太陽が燦々と輝いている時刻。暑くは無く、寧ろ丁度良い。それに付け加えて頬を撫でる様な、心地よい風が優しく吹いている。
絶好の昼寝日和であった。
閉じている目をゆっくりと開ける。引きつった笑みを浮かべたイザナが目に入った。
___また閉じる。
芝生に寝転んで昼寝したい、と心の中で呟く。


「…………」


ユウがしている事は現実逃避であった。
イザナが話をしているのはラジ。国政の話をイザナはしようと思ったのだろうか、けれどもラジ相手に無理だろうとユウは早々に見限っていた。
イザナもそれを少し話して察したのだろう、どうやって話を切ろうかと探している様でもある。
暇だなぁ、とユウが何か無いかと顔を動かすと近くの2階廊下の取っ手部分にゼンが座って今朝の新聞を読んでいるのを見つけた。
ユウにとって、一応イザナは主なのだ。仕方が無い、助けてやるか、とかなり上から目線で背中を預けていた壁から体を起こす。


「イザナ殿下。そろそろお時間です」
「あ、あぁ。もうそんな時間か。……ラジ殿、好きな様に過ごして貰って構わない。俺はこれで」
「イザナ殿、ご厚意感謝する」


イザナはユウがきっかけを作ると直ぐ様それに乗る様にラジと別れる。ユウもラジに会釈するとイザナの隣に並ぶ様に歩く。ほっ、と息を吐いたのをユウは目敏く気付いているが言わない。


「……助かった」
「いえ、お気になさらずに。側近の仕事ですから」


そうか、と少しユウを見ている目尻が下がる。イザナは一国の王子であり、近寄り難い雰囲気であるが、時たまこうして優しく笑うのだ。
この器用そうに見える王子の不器用さを見ていると助けてあげないと、と一種の自己犠牲心をユウは覚える。


「……イザナ」
「ん?何だ、珍しいな」


ユウがイザナの事を2人きりの時以外はきちんと側近としての立場で話すのをイザナは知っている。
だから不思議そうにユウを見つめてくる。それを安心させる様にユウはへらりと笑うのだ。


「最後まで、ちゃんと面倒見てあげるからね」
「…………。あぁ、よろしく頼む」


何か言おうとした言葉を呑み込んでイザナは肯定を示す。もうイザナはユウの方を見ずに、真っ直ぐと進行方向を見て歩いていた。
タンッ、と軽快な音を鳴らしてゼンが2階から降りてくる。


「お話があります、兄上。……ラジ殿とは国政の話を?」
「話になどならないよ。まさかというかさすがというか。誰かあの王子に喝を入れようという者はいないものかな、肩が凝る」


イザナは軽く肩を回す。それを見てゼンは苦笑を漏らした。


「ゼン、軽く剣の相手でもしてくれ」
「これからですか?」
「のんびり世間話てもないんだろう?」







小気味好い音が響く。ユウはゼンとイザナの邪魔に成らない位置で胡座をかいて2人の手合わせを見守っていた。周りに人はおらず、ユウ自身もラジの前でしゃんとしているのが大分疲れていたので気にせず座っている。
ガキン、とまた刃同士がぶつかる音が鳴った。


「いいぞ、話して」


手は止まる事無く、会話が始まる。


「何故白雪を知ろうとする前に邪魔者の様に扱うんです?」
「娘1人をのんびり観察していられる程暇じゃないからさ」
「何も知らぬ内に結論を出す程お忙しい?」
「言うようになったなあ」
「事が事ですので」
「…………それだよ。見ろ、お前がどれ程惚れ込んでいる相手なのか時間をかけずとも分かったぞ」


ゼンがイザナに何を話したいのか、それが分からない程ユウはゼンの事を知らない訳では無いのだ。やっぱりな、と答え合わせの様に2人の会話を静かに聞いている。
ユウの髪を優しく吹く風が揺らす。
別にユウはイザナとは違い、白雪への気持ちを消せと言う訳では無い。弟の様なゼンが心から好きな人と結ばれるなら喜んで祝福する。
けれど相手がそれを分かっていないなら別である。ゼンは王子という地位にいるのだ。否が応でも人の興味関心を引く。この間以来白雪とは会っては居ないが、変わる気配が全く無いならユウはゼンと白雪を引き離す事だって考えていた。


「まぁそれはそれとして。お前の心など関係のない話だ。政略的価値のある令嬢が他にいるしな。外聞はあの娘に赤い髪以上の価値を期待し、それが無いと分かれば皆がお前を見る目は冷ややかになる。実に具合が悪いな?ゼン」
「結構!何かを打破する為に行動するのはあの娘の得意とするところです」


真っ直ぐとゼンはイザナを見る。イザナはふっ、と軽く息を吐きながら笑い、打ち合っていた剣を下げる。


「それは面倒だ。……さて、もう戻るぞユウ。いつ迄座ってるつもりだ」
「はい、殿下」


息が少し乱れているゼンを置いて、イザナは剣を鞘に仕舞いユウの横を通り過ぎる。ユウも胡座から立ち上がり、座っていたズボンに付いた砂を軽く叩く。ゼンに一瞬視線を向けるが直ぐに背を向けてイザナの後を追いかけ、隣に並んだ。


「兄上!俺は白雪との出会いを自分が真にたどりたいと思う道の妨げなどしません」
「では置いてゆけ」


後ろから悪足掻きの様にゼンが叫ぶ。眉一つ動かさない様子でイザナは淡々と告げた。
コツコツ、と音を立ててイザナは歩く。
曲がり角で丁度ミツヒデと木々が深々と頭を下げて待っていた。ゼンの所へ向かうつもりだったのだろう。


「……お前がそばに居ながら厄介なものを持ち込んでくれたものだ」
「そばにいればこそだと思いますが」


ミツヒデは詰まる事無く告げる。イザナの横でユウはひゅー、と口笛を吹いた。イザナには決して何も言わないミツヒデがゼンを優先したのだ。勿論ユウにとってもミツヒデはそういう人物なのは分かりきって居たが関心してしまった。


「お前も生意気を言う様になった」


ふっ、とイザナの口元が少し柔らかくなった気がした。



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