?……当たり前だろ!俺と、付き合ってくれ!」


へへへ、と嬉しそうに笑うユウの顔がもう見れなくなった出水は、自分であけた隙間を埋める様にユウを抱きしめる。
力強く、けれど苦しくない程度に。自分のこの行き場の無い気持ちと、泣きたくなる程嬉しいこの気持ちと、真っ赤になった自身の顔を隠す様に。


「ねぇ、これじゃあ出水くんの照れてる可愛い顔が見れないじゃん」
「うるさい。その口塞ぐぞ」
「さっき待てるとか言ってたのに?」
「…………だからこうしてんだろうが」
「なら、まぁ、しょうがないかな」


ふふふ、と嬉しさが溢れている様にユウは声を漏らした。



*****
予定していた流れとは大分変わりました。もう原型がありません。びっくらぽん。
着地点が見つからず、「知ってた」応酬で終わらそうか〜続けるか〜続きどうしよ〜となってる間にこうなりました。
いや〜少女漫画みたいでまだまだ続けられそう。
でもまぁ、こういった恋も高校生ならしてるんじゃないのかなぁ〜って思います。学生だとこういうタイプが結婚まで続きそうですね、っていう個人的妄想でした。


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