「ゼン様ー!」


ユウが弓矢番の場所へ向かっている時、ミツヒデの声がきこえた。ゼンを探しているらしい。
いくら逃げ出すゼンだといってもこんな夜中に逃げ出す事は無い。部屋から出ていたとしても呼ばれれば出てくるだろう。ユウの胸の中で何か嫌な予感がした。


「こんな夜中にどうかしましたか?見慣れない……と言う事は昼番の人ですか?」


どうやら歩いていたら弓矢番の場所まで着いていた様であった。


「……あの、最近、同僚が夜番になったと聞いて。何も言わずに消えたのかと思って一発ぶちかましたくて探してます。どこにいるか分かりますか?」
「あぁ、アトリの事ですか?あいつ、休憩入りましたよ。確か……あっちの方に行きました」


弓矢番の兵士が指を指したのはミツヒデの声が聞こえた方向であった。兵士に礼を言うと、ユウは声がした方へと走り出す。


「ーーっ貴様!!おい、アトリ!そいつももう用はない。イザナは此処で殺す」


城を囲う様にある壁の向こう側からそう声が聞こえた。ユウは静かに壁を登る。


「イザナ様、後ろに2人!」
「ゼン!!」


登りきり下を見渡すと、イザナの横に居たミツヒデが剣を構えて後ろの刺客に向かって走り出していた。イザナも主犯であろう人物へと斬りかかる。ゼンは2人から少し離れた場所で例の弓矢番の子供に矢を構えられて動けないでいた。


「……アトリ、お前もか……?お前も……リドの逆賊か?」
「……そうですよ。もう恨みを晴らすくらいしかやる事がない」


ゼンの声は悲痛な叫びの様にユウは感じた。此処までやってしまったら彼はもう殺されるしか無い。ユウは手に持っている弓を構えてアトリへと狙いを定めるが矢を手放す事はしなかった。ぎりぎりとしなる弓を力強く引き止める。
せめてゼンに最後までアトリと話をさせてあげたかったのだ。


「ミツヒデ!」


少ししてイザナの声が響く。ミツヒデが相手していた2人は腹を横に深く斬られ、血が辺りに散らばっており、どうしようもない事が分かる。ミツヒデはくるりと体を捻るとゼンの場所へと走り出す。
____誰の目でも分かる時間切れであった。


「……お前にどう思われようと俺はまだ探し物ばかりだ。アトリ」


そのゼンの言葉を聞いてアトリは矢を放つ。アトリの放った矢はゼンの左肩へ向かっていたが、ゼンは抜いていた剣を横に構えそれを防ぐ。
アトリが矢を放つと同時にユウも引き止めていた矢を手放した。ユウの放った矢はアトリの右肩へと命中する。もう一度弓を構える事は出来ないだろう。
放たれた矢に一瞬驚いたミツヒデであったが、迷う事なくアトリを切り捨てた。


「……あ、アト、リ」


ふらり、としっかりしていない足取りでゼンはアトリの元へと向かう。ユウは壁の上で体を一回転させ、空中で背中に背負っている矢を1つ抜き、着地と同時に構える。しかし、イザナの方も既に終わっており、ゆっくりと弓の反動を戻して矢を戻した。


「……なんですか、その顔……」
「アトリ」


ユウの姿を確認したイザナは驚く事無く隣へ並ぶ。ミツヒデもゼンとアトリへ近付こうとはしなかった。


「…………お前が王子なんかじゃなければよかった、かも……な、……」


その言葉を最後にアトリは決して動かなくなる。その姿を見てゼンは声を荒げる事無くただ、声を押し殺していた。







ひと月後。


「久しぶりだ。外に出るのは」


空を見上げてゼンは肩を落とす。そんなゼンにゆっくりとミツヒデは小さな物を渡した。ゼンは大人しくそれを受け取る。


「…………ゼン様の謹慎がとけたら渡そうと思っていました。あの少年の矢から外した物です。彼には、墓が無いですから」
「____俺は結局あいつをどこかでおかしいと思ってたんだよな……」
「……私も同じです」
「…………信じたかった。信じて、みたかった」


泣き言をゼンがミツヒデへ零す。その言葉の中には今までのゼンの思いが詰まっている様でもある。
くしゃり、と自身の髪を握りユウはその場にしゃがみ込む。ゼンはいつも人との確かな繋がりを望んでいた。それに気付いていない訳では無かったけれど、王子故に周りを疑う事をユウはゼンにしいてしまっていた。


「ゼン様、貴方はこの国の王子です。あなたが出会う人々の中に信頼できる者は必ずいます。疑う事を優先しては……人はついてこないでしょう。敵を見抜く事に囚われるよりまず誰が味方か知る事です。全てを急がなくてもいいと思いますクラリネスの王子として大切だと思うものをひとつずつ手を抜かず学んでいけばいい」


私は馬鹿だなぁ、とユウは膝を抱えた。ゼンはイザナとは違うのだ。イザナはイザナなりのやり方が、ゼンにはゼンなりのやり方がある。まさか歳下に学ぶとは思っていなかったが。
まだまだ成長途中だったのだ。ユウも、ゼンも。


「ーー私はまだ未熟ですがゼン様の側にいて信頼を得られる男になります。ゼン様、私にあなたを守らせて下さい」


ふわりとその場に心地よい風が流れる。ユウは静かに立ち上がると隣のイザナを見上げた。イザナも満足そうに笑っている。


「……大した主様だ」


零す様に紡がれたユウの言葉はイザナには届かない。けれどもそれで良かったのだ。







「本当に人って変わるもんだよねぇ」


うぐっ、と目の前のミツヒデが言葉に詰まった。酒がまわり気分が良くなってきたユウは饒舌にミツヒデへと詰め寄る。机の上にはかなりの空ビンが溜まっていた。


「びっくりだよ。あんなにイザナ殿下の側近になりたがっていたのに。どんな心境の変化だった訳?」
「……お前、分かってて言わせようとしてるだろ」
「まぁね。それに最初は私に対してだってかなり態度悪かったよね」
「あ〜……すまなかったな」


自覚ありだったのか、と気にしていない様子でユウはテーブルの上に乗っているつまみへと手を伸ばす。が、その手はつまみを取る事なく空を切った。


「……旦那達、今何時だと思ってるんですか」


呆れた声が頭上から響く。やけに心地よいテノールだった。見上げると皿を持ち上げているオビと目が合う。


「これはこれはオビさんでは無いですかぁ〜!」
「うわっ!?ユウ嬢面倒くさっ!」


へらりと笑いかけたのに対して顔をしかめてオビは席に着いた。溜め息を吐きながらユウ側にある酒を自分の方へと寄せて反対の手で持っていた水を差し出す。


「水〜?全然余裕だから平気なのに」
「どこからどう見ればいいのさ」
「どこからどう見ても平気でしょうに」
「はいはい」


慣れた返しでオビは酒を煽った。オビの近くには2つのガラス、ユウとミツヒデの酒がある。酒を取られたミツヒデはユウと違いうつらうつらと船を漕いでいた。


「で?何の話してたの?」
「んー?ミツヒデがゼン殿下付きになった時の過去話」
「え、何それ気になる」
「ふはは、そう簡単に教えてたまるものか!ミツヒデに聞きたまえ!!……まぁ話さなそうだけど。あの時のミツヒデ私の事嫌いだったからねぇ」


さて、とオビから貰った水を胃へと流し込むとユウは立ち上がった。


「あり?大丈夫なの?送ろうか?」
「平気だ〜って言ったでしよ〜。私よりミツヒデの方が酷いからそっち連れてってあげて。部屋に戻るくらいなら大丈夫だし」
「そう?分かった。おやすみ、ユウ嬢」
「うん、おやすみ」


机の上の片付けは元気なオビに任せようとユウはその場を離れた。廊下は静かで、少し肌寒い。身震いをしながらユウは自身の肩を摩る。その顔は先程までの酔っ払い特有の力が抜けた物では無く、しっかりと前を向き足取りしっかり歩いていた。


「……本当、人って変わるもんだ」


自嘲気味にユウは笑う。その横顔は少しの月明りに照らされていた。



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