「わっり〜!すぐ終わらすから教室で待ってて!」


俺の前で手を合わせ頭を下げる米屋を何回見ただろうか。呆れながらもいつもの事なので左手をひらひらと振りながら教室で待ってる、と伝える。俺の返事を聞くと米屋はさっさと頭を上げて先生が待つであろう補修教室に足を急がせていった。
やる時はやる友人のやる気の波に呆れながらも俺には関係ないかと自身も教室に向かって足を運ぶ。教室に入ると自分の席が隣にある癖に俺の席に座るユウを見つけた。別に嫌とかではないので退けとは言わないが。


「私、鳥になりたいの」


ユウは俺の姿を確認すると謝罪も無しにいつも通りの調子で言葉を紡いだ。余りにいつも通りの会話の始まりで俺は対して疑問を持たなかった。


「ふーん。……で?」


興味は無いけれど話は聞いてやるスタンスを選んだ俺の様子にユウは失笑を浮かべる。ユウは三輪とはまた違った取っつきにくさを持っているものの、根は優しい為に『不思議ちゃん』として知られている。その不思議ちゃんであるユウは良く複雑な言葉を並べる事で俺の中で有名であった。


「……出水くん、興味は無いけど聞いてくれるんだ」


不思議ちゃんとして知られているユウであるが、彼女は人の感情を読み取るのが上手い。だが、決して自分の深い感情を相手に悟らせない為に不気味がられてもいる。


「まぁな。槍バカ……米屋が補修引っかかってな。それまでの暇潰し程度に」


そう、とユウは俺の話に興味が無さそうに相槌を打つ。俺の席にはユウが座っている為に仕返しとばかりにユウの席に座る。


「あのね、鳥って空を羽ばたけるじゃない?自由になりたいなって思って」
「なんじゃそれ。自由になりたいの?お前が?」


授業態度は良好。先生にまぁ嫌われていないであろう優等生である不思議ちゃんが自由になりたいと言うとは思わなかった。


「俺から見たら十分自由だけど?今だって突然話始めるしよ」


ユウはキョトンと目をしたたかせるとふっ、と息を漏らす。その様子はまるで何かを悟ったかの様でもあったが、本心は俺には分からなかった。


「……そう。それにほら、空と陸。2つの環境で生きていけるじゃない?私達って陸でしか生活出来ない」


何だかよく分からない話になってきたものの俺は取り敢えずへー、と気の抜けた返事をする。ユウはやはり俺の思っている事が分かるのか小さく笑みを浮かべた。


「……ん?でもカエルも水中と陸だよな」


その反応に何故だか対抗心が湧き出て、うろ覚えで話について行こうとするとユウは初めて声を出して笑った。その笑顔は普通の女子高生らしく可愛らしい笑顔で俺は何故か頬が熱くなるのを感じる。


「カエルかぁ……カエルは可愛くないから嫌い。やっぱり鳥かなぁ」


一頻り笑いが収まったのでまたユウは話を続ける。俺が真面目にユウの話題について行こうとしたのはもしかしたら初めてかもしれなかった。


「……もしも鳥になったとしても羽がもがれちゃ飛べないね。結局自由にはなれないね。……なりたい物になれてもやっぱり完全な自由は手に入らない気がするんだ」


もうよく分からないのでユウの話に追いつけないと悟った為ふーん、と鼻を鳴らす。
ねぇ、とユウは俺に声を掛けた。掛けずとも聞こえるのにわざわざ難儀な事である。
なんだよ、と机に頬ずきながらも彼女の言葉を待つ。今だに頬の熱が冷めきらないのを彼女に何故かバレたくなかったからだった。


「ねぇ、出水くん。……誰にも言った事が無かった私の叶わない夢、覚えておいてくれる?」
「鳥になりたいってやつ?」


そうそう、とユウは立ち上がり俺の机に置いていた自分の鞄を持ち上げた。そして肩にかけると教室の出口に向かって歩き始める。突然話を切り上げるのも彼女と話しているとよくある事なので気にしない。


「……誰にも言ったことが無かったの。でもどうしても今日、出水くんだけに知って貰いたくて、待ってたの」
「なんでまた?」


するとユウは俺に背中を向けていたがその場にくるりと半回転して俺の方を向いた。




「……今日が私の新しい誕生日だから」




先程声を出して笑った笑顔とはまた違った綺麗な笑顔に俺は見惚れた。今日は彼女の笑顔を沢山見た気がするなぁと頭の片隅では分かっているもののそれを声に出す勇気は無かった。
それだけを俺に言い残すとユウは振り返る事もせずに教室を後にした。


「……変なの」


いつも通りの不思議ちゃんで別段変わりが無かったものの俺の口からは無意識に言葉が出た。ユウが居なくなった事により教室がまた静かになる。
窓から見える黒みがかかった夕日に机が照らされ、目線を向けると校庭ではサッカー部がボールを丁寧に足で操っていた。


「悪ぃ!!!お待たせ!」


立て付けが悪いユウが出て行った方とは逆の扉が開く音と同時に聞き慣れた友人の声が響いた。


「おせーよ。何か奢れ」
「まじかよーっ!!?」


席から立つと、次の日に隣のユウが居ないなんて思いもぜずに足取り軽く米屋の横に並んで本部に向かって歩き始めた。



*****
お偉いさん方は記憶操作をする事を知っていて、三門市を出る時にはボーダーに所属している人の記憶を無くさなければならない設定となっております。若い為に親の言いなりになるしか生きていけない自由の無さがテーマで、記憶操作を受ける為に新しい誕生日と比喩してます。


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