コンコン、と軽快なノック音が部屋に響いた。イザナが書類から目を離す事なく「入れ」と口にする。 「失礼します、イザナ殿下。タンバルンより書状がとどいております」 書状を受け取り、中身を確認したイザナはほぅ、と息を漏らし口角を少し上げた。珍しい、とユウは書類を揃えながら思った。イザナが笑う事自体が珍しく、言葉の続きを静かに待つ。 「……これは。あの娘への招待状、といったところか?」 書状を届けてくれた者は一礼をして部屋から出て行く。それを確認してからイザナはユウへと視線を向けた。 「ユウ、宮廷薬剤師の白雪と……あとゼンを今晩私の所へ来る様にと伝えてくれるか?」 「分かりました」 何処か最近聞いた事のある様な既視感を感じつつユウは揃えていた書類をイザナの机上へと乗せ、軽やかにゼンの元へと歩き出した。 廊下を少し歩くと見慣れた髪色を見つけた。 「ミツヒデ!」 少し声を張って名を呼ぶとミツヒデは歩みを止める。首を左右に動かし、ユウの姿を見つけると片手を上げた。ユウがミツヒデへと近付くと見た事が無い黒髪の男性が共に止まっていた。 「……っと、これは大変失礼しました。お客人がいるとは思わず」 「いえ、お気になさらずに。私、元伯爵シスク家の3男、巳早と申します」 「ご丁寧にありがとうございます。イザナ殿下の側近、ユウと申します」 胡散臭い笑みを浮かべているものの、丁寧に名乗られた為にユウも最低限度の礼儀を弁えて名乗り返した。"イザナ殿下の側近"と聞いて少し目を見開いたが、ミツヒデの視線を感じて軽く咳払いをする。 「悪いな、ユウ。巳早殿はお帰りらしく今門前へとご案内しているんだ。急ぎか?」 「……いや、急ぎじゃない。……私もご一緒してもよろしいでしょうか、巳早殿」 「私は構いませんよ」 快く承諾してくれた為にユウもミツヒデと巳早と共に門へと向かう。人前では気を使うミツヒデではあるが、ユウに対して普段通りに接している為、何か巳早とあったのだろう、と察した。あまり内部の事を教える訳にもいかないし、急ぎでは無いのでミツヒデの用事が終わるまで共に待つ。 「それでは。ご案内ありがとうございました、ミツヒデ殿、ユウ殿」 「お気になさらず」 特に何事もなく巳早は大人しく引き下がって行った。少しミツヒデの返答に棘があった様にも感じたが、追求せずに見守る。 「で?どうしたんだ?イザナ殿下から離れてるなんて珍しいな」 「イザナ殿下から言伝……というか伝令が」 「イザナ殿下から?誰に?」 「ゼン殿下と……白雪殿に」 「…………はぁ!?」 驚いたミツヒデの声が響いた。 ▽ 星影の門に着くと丁度ゼンの手から白雪へと時計が渡っていた所であった。 「帰ってきたらお返しします。それでは……!」 大切に掌で包み込んだ白雪が顔を上げるとイザナと目があったのか言葉が止まった。その視線に続きをゼンが此方を見る。 「兄上!」 「気にするな、ただの見送りだ」 イザナと白雪が見つめ合った止まった。何か含みがある笑顔を浮かべたままイザナは白雪の次の動作を待つ。イザナと白雪が一悶着合ってから会うのは初めてか、と他人事の様に事のなり行きを見守る。 白雪はイザナへと頭を下げた。 「では、ゼン王子、木々さんミツヒデさん。行ってまいります」 「ああ!」 白雪とは一言も言葉を交わさなかった。星影の門から遠のいていく馬車を見送り、執務室に戻ろうとイザナに着いて行く。少ししてとたとたと音を立てて背後からゼンがイザナを追いかけてきた。息は切れておらず、急用な様子でも無い。何事だろうかと足を止めた。 「兄上!おいでになるとは思いませんでした」 「お前がしょぼくれている姿を見ようと思ったんだが、それ程でもなかったな」 「……それ程とは?」 イザナに対して苛立ちを隠そうとしないゼンにユウは吹き出してしまった。ゼンはユウへと向き直って「お前もお前だ!」と指を指し怒り出す。 「何か粗相をしましたでしょうか、殿下」 「まずその堅苦しい話し方を辞めろ」 「いえ、私はこれが普通なので」 「おい!!さらっと嘘を付くな、嘘を!」 指されている人差し指がゼンの怒りを表すかの様に激しく上下した。仕方がないな、とユウは軽く息を吐く。この様な所がイザナからゼンに甘いのだ、と言われてしまう事になっている事にユウは気付いていない。 「それで?何かした覚えないけど。私」 「お前白雪の事睨んでただろ……」 「…………いや?睨んで無いけど」 「いーーや!睨んでた!"私には関係無いけど変な事したら許さないよ?"ってな!」 「……あれ、顔に出てた?」 「そりゃーミツヒデ達でも気付く程にな!!」 あちゃー、と対して悪いと思っていない様にユウは頭をかいた。まさか思っていた事がそのまま顔に出ているとは、鍛錬不足であった。最近疲れているなぁと零す。 「ゼン、あの娘の事でひとつ俺が覚えたものを教えてやろうか」 「覚えたもの?」 イザナの左手がゼンの顔へと寄る。ゆっくりと人差し指がゼンの目の下へと乗せられた。 「瞳の色。……この城に戻った時に曇っていなければいいがな」 |