「出航ー!!」 船内に居ても響く逞しい声が聞こえたと同時に揺れを感じ、白雪達は船が海へと出たことを否応にも理解してしまった。 「……っ、だめだ。鍵をかけられたから!」 ガチャガチャとドアノブを動かす白雪を見て、鹿月は「くそっ」とまだ息も整っていない自分の無力さにただ怒りを貯めるばかり。先程の男に言われた言葉がどうしようも無く、行動を制限してしまっていた。 『良かったな、お頭に"嘘"がバレなくて』 確信めいた声色であったのを今でも鮮明に思い出す。何故あの女に言わなかったのだろうか、と疑問に思うがただどうしようもない自分達を楽しそうに見ているだけだと感じる。どこか試している様に細められる冷めた目に何も言い返す事が出来なかった。 「おら、おめーもここで大人しくしてな。良かったなぁ〜!1人増えたぜ?」 先程鹿月を上げた男がどこか満足気に1人を部屋へ投げ入れると上機嫌で扉をしめて去っていった。 「おい!待て、このっ!!!!」 「……あ、あの大丈夫ですか?」 白雪が不安そうに顔を覗こうとすると頭に被っていた布がぱさり、と取れ、顔が部屋の明るみで照らされる。白雪は目を見開き、見慣れた顔の人物の名を呼んだ。 「木々さん!?」 ▽ 「ユウが居ればな……」 静かになった場所にゼンの声はよく響いた。それに同調するようにミツヒデも頷く。木々は何かを考え込んでおり、オビは不思議そうに首を傾げた。 「何でです?ユウ嬢、作戦考えたりするの得意なんですか?」 「あれ?まだオビは見たこと無いんだっけか」 「あいつは口八丁で他人から情報を引き出すのが上手いんだ。俺も何度誘導尋問されたことか」 昔を思い出す様に遠くを見つめていたゼンは小さく体を震わせ、自身の上半身を抱きしめた。相手から自分の欲しい情報を回収する手際の良さを見るとイザナがユウを側近に置いてるのを納得する。それを実現出来る頭の良さは流石と素直に賞賛出来た。 「ゼン殿下、提案が」 木々が考え込んでいた顔を上げて口を開く。木々から発せられた話の内容にゼンとミツヒデは大声で復唱してしまった。 「「捕まったふりをして"鉤爪"の船に乗り込む!?」」 「女の私ならやりようもある。白雪が船に居たとしても、味方が側にいないと、いざって時盾にでもされたら動けなくなるでしょ」 淡々と告げる木々にゼンはたじろき、ミツヒデは声を荒げる。 「だっ……だからってな、お前…………」 「だめだ!反対だ!!木々1人でなんて!それこそユウと2人ならともかく!!」 「じゃああんたの女装でも眺めてればいい訳?」 「旦那、それは無理があるでしょうよ……」 「お前に言われたくない」 反対される事は分かっていたのか木々の1ミリも思ってもいない言葉についついオビも反応し、ミツヒデはオビを見つめながら否定した。緊迫した雰囲気ではなく、何故かいつも通りのほんわかした空気が流れ始める。 「……俺は無理か?」 「主人にそんな真似させて俺たちを牢に入れる気か!?」 「勘弁して下さいよ!」 遠くから獅子達が「揉めてるなぁ」「そうですね……」と随分朗らかに話しているが勿論ゼン達には聞こえていない。 「ユウも言ってた通り、無事連れ戻す為、使える手は使って下さい。殿下」 「お前の意見には異論はないがな……ただ木々1人ってのはちょっと待ってくれ」 遠くから事の次第を見守っていた巳早が驚いた様に関心した。 「へえ、側近殿がそんな提案を。じゃあ誰か女装したらどうです?」 「その話はさっき終わったが……。それなら巳早、お前髪、長いよな。地で行けるんじゃないか?服を着替えれば、雰囲気で何とかなるかもしれん。ちょっと儚げにしてみろ」 は?と驚いた声を上げる巳早だったが、ゼンの急かす声につられてやった所、オビからも鋭い却下が出る。巳早はそれについ反論するが、女らしく見えなかったことに対して怒っている様にしか獅子には感じられなかった。 こいつらこれが普通なのか、と話が進まなくなり始めた事にあくびをしながら事の転末を見守る。どちらにせよ、先程木々が告げた方法が1番良いと思っているのは全員なので後はどうにか1人なのを納得するか他の案を出すどちらかであった。 「お前が強いのは知っているが、心配なもんは心配なんだ」 「お2人そういう仲?」 「今そういう話はしていない。…………木々、ちょっと」 ぽろりと小さな好奇心から出た言葉を巳早は直ぐに後悔した。照れるか無関心か見れると考えていたがまさかのミツヒデは逆に巳早へ睨みをきかえる。 温厚な人が怒ると誰よりも怖い、を体現した巳早は小さく肩を竦めた。 「余計な事を言うな」 「ミツヒデの旦那、普段温厚だから」 慣れた様にゼンとオビが励ましの様な言葉を並べ、彼らも体現した事があるのを巳早は理解した。 少しして木々と話していたミツヒデがゼンの元へと向かって来る。重々しく開いた口からは、 「……ゼンを説得してこいという話になった」 「…………そうきたか」 「木々嬢強いな」 予想はしていなかったが、何となく木々に言いくるめられるのは想像していた。木々もユウとよく話すのでノウハウの様なものを学んでいたのだろう、とゼンは推測する。 「……こんな時にユウが居ればな」 どうしようも話が平行線な事にゼンは先程の台詞を無意識にもう一度言っていた。それを見た巳早が「殿下」とゼンへと声をかける。 「奴らの根城を先に叩くのはどうでしょう」 カチリ、とピースが集まった音がした。 ▽ 「えっ!?何?知り合い!?…………白雪?」 木々の口ぶりに知り合いかと驚いた鹿月だったが、何も言わない白雪を心配そうに声をかける。 「そっちは鹿月?大将が心配してるよ」 親父が、と少し嬉しそうに鹿月は呟く。それを見て少し口角を上げた木々は白雪へと視線を移す。 「白雪。上手く会えて良かった。私がここに連れてこられたのは仕向けた事だから安心して。…………ゼンも来てるから」 不安で不安で仕方がない中、過剰に振舞っていた白雪はゼンの名前を木々から聞いて自分の中で何かゆっくり溶けた感覚を感じる。途切れ途切れながらに木々へと確認すると、事実であると安心させる様に木々は笑った。 「そう、迎えに来た。……帰れるよ」 帰れる、どこか現実味のなかった言葉。男に叶う筈が無いと笑われた言葉。その言葉を聞いて白雪の目から安心感で涙が出た。 「木々さん、腕縛られたままなんですか?」 「ああ、これ。これは初めから」 涙を誤魔化す様に白雪は木々の手元に視線を向ける。自分達には無い縄が木々の手首に巻きついていたのだ。木々も白雪の気持ちがわかるのか、縄を見やすい様に持ち上げた。 そんな木々にそわそわと鹿月は聞く。 「なぁ、仕向けたって……こんな海の上でどうするんだ?」 「まずはこの船の連中に、味方の所へ運んで貰わないとね」 え?と白雪と鹿月は首を傾げるが、これ以上は喋るまいと木々は笑う。そして気付いた様に辺りを見回した。 「……ねぇ、白雪。どこかでユウ、見てない?」 ユウというのはイザナ殿下の側近の彼女の事だろう、と白雪にも分かるが何故木々が尋ねるのか疑問に思いながらも首を横に振った。 |