「屋上は風が強いので子爵とユウ殿は我々と下でお待ち下さい」
「……そうさせて貰おう」


含んだ笑みでブレッカは頷いた。ユウはそんなブレッカの様子を盗み見しながら湖の側で馬を休ませる。馬も大人しく地面近くで浅い湖の場所で水を飲み始めた。


「もう直ぐ時間です」
「見晴らしが良い方がいいのでね、私も上で待たせて貰おう」


兵士の1人が時計を確認するとブレッカは階段に下ろしていた腰を持ち上げた。いくらブレッカ相手でも理由としては問題無いのでユウも口を挟む事が出来ない。
先程釘を刺したし大丈夫だろう、とユウはブレッカを見送った。


「……少し上が騒がしいですね。ちょっと確認してきます」
「分かりました」


少しして何か騒がしく聞こえた。気の所為かもしれないがブレッカが何かをしたのかもしれない、とユウは特に変わりがない見張り台を見上げ、見張り台の入り口へと移動する。ヒールのついた靴では無いので特に音もせずに階段を登っていく。
バタンと大きな音が鳴った。


「子爵殿!何をなさいます!?」
「黙れ。貴様、一兵士の分際で私に意見する気か?」
「開けて下さい、ブレッカ子爵!」
「煩い!!このままあの島の連中と鳥とが国に有益をもたらしたらどうなると思う?私は1年半もその可能性に気が付きもせず……挙句そこらに売り捌いていた大馬鹿者か!?冗談では無いぞ!」


ユウの忠告も虚しくブレッカは何かを行なったらしい事が分かった。ユウが出ていくと話はきっと止まってしまう為に屋上へは出ずに階段を登りきる少し前で立ち止まる。


「……まぁいい。兵の口封じなど造作もない。良いか小娘!殿下に泣き付いても無駄だ。本心はどうであれ"臣下"である私や自分の城の兵より貴様を信じ、周囲の反感を買う真似などする訳が無い。それがな、悲しいかな、位の違いと言うものだ。」
「______どこをどうとっても悲しく無い」
「何だと!?」
「確かに貴方の言う通り本心では動けない時があると思う。でもそれなら、"私は全力であの人をそんな目には遭わせない!"……大体!あんな風に何かを守ろうとしてる人の懸命さも目に入らない様な地位なんて、この見張り台より低いっての!!」


ドボンと、水に重い何かが入る音が響く。きっと白雪が飛び降りたのだろう。あの部屋には確か窓があった筈だ。
落ち着いて現状を理解しているユウであるが、白雪のぶっ飛んだ行動に笑みを洩らした。
成る程ゼンが気にいる訳である。イザナの前では何も出来ない子の様な行動をしていたが、何かを成し遂げようとすると真っ直ぐ危険も顧みず行動出来る普通では無い女の子。きっと1人だけなら突っ走ってしまうのだろう。


「……冗談だろう。あの娘、この高さを?」
「____子爵、部屋の鍵を私に。貴方の身柄を拘束します」
「……あの娘の方に手を貸すか」
「彼女のあの言葉を聞いて、それを捨て置く様な者はゼン殿下の下にはおりません」
「騒がしい様ですが何かありましたか?」


かたり、と音を鳴らしてユウは屋上へと姿を現わす。今着いたばかり、何も知らない振りをするのだ。


「っ!……これは、これは!ユウ殿!先程小娘の不正を見つけましてな。此方の部屋に閉じ込めたのですが、逃げ出す為に窓から落ちた様でして」
「そうですか、これは事実ですか?」
「……いえ、子爵はこの考試を失敗させようと白雪殿を閉じ込めたのです」


ブレッカはユウへと堂々とした態度を取る。先程自身が言っていた通り、ユウの立場からすると子爵の言葉を信じる他ない。それを分かっている為にこの様な態度で居られるのだろう。


「……では子爵、不正とは?」
「……っ」


用意をして居なかったのだろう、ブレッカは言葉に詰まった。いや、寧ろユウの登場に詰まる事無く喋れた事を褒めるべきだろう。


「えぇ、そうですね。確かに先程の貴方の言う通り、ゼン殿下は子爵という立場の貴方の言葉を信じるしかありません。……私の登場に答えられたのは評価しましょう。けれどその後を用意していなかったのは貴方の落ち度です。白雪が白紙の紙を持っていた、やら色々あるでしょうに」
「怪しい動きをしてるのを見つけ、直ぐに閉じ込めたものでしたから……」


兵士は静かに事の成り行きを見守っている。イザナの側近と子爵の会話を一兵士ごときが否定する事が出来ないのだから。ユウはブレッカへと喋りながら軽い頷きを何度も行う。それが肯定されてるのだと勘違いしたブレッカは張っていた気を緩めた。


「聞いていませんでした?今、私、"先程の貴方の言う通り"と言いました。……それに言いましたよね、2度目は無い、と。先程通りに子爵の身柄を拘束して下さい。お任せしても?」
「え、あ、はい!」


話はこれで終わりなのでユウは兵士へと先程の行動を行う様に指示する。この一言により兵士の行動はユウの命令の元によって行われる事になるので兵の責任とは成らず、ユウの責任となる。ブレッカは慌てる様子も無く大人しく鍵を兵に渡した。


「……あぁ、そうだ。署名があるので先ずは下に連れて行きます。署名後、拘束します」
「分かりました。子爵、ユウ殿に続いておりて下さい」


ユウを先頭に見張り台の階段を下り切ると濡れた状態で署名している白雪を見つける。その横でオビが白雪の手元を覗き込んでいた。残りの兵士は既に署名を終わり体を冷やさない様にタオルを抱えて白雪の署名が終わるのを待っている。


「終わりました!……えっと後は」
「私達だね。……子爵、お先どうぞ」


白雪がペンを置いたのを横から取り、子爵へと向ける。子爵と聞いてオビと白雪の体が少し強張ったのが分かった。子爵は静かに受け取り、さらりと自分の名前を書きユウへと渡し返す。それを受け取るとユウ自身の名前書いて兵士へと渡し、兵士も記入が終わると白雪へと返した。


「…………?」


子爵がすんなりと書いた事を不思議に思いながらも白雪がポポの足元に結びつけ、空へと腕を大きく広げる。ポポも分かっているのか羽を羽ばたかせて空へと飛んで行った。


「では手筈通りに」
「分かりました」


ユウが兵士に告げると兵士も子爵を連れて降りてきた階段を登っていった。それを見届けて白雪は「あの」と恐る恐るユウへと声をかける。


「何でしょうか、白雪殿」
「し、子爵は……?」
「上の部屋で拘束させて頂きます。孝試の妨害工作を行いましたので」


他には?とユウが首を傾げると白雪は左右に首を振る。それを確認しユウは大きく息を吐く。白雪はびくりと肩をゆらした。
水場で待たせている馬の所まで行き、括り付けていた鞄を取る。白雪に階段に座るように指示し、白雪が座るとその前にしゃがみ込んで鞄を開けて中をごそごそと漁り始めた。


「ユウ嬢、どうかしたの?」


ひょっこりとユウの後ろから鞄の中身を覗こうとオビが顔を出す。その手には白雪用のタオルがあり、そのタオルをユウは奪い取る。え、と白雪とオビが声を揃えて驚いた。


「……事が事だったから批難はしないけども。タオルより大事な事があるよね?オビ」
「…………あれ、俺怒られてる?」
「よく分かったね、怒られてるよ」


オビの方を見もせずにユウは鞄からいくつかの道具を出すと白雪へと向き直る。


「腕、見せて」
「え、あ、大丈夫です!そんな大きな怪我では無いので、ユウさんのお手を煩わせる様な!」
「……良くも知らないイザナ殿下の側近には手当もされたく無いって事か。じゃ、オビ代わりに手当してあげて」


ユウは特に顔色を変える事無く立ち上がると鞄から取り出した手当の道具と先程オビから奪ったタオルをオビへと押し付けた。白雪とオビの反応などもう関係ないと言いたげに兵士に少し外す事を伝えて森の中へと消えていく。ぽつん、と白雪とオビがその場に残された。


「…………やっちゃった」


壁に軽く頭をぶつけ白雪は後悔の念に包まれた声色で肩を落とした。







馬に乗りユウは真っ直ぐと前を向いていた。
軽快な足取りで馬が駆ける。ユウの前には木々とミツヒデとブレッカ共々。ユウにとってあの場に残る意味はもう無いのだから木々達と共に先に城に戻る事にしたのだ。
白雪の手当をオビに押し付け、見張り台へと戻ると白雪は居なかった。どうやらゼンが連れて行ったらしいとオビから聞いた。


「……ゼンが、ねぇ」


自覚したのだろうか、とユウは空を見上げた。



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