大理石を使った床にコツコツと小気味よい足音を鳴らしてゼンはイザナの元へと向かう。 カツン、と足を止めるとイザナが振っていた剣をしまった。 「お前か」 「はい。戻りました、兄上」 「おかえりゼン。──無事でなにより」 窓など空いていない筈なのにゼンの髪がほんの少し揺れた。きつく閉じられたゼンの口に気付く事なくイザナは口角を上げる。 「あぁそうだ、細かい書類もすでにユウが処理済みだ。そのまま業務に戻っていい。……今回は人手が足りない分お前に回る仕事も多くなるがまぁ頑張ってくれ」 何が忙しくなるのだろうか、と不思議に思ったゼンが首を傾げるとイザナの側に居るべきユウが居ないことに気付いた。 「……あの、兄上。ユウは?」 「なんだ、聞いていないのか?……休暇を取ったぞ」 「…………は?」 ゼンの口から素っ頓狂な掠れた声が出た。 ▽ ゼンが無言で王城開放日の準備を進めている事を、不思議に思いながらもミツヒデは手を動かす。 「……ミツヒデ、お前ユウの事知ってたか?」 「書類の事か?そりゃあのまとめ方はユウだから分かったが……」 「違う。休暇を取った、という話だ」 「は?」 ユウが休暇?とミツヒデ自身の口内で反復させながら目線を彷徨わせる。 「……いや、ははは、ゼン。王城開放日で浮かれるのは分かるがそんな嘘を」 「嘘……?」 ゼンがミツヒデへと視線を向けるとくしゃりと顔を歪めて机に額をぶつけた。ごつり、と意外に痛そうな音が執務室へ響く。 「くそ、俺はまた兄上に一杯食わされた訳か。休暇なんぞユウが取る訳ないし、落ち着いて考えれば分かることだった……」 「そういえば、王城の人って休暇取ってるイメージ無いですもんねぇ。主、ちゃんと休んでます?」 「確かに休日は有っても休暇は取らないよなぁ」 休みが無いことを改めて感じ、ミツヒデは部屋の明かりを眺める。特に不満に思った事は無いが普通では無いなと手元にある書類へと視線を移した。 「休暇だよ」 きっぱりと言い切った木々の声が部屋に響く。 木々に疑う目線をゼンとミツヒデは向けるが特に動じる事なく木々はもう一度「休暇だよ」と言い切った。 「疲れたから休むんだって。……実際はどうかは知らないけど、休暇申請になってる」 「はぁ!???」 「私達が戻る前にはもう居なかったらしいよ。王城開放日の担当書類も何から何まで終わってる」 「あいつ、いつの間に終わらせたんだ……??」 「さぁ?でもあれから急いで帰ってきても計算合わないし、前々から取り組んでたんじゃ無いかな」 「ユウがイザナ殿下から離れる事自体異常だよな」 オビは会話を聞きながら眉をひそめ、短い髪を指でねじる。 「そもそも、ユウ嬢が休暇する方が驚きなんですか?」 「そりゃ〜、……ってオビはあんまり知らないのか。側近ってただでさえ主の側にずっといるけどユウはイザナ殿下を崇拝してる所ちょっとあるから離れる事自体珍しいっていうか」 「ミツヒデのも大概だけどね」 ふふ、と木々が珍しく笑った。きっとどっちもどっちだと思っているのだろう。実際、自分はそこまで主を崇拝していない、と2人共お互いに相手の異質さを言い合った場面を見たことがあるが、ゼンと木々は苦笑いをした事もあった。 「ふーん?じゃあ何かあったんですかね?旦那達がそう言うってことは」 「…………かもな」 「…………確かに」 「ユウの話題を振った俺が悪かった。お前ら早く手を動かせ!兄上から鬼の様に仕事が来てるんだから!」 |