空は昼頃の様なさっぱりとした清々しい青空では無くなって、沢山の星が光輝いている夜空になっていた。 ユウは空を見上げていた顔を下げて渡り廊下の方へ視線を移す。その視線の先にはミツヒデと木々、それにゼンとオビも居た。 ユウは予想して居たので対して驚く事なく、笑みを浮かべる。 「何だ、やっぱり皆来たんだ」 「そりゃ、ユウが剣を振るうなんて珍しいからな」 ゼンが不機嫌そうに答えた。 ユウにとってゼンがどれだけ弟の様な存在だとしても国の王子と側近という立場の2人。その為にユウはあまりゼンに親しく絡みに行ったりはしない。その理由もちゃんとゼンは知っているが、それでも遊んでくれない事に拗ねていたりする。 そういう可愛らしい所がイザナを面白がらせ、ユウにまだまだだと思われている事をゼンは知らないのだ。 「そりゃ〜私の本業は剣じゃないからね。唯でさえ力が弱いのに剣なんか振るえないって」 けらけら、と笑い飛ばすもののゼンの表情は晴れない。 ユウにとって重い剣を振るえないのは仕方がない事だと割り切れている。そもそも木々程の使い手がいる方が珍しいのだ。 それにユウの主のイザナはかなりの剣の使い手である。それ以上の使い手なんて女のユウがなれる訳ないだろうに。 しかしゼンはこの話をすると必ず顔を顰める。ユウを美化してしまうのは昔の教育故に仕方ないが、こうも"何でも出来る人"扱いされると困るのだ。 「あのねぇ、ゼン。無闇矢鱈にそういった不機嫌さを出すなって前から言ってるでしょうに」 「俺だって時と場合を弁えてる。そもそもユウに取り繕ったって無意味だろう」 「それはそうだけどね。私は剣よりも優れた点があるんだから、そっちを伸ばすのは当然でしょ?……ミツヒデ」 話は終わりだと言いたげにユウは静観していたミツヒデに声をかける。 ミツヒデも分かっていたのかすんなりと壁に預けていた体重を起き上がらせると剣を1つ手に取りながら渡り廊下から出て来た。 「はいはい。ゼン、ユウを困らせるなよ。さて、本当に1本で良いのか?」 「良いも何も1本で充分なくらいでしょ。そもそもミツヒデの手を煩わせるのも申し訳ない位だし」 「別にそんくらい平気だぞ?」 「あんた達がそうだから側近と言えば剣が上手い、って認識されてるだよ。私が兵士とやったら失望させちゃうでしょ」 その中にはユウなんかを側近にしてるイザナを悪く思う人もいるかもしれない。あんな弱い奴が側近なら俺だって、とか。 別にユウ自身がどう文句を言われようが構わないが、ユウの所為でイザナにまで迷惑が掛かるのは許せないのだ。イザナは丁度忙しい時期でもある為に。 「さて、いつも通りで良いの?」 「断っても変えないだろうに」 「いや、ミツヒデが本気で嫌なら変えるけど嫌がってないじゃんか」 ユウとミツヒデは軽口を叩きながらも持っている剣を構える。 ユウとミツヒデの手合わせにおいての決まり事、それはユウの初動は避ける事なく受けるということ。そうでもしなければユウの剣先はずっと宙を切るばかりなのだ。 ユウとミツヒデの実力差があるから適用される決まりなのであり、ミツヒデが木々の初動を剣で受けたらその後はどうなるか察しがつくだろう。 ゆっくりとユウは剣先をミツヒデに向ける。 緩やかに風が吹いているものの、髪が流れて邪魔になるレベルでは無い。ユウはふっ、と大きく息を吐くと左足を一歩、強く踏み込んだ。 右手に持つ剣を大きく振りかぶりミツヒデに打ち付ける。しかしミツヒデも予想していたのか剣を横に構えて受け止めた。そして少し角度をつけてユウの剣を流す。 ユウの体制が崩れたのを好機と見てミツヒデは横に構えた剣をそのまま腕の軌道上で振るうが、ユウは剣先を床に軽く差し込み身体を一回転させてミツヒデの背中側に着地した。 そのまま止まる事なくユウはミツヒデの足元を狙って左足を軸にしゃがみ込み右足を蹴りつける。ミツヒデは勿論避けるがその間に軸にした剣を持ち直し、剣先を真っ直ぐミツヒデの首元目掛けて突く。 だが一手、ミツヒデがユウの右手に剣を打ち付ける方が速かった。 「ーー〜いっ!!」 ユウの持っていた剣は床に大きな音を立てて落ちる。それは誰が見てもミツヒデの勝ちだという事が分かった。 「……っ!!っ!!いっ!!」 「あぁ、悪い悪い。つい、本気で撃っちゃったな」 「〜っい、痛い!!!」 ユウはミツヒデを睨みつけるが、ミツヒデは少し申し訳なさそうに謝るだけだった。 「まぁいくら木刀だっていっても、剣先を他人の喉元に突いたら打撲だけじゃ済まないから自業自得だなぁ」 「ミツヒデなら簡単に避けれたでしょ!?あぁ〜痛い〜痛い〜凄く痛い〜!!」 渡り廊下から木々が応急手当の道具を持って出てくる。その目は呆れているようでもあるが、元々感情を表に出さない木々なら仕方がないかもしれない。 「ミツヒデ、大人気ない」 「いやいや、仕方がないだろ……。それにしてもユウ、良い動きだったな。練習したのか?」 ユウの手当をしながら木々はミツヒデに呆れた様に声をかける。どうやらミツヒデもユウが思っていた以上に動けていた様子で驚いて力が入ってしまったらしかった。 「あ〜、まぁ剣は使えなくても体術位は、って思って。ちょっと練習した」 「なるほど。だからか。……ユウさ、剣を短くして体術メインに移した方が動きが合ってると思うぞ」 「うーん、だと脇差くらい?」 「いや、短刀くらいまでに短くしても……」 ユウとミツヒデが話し込みそうだった為にゼンはわざとらしく咳込む。既に木々の手当ては終わっており、片付けている最中であった。 「ミツヒデ、ユウ、そんくらいにしておけ。お前らは話し込むんだから、続きは明日だ!」 「ユウ嬢、大丈夫?送ってこうか?……お姫様抱っこで」 「お、良いな。頼んだらどうだ?」 「ミツヒデ煩い。オビもありがとね。でも手首だし全然平気。あんまり痛くない」 「あんなに痛い痛い言ってたのに?」 「痛かったよ、ちくしょう。まぁオーバーだったけど、ミツヒデだってそもそも気付いてたくせに」 「あはは、バレてたか」 「だ〜か〜ら〜お前らは〜!!」 ゼンがユウとミツヒデの首根っこを持って渡り廊下へと引っ張り込む。ユウをオビに押し付けると「連れて行け!」と半ば叫びながらミツヒデを連れて執務室へと歩いて行く。木々もオビに目配せをするものの、ゼンとミツヒデの後を追う様に歩いて行った。 「それじゃあ行きますか、ユウ嬢」 「はいはい」 「お姫様抱っこは?」 「いらない」 ぶはっ、とオビが吹き出すのを合図にユウとオビも反対側に向かって歩き出したのだ。 |