「室長に怒られるなー」


空になった容器を持って白雪は大きな溜め息を吐いた。


「怒られないよ。俺が見ていたからね。……あなたはラジ殿といるのが向いていると思うなぁ。俺のような男がいる国は嫌だろう」


静かに事の顛末を見ていたイザナは寄りかかっていた柱から背中を離す。その横でユウはただ白雪をじっと見つめているだけだ。白雪が息を呑む。


「ーーイザナ王子。私はタンバルンに帰るつもりはありません」
「へえ?それは残念だな」


本心がどう思っているのか、感じさせない淡々さでイザナは白雪との距離を詰める。白雪は顔をイザナから逸らさない。


「退がらないのか?」
「さがりません」
「眼を逸らさないね、あなたは」


ゆっくりとイザナは白雪へと顔を近付ける。軽いリップ音も鳴らない程細やかな物であったが、イザナは白雪の左瞼へとキスをした。柱から一歩も動いていなかったユウは眼を強かせると、大きな溜め息を吐く。
一国の王子が軽々とキスを贈って良いものだろうか、否、駄目に決まっている。白雪は見た限り、言いふらす令嬢達の様な性格では無いがちょっと注意しとかないと、とユウは呆れながらも自身の主を睨み付けた。
ユウの睨みに気付いたイザナは何事も無かったかの様に首を傾げる。


「……どうかな、姫。嫌になった?」
「っ!なりません!!……ゼンと会えた国です」


完全にゼンをからかう時と同じ声の調子で白雪へと問いかける。流石に白雪もそれに気付いた様で眉を顰めていた。


「おかしな子達だ」


ふっ、と小さく息を吐いてイザナは笑った。
これで話は終わりだと言いたげにマントを翻すと半回転して歩き出す。ユウも柱の側から庭へと降りて白雪の隣を追い越し、イザナの一歩後ろへと並んだ。


「……殿下、あの様な軽率な行動は控えて頂きたいです」
「ははは、大丈夫だよ。次はする予定が無いからね」
「…………そうですか」


はぁ、とまたユウは大きな溜め息を漏らしたのだった。







ユウはイザナに言われた通りに薬室へと赴いていた。


「成る程、分かりました」


くるくるとペンを回しながらガラクは頷いた。白雪の薬の件をユウが伝えに来たのだった。イザナはゼンと共にラジの見送りである。
手に持った紙にユウにとってはよく分からない単語の羅列を書き並べるとリュウの名前を呼んだ。


「何?室長」
「これ、白雪君に渡しといてくれる?」
「分かった」


隣の部屋から顔を出したリュウに書き込んだ紙を渡すと「さて」とユウへと向き直る。


「ユウ殿。薬の方はそろそろ切れる頃ですよね?」
「……あぁ、そういえば切れる頃でしたね」
「…………ちゃんと取りに来る様に伝えている筈なんですが」


あはは、と苦笑いをユウは浮かべる。実際は忘れていた訳ではなく、渡される薬が嫌いな為に忘れたふりをするのだ。イザナはきっとそんなユウの事を見越して伝言を頼んだのだろう。ユウは"流石、我が主"と心の中でイザナの事を賞賛する。


「……はぁ、まぁ良いでしょう。症状に変わりはありませんか?」
「此処数年は出てないのガラク室長も知っていらっしゃるでしょう?」
「そうですね。……今回試しに軽めの薬をお出しするので何かあればすぐに、すぐに、来てください」
「…………!」


変わらず同じ薬が出されると思っていたのでユウは眼を見開いた。その様子を見てガラクは微笑む。ガラクにもユウが薬の味を嫌い、飲まないのをどうにかしようとしていたのだろう。此処最近では天候が崩れる事も無かったし、ユウの体調も崩れなくなった為に、今回こうして薬を軽くする決断に至ったのかもしれない。


「用意していた物を持って来るので少し待っていて下さい」
「分かりました」


こくりとユウが頷くのを確認してガラクは席を立ち、リュウが居る部屋とは別の部屋へと入って行った。暇になったユウは薬室の中をぐるりと見回していると、木製の扉が開く音がする。もう戻ったのかとユウが扉へと顔を向けるとそこには先程見た白雪が驚いた顔をしてユウを見ていた。


「あ、えっと、……怪我ですか?」
「特には問題無いですね」
「そ、そうですか。……何方かお待ちでしょうか?」
「そうですね。ガラク室長を。今別の部屋に行ったので」
「あ、そうなんですね……あはは」


かなり気まずそうに白雪はユウとの会話を続ける。確かに初めて会った時はイザナに揉まれたし、次の時はイザナにからかわれてキスをされた時だ。気まずくなってしまうのも仕方がないだろう。


「……リュウが貴女に渡すものを預かって隣の部屋に居ますよ」
「え?……あ、ありがとうございます。失礼します」


深々と頭を下げて白雪は逃げ込む様に隣の部屋へと入って行った。何かを考える様に白雪の後ろ姿を見て居たユウだったが、ガラクが戻って来た事によって視線を外した。



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